6-11「クーデター」
6-11「クーデター」
帝国議会は、どよめきの中にあった。
イプルゴスが突如として武装兵を引き連れて乱入してきただけでなく、「光の神ルクスに選ばれし勇者」であるとして壇上に立ったティアを、ニセモノであると宣言したからだった。
「これは、帝国を戦火の中に進めようとする一派と、魔法学院の学長であるテナークス殿が共謀し、画策したことなのであります! 私、イプルゴスは、この少女が勇者などではなく、勇者を騙るニセモノであるという証拠を、すでに諸王国に放った密偵より得ているのです! 」
イプルゴスの主張に、ティアは、咄嗟に何も言い返すことができずに固まっていた。
というのは、イプルゴスが言う、ティアが本物の勇者ではないという話は、全て事実であったからだ。
「議員の皆さん! 権威ある我が帝国議会ですら、すでにこの様な陰謀が張り巡らされているのです! まさに、緊急事態、早急な対処が必要です! 私、イプルゴスが本日、この様な姿で参りましたのも、全て、この悪しき陰謀を未然に阻止し、帝国の平和を保とうとするからなのです! 」
突然、一部の議員が立ち上がって、イプルゴスに拍手喝采を送った。
それは帝国が諸王国と魔王軍との戦いに介入することに反対の立場を示していた議員たちで、イプルゴスと主張を同じくし、近い立場にあった議員たちだった。
イプルゴスは両手をあげてその拍手喝采を鎮めた後、堂々と言い放った。
「帝国は戦争という危機に直面し、帝国議会にさえ、我が国を戦争に巻き込もうという不逞な輩がはびこっているのです。今こそ! 今こそ、帝国を戦火にさらさぬために、非常の措置を取らねばなりません! 」
再び、拍手が巻き起こる。
まるで、事前に打ち合わせでもしてある様だった。
「帝国の危機を打開し、平和を守るために、私、イプルゴスに、臨時に全権をお与えください! 必ずや、帝国を戦火に巻き込もうとする陰謀を阻止し、帝国の安寧を保って見せましょう! 私はそのために、我が全身全霊を捧げる所存です! 」
そして、拍手喝采。
突然の事態に混乱して呆然としていた議員たちの中からイプルゴスの発言に対する反発の声も出始めたが、それらはイプルゴスを指示する議員たちの拍手や称賛にかき消され、そして、声をあげようとする議員たちは兵士が向ける剣の切っ先によって、沈黙することを余儀なくされていった。
自身に表立って反発する者がいないことに満足そうな表情を浮かべたイプルゴスは、拘束されたティアを「連れていけ」と兵士たちに命じた。
ティアは何かを叫んだ様子だったが、議場を覆いつくす拍手喝采にかき消され、その姿も、議場の奥へと消えていった。
ラーミナ、ルナ、リーンの3人も兵士たちに捕まり、テナークスをはじめ、諸王国へ支援を行うべきだと主張していた有力議員たちも、イプルゴスの息がかかった兵士たちにどこかへ連行されていく。
唖然としてその様子を見ていることしかできなかったサムとバーンだったが、やがて、魔法学院の外でも騒ぎが起こり始めたことで我に返った。
「ぼ、僕が様子を見てきます! サムさんは、少し待っていてください! 」
オークである故にあまり外に出られないサムの代わりにバーンが様子を見に駆け出して行った。
そして、バーンは、すぐに戻ってくる。
「た、大変です! イプルゴスの兵隊たちが、魔法学院に押し入ろうとしています! 」
「何だって? 軍隊が来ているのか!? 」
「はい! 今は魔法学院の門衛たちともめていますが、すぐに入ってきそうです! 」
「そ、そうなのか!? 」
バーンが慌てているのでサムも慌てていたのだが、そこでふと、サムはきょとんとした顔をする。
人間社会での出来事をうまく理解できなくなっていたサムには、現状がどんな事態なのか、いまいちよく分からなかったのだ。
4人の少女たちやテナークスが捕まってしまったことは大ごとだし何とかしなければならないことだったが、サムには、自分の身に迫っている危険がよく分かっていない。
「あーっ、もぅっ! のんきにしないでくださいよ、サムさん! すぐに逃げないと、僕たちまで捕まってしまうんです! 僕はテナークス先生の秘書みたいなものですし、サムさん、あなたは魔物なんですから! 「この魔物こそ、この者がニセモノである証明だ! 」とか、イプルゴスに利用されるに決まってます! 」
さすがにイラっと来たらしいバーンに怒鳴られて、サムにもようやく、今すぐに逃げ出さなければならない状況だということが理解できた。
そして、サムは心底、困り果ててしまう
「で、でもよ、逃げるったって、どこに? 」
「逃げ道は、僕が知っています! ついてきてください! 」
バーンはそう言って、手近な場所にあった役立ちそうなものを適当にかき集めてリュックに詰め込むと、それを背負って、「こっちです! 」と言ってサムを案内しながら駆け出した。
サムも、とにかくバーンに続いて逃げ出す。
魔法学院がイプルゴスの手勢に占拠されたのは、そのすぐ後のことだった。
テナークスが企てたとする陰謀を理由に魔法学院に押し入った兵士たちはそこから自分たちに反発する魔術師たちを追い出してしまい、イプルゴスに同調する魔術師たちだけを残して、完全に支配下に置いてしまった。
イプルゴスの手勢の支配下に置かれたのは、魔法学院だけではなかった。
イプルゴスが自ら乗り込んだ帝国議会はもちろん、皇帝の住まいである宮殿や、帝都ウルブス内の重要な拠点は全て、その支配するところとなってしまった。
イプルゴス個人の手勢だけでは、とてもカバーしきれないはずだった。
だが、事前にイプルゴスが根回しを行っていたのか、イプルゴスに同調する帝国軍の部隊などが参加し、帝都はすっかり、イプルゴスの手中に収められてしまった。
それは、クーデターだった。
あまりに突然であったことと、イプルゴスの手回しが巧妙で、物事が並行して進行し、短時間で決着がついてしまったためにほとんど戦いらしいものは起こらず、そのクーデターは無血のまま終結した。
帝国は、イプルゴスの掌中となった。




