6-13「狂気の魔術師」
6-13「狂気の魔術師」
「私は、これでも契約には忠実でね」
フォリーは、檻の中に囚われ、抵抗する術を奪われた4人の少女たちの前を、せわしなく左右に行ったり来たりし始める。
これから実験に使う「材料」を値踏みしている様だった。
「イプルゴス殿の要求は、それはもう、多かったよ。一部有力議員や将校たちの催眠や洗脳、思考の誘導。誰にも気づかれずに成しとげるには、それはそれは、大変だった。……だが、その代わり、イプルゴス殿はこの懐かしき我が実験室で、私の研究を再開すること、そのための材料を提供すると言ってくれてね。いやはや、断ることなどできなかったよ」
「んなっ!? あんたと、イプルゴスが通じているの!? 」
「そうだよ? そして、キミたちは、イプルゴス殿から私に渡される報酬の一部というわけだ。……ああ、さっきからうるさいキミは違うがね」
イプルゴスはティアの目の前で立ち止まると、気色悪い笑みを浮かべる。
「キミ……、名前は何と言ったかな? まぁ、「実験動物A」とでもしておこうか。キミには、イプルゴス殿から要望が出されていてね」
「な、なにをするつもりよ!? 」
「そうだね、まずは、そのはねっけの強い意志を「消去」してあげよう。まっさらな、私やイプルゴス殿の言うとおりに動き、言うとおりのことをしゃべる、「お人形さん」にしてあげるんだ。……イプルゴス殿は、「ニセ勇者事件」の証人として、キミ自身の口から公衆の眼前で証言をして欲しいらしくてねぇ。キミはどうやら反骨精神旺盛なようだから、イプルゴス殿の私への依頼は、誠に的を射たものだと言えるね」
ぞっとするような企みに言葉を失っているティアに、フォリーは満足そうに言葉を続ける。
「そう怖がることはないよ、実験動物A。これはむしろ、慈悲深い行いなんだ。何せ、キミは公衆の場で自身の罪を白状した後、磔にされて、火あぶりにされるんだからね。「お人形さん」になってしまえば、死への恐怖も、痛みも、何も感じない。……実に、慈悲深いことだとは思わないかね? 」
「このっ、外道が! 」
自身の友人を気色悪い目で見られることが耐えられなくなったのか、ラーミナがたまらずそう叫ぶ。
だが、フォリーは次に、ラーミナとルナにその実験動物を見る様な視線を向ける。
「そう慌てなくても、キミとキミ、そうだな、実験動物BとCとしようか。BとCにもきちんと役割があるんだよ。実験動物B、キミは頑丈そうだから、生命の耐久力を向上させる実験に使ってあげよう。何度切り刻まれても、千切れても再生する、強靭な身体を与えてあげるよ。それから、実験動物C。キミはなかなか魔力が豊富なようだし、私の助手をさせてあげよう。実験動物Bを切ったり千切ったり、魔法で電撃を浴びせたり、炎であぶったり、氷漬けにしたりさせてあげるよ」
「そ、そんなこと! 私、絶対にしませんっ! 」
フォリーの恐ろしい提案に、ルナは顔を青ざめさせながらそう言ったが、しかし、フォリーは気色悪い笑みを浮かべるだけだった。
「実験動物C、キミの意志など関係ないのだよ。……キミも私が「お人形さん」にしてあげるんだからねぇ」
ルナは、そのフォリーの狂気に満ちた視線と、自分たちがフォリーに抵抗する手段が無いという事実に言葉を失い、数歩よろめいて、ラーミナに支えられる。
「私の友達には、絶対、手を出させない! 」
ルナと入れ代わりになる様に前に出てきたのは、リーンだった。
その声には、烈火の様な怒りが込められている。
だが、4人の少女たちが抵抗などできないとしっているフォリーは、愉悦に浸る様な笑みを浮かべるだけだった。
「くくくく、どうやら、実験体2号、お前から先に「お人形さん」になりたいよぅだねぇ」
それから、フォリーは魔法の杖を構え、ティア、ラーミナ、ルナの3人にその先端を向け、耳慣れない言葉で呪文を唱えた。
それは、ルナやリーンがよく使う古代語の呪文ではなく、耳慣れない、不気味な言語による呪文だった。
「魔族の、魔法っ」
その呪文の正体に気づいたリーンは、驚きと警戒の入り混じった声をあげた。
フォリーは、その気色悪い笑みを深くする。
「そうだよ、魔族の魔法だ。……この場所を追放されてから、50年。私も無駄に時間を過ごしていたわけでは無い。魔物を実験し、研究し、そうして、彼らが使う魔法を解き明かしたのだよ。おかげで、私の研究は、大いにはかどった。これは、その「成果」のほんの一部に過ぎないのだよ」
その時、リーンの背後から、苦しそうな3人の少女たちの呻き声が聞こえてくる。
リーンが慌てて、振り返ると、そこには、まるで見えない何かに首筋を掴まれ、空中に持ち上げられているティア、ラーミナ、ルナの3人の姿があった。
その首筋には何か見えない手の様なもので掴まれている跡がくっきりと浮かび、3人の少女たちは苦しそうに喘いでいる。
「それに、魔族は実に私の実験に協力的でね」
その言葉でリーンが再びフォリーの方を振り返ると、フォリーの背後に、波紋が生まれていた。
そして、そこから姿を現したのは、白い肌に鈍色の甲冑を身にまとい、双刀を腰に佩いた、鮮血の様な色の瞳を持つ魔物だった。
「ハァイ? 勇者のなりそこないのお嬢ちゃんたち! 」
マールムはそう言いながら、赤黒い色をした細長い舌を伸ばし、少女たちのことを嘲笑した。
マールムの登場に絶句しているリーンに向かって、フォリーは猫なで声で言う。
「さぁ、実験体2号。今からその不必要に育ったお前の自我を消去してやろう。大人しく私に従うのだ。さもなければ……、お前の「オトモダチ」には、もっともっとお、悲鳴をあげてもらうことになる」
その言葉に、リーンは、悔しそうに唇を引き結びながら、自身の手が白くなるほどキツク握り拳を作った。
だが、すぐに手の力を緩める。
「分かった……。言うとおりに、する」




