オゼ一座3
俺の部屋、俺の布団。今は昼間? いや、日の差し方的に夕方っぽい。そもそもいつの間に眠ったんだろう。記憶が曖昧、まぁ寝起きにはよくあることか。ぬーっと上体を起こして、視界の隅の違和感に目が覚めた。机の前に誰か座ってる。ギョッとして声を上げると、そいつはニッコリと顔を向けた。不敵な笑みを浮かべて、部屋には似つかわしくない派手な衣装を纏った見覚えのある男。
「……オゼ?」
「うん。そうそう。名乗らなくても気付いてくれて嬉しいよ。君に一つ忠告と言うか、ゲームを仕掛けたんだ。その報告をしようと思ってね」
「?」
オゼは回転椅子を回して身体を向けると、まあリラックスして! と俺を布団の上に座らせた。
「君に刺客を放った。人数は二人、どっちも男。君を殺すまで、死ぬまで君を追い続ける」
「え、な、なんで……」
「君が死ねば僕の勝ち。君が勝つにはその刺客を殺すか或いは、僕を殺すかどっちかだ。君が勝ったら、ん~そうだな……。それはその時に考えよう。ではさらば」
オゼが話し終えた瞬間、視界は鏡のように砕け散った。足場を失い不快な浮遊感が襲い……目を見開いた。俺は公園のベンチに腰かけていた。木陰のおかげで少しは涼しいが汗にぐっしょり濡れている。目の前には銀色の大きな球体ホールがピカピカ太陽を反射し、夏の少し埃っぽい匂いが記憶を全て復元させた。誰かが近寄ってきた。
「良かった! 気が付いた……」
崎谷が冷えた飲み物を差し出した。それを数秒ただ眺め、気付けばひんやり冷たいそれを持たされるように受け取っていた。逃げよう、この場から。でも足に力が入らない。力を入れようとすると穴の開いた浮き輪のようにスーッと脱力してしまう。
「……崎谷」
「なに?」
「説明しろ」
「あぁ……、そう、だよね。えぇっと、佐久間くん熱中症で気絶しちゃってそれで」
「そうかい。じゃあな、帰る」
嘘も甚だしい。ホール内はちゃんと涼しかった。ナッツ・ナイトに殴られたのだ。その証拠にまだ脳天がジンジンと痛い。よぼよぼのお爺さんみたいな足腰でもやっとのことで立ち上がり、ジュースを突きかえした。俺は今意志の力で立ち上がったのだから、存外やるもんだ。しかし崎谷が両肩を掴んでベンチに押し戻した。対抗できる力は残っていないのがたまらなく悔しい。もう全部こいつのせいだ。しかも嘘が機能していると思い込んでいるのだ。
「まだ動かないで。身体を冷まさないと!」
「……どうやってチケットを手に入れた?」
「他にチケット買った人にお願いしたの。そしたら譲ってくれた」
「お願い、ねえ」
「……」
俺にしようとしたように身体でも売ったんだろう、どうにかして俺の隣の席の人間を探して。考えるのがだるい。ジュースを開けて勢いよく飲み干した。咳き込みながら、崎谷にもう一本飲み物を頼んだ。崎谷が疑いもせずに自販機に行った隙に、俺は急いでその場を離れた。急いでいるといっても五才児くらいの速さでしか歩けなかったけど、人混みに隠れるには十分だったと思う。フラフラしていたくせに、よく家にたどり着けたものだ。一人暮らしの特権というか、誰も注意する者がないので着替えもせずに死んだように眠った。多分、その時夕方だったと思うけど翌朝まで目を覚ますことは無かった。