6-14「潜伏」
6-14「潜伏」
サムの頭上を、イプルゴスのクーデターに加担した兵士たちの一団が隊列を組みながら行進していく軍靴の音が通り過ぎていく。
そこは、サクリス帝国の帝都、ウルブスの下に迷路の様に作られた地下空間の一画で、魔法学院の地下とウルブスの市内とを結ぶ境目の辺りだった。
兵士たちから自分たちの姿は見えないと分かっていても、彼らの足音が聞こえてくると動きを止め、息をひそめながらじっとしていたサムは、音が遠ざかっていくのを確認するとほっとした様に息を吐きだした。
そこは、魔法で光を放つランプが1つだけある、薄暗い地下室だった。
元々は魔法学院の地下の実験室で使われる魔法に必要な材料などを保管しておくための場所だったところで、消耗品だったそれらが大昔に全て運び出された後は、ずっと空っぽのままで放置されていた場所だった。
地下と言ってもそれほど深いところではなかったが、土と埃の入り混じった、湿っぽいカビの臭いがする場所だった。
バーンの誘導で何とか兵士たちに見つかる前にここに逃げ込んできたサムだったが、以来、そこでじっとしていた。
バーンは、その場にはいない。
地上の様子を確認するために、サムと別れてどこかに行ってしまったのだ。
サムは、捕まってしまった4人の少女たちのことが心配で仕方なかった。
だが、バーンの様に地下の構造をよく知らないサムは、1人ではどこにも行くことができないし、何もできることがない。
サムは、醜い豚の魔物、オークだったからだ。
人間用に作られた地下はオークにとっては狭いし、複雑に入り組んだ構造をしていて、サムにとって自由に動き回れるような場所ではなかった。
しかも、サムの手足には、ウルチモ城塞でつけられた魔法の鎖がついたままになっているから、満足に身動きもとれない。
この魔法の鎖は、かなり厄介なものだった。
無理やり千切ろうとすれば強烈な電流をサムに流すことに加えて、その魔法も、鎖自体の強度も強力で、諸王国からここまでたどり着くまでの旅路の間、解除しようとしても手も足も出ない代物だった。
テナークスと偶然合流することができ、魔法学院に到着した後は、学院の力を借りて何とか取り外そうという話になっていたのだが、帝国を諸王国支援のために動かすことが優先された結果、結局手つかずのままになってしまっている。
サムはもはや4人の少女たちにとっては奴隷ではなく、仲間として認められる存在となっていたのだが、しかし、この鎖がある限り、サムは結局、奴隷の様なものだった。
鎖はサムの自由を拘束し、束縛する。
サムは少女たちやテナークスのために何もできないのだ。
サムはひたすら、潜伏場所で息をひそめていることしかできなかった。
そうして、どれほどの時間がたったのだろうか。
地上の様子を確認しに行っていたバーンが、ようやく戻って来た。
「バーン、どうだった? 」
サムは、魔法の光を杖の先端に灯しながら戻って来たバーンを出迎え、前のめりに、鼻息を荒くしながらそうたずねる。
その鼻息の荒さに、バーンは少し迷惑そうだったが、愚痴一つ言わずにサムの質問に答えてくれる。
「地上は、イプルゴスの息のかかった兵士たちに制圧されています。クーデターに参加しなかった兵士たちも大勢いるんですが、今のところ、イプルゴスに表立って反抗する様な様子はありません」
「くそっ。まぁ、人間同士で血みどろの戦争になっているよりかはマシか……。それより、ティアたちや、テナークス先生は? 」
「テナークス先生は今、自宅に監禁されている様です。先生の部屋も地下とつながっているので、こっそり行って、連絡を取ることもできました。……ティアさんたちの居場所はまだ、つかめていません。テナークス先生とは別々に捕らえられている様でして」
バーンはティアたちの行方がつかめていないことを申し訳なさそうに言い、サムはそれを聞くと、もどかしそうに天井を仰ぎ見て、首の辺りを手でかきむしった。
「ああっ、くそっ! 何で、俺はオークなんだ! せめて、この鎖さぇ無けりゃなぁ! 」
「シっ。サムさん、落ち着いて、お静かに。ここはそんなに深くはないから、地上に聞こえてしまうかもしれません」
「あ、ああ、すまん」
バーンにそう言われて冷静さを取り戻し、謝ったサムは、それからガックリとうなだれた。
(ちくしょう! 俺は、何て無力なんだ! )
サムは悔しかったし、自分がさらに嫌いになった。
「大丈夫です、サムさん。きっと、ティアさんたちも見つかります。……どうにも、怪しい動きがあるんです」
「怪しい、動き? 」
「はい。……ここ、魔法学院の地下は長いこと使われていなかったんですが、どうやら、ここに僕たち以外にも入り込んでいる人たちがいる様なんです。もしかしたら、ティアさんたちに関係しているかも」
それから、バーンは「僕が見てきます」と言って、また、サムを置いてどこかに行ってしまおうとする。
それを、サムは慌てて引き留めた。
「お、おい、バーン! 待ってくれ、俺も一緒に行かせてくれ! 」
「えっ? でも、サムさん、その状態じゃぁ……」
「わ、分かってる。だから、途中まででもいいんだ! もう、アイツ等のピンチにじっとしてるなんて、とてもガマンできねぇんだ! なっ、頼むよ、バーン! 」
必死に頼み込むサムに、バーンは少し考え込んでいる様だったが、やがて笑顔を見せて頷いた。
「分かりました。何とか、うまくやりましょう」




