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無名世界の理  作者: 仁藤世音
第一章 出会い
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オゼ一座2

 背筋が凍り手が震える。呼吸一つすら、彼女は聞き逃さない様な気がする。崎谷はなぜかチケットを持って、俺の隣にいる。でもこのチケットはとっくに売り切れていたはず。つい先週存在を知ったようなやつが、しかも何で俺の隣の席? 事実上ゼロの可能性が、今現実に起こったと? そんなことあるわけない。こいつはただのストーカーじゃなさそうだ。

 崎谷は座席に身体を預けて、視線をこっちに向けた。体が硬直して逃げられない。


「これは最終警告だけど、どうしても見ていくのね? 私を隣に置いてでも、見ていくのね?」


 無視した。顔も向けず、ステージをジッと見つめた。これは意地ではない。そんな意地が張れるほど強くない。逃げたらどうなるのか、望みどおりにこの場から去ったらどうなるのか、分からなくてもう動けなかったのだ。

 しばらく固まってるうちにホールは真っ暗になってくれた。賽は投げられた。もういよいよショーが始まる。ホールに充満する期待に溢れた熱視線は、プラネタリウムを映した天球に向けられた。真っ白い星々の間に黄色い星や紅い星。写真でしか見ないような大宇宙。バチバチっと、すみのほうにある朱色の星雲に稲妻が走った。稲妻は段々喧しく、大きくなり、轟音と共に天球中を駆け抜けた。

 電気がショートしたようにホールを再び暗闇が支配した。しかしすぐにスポットライトが点灯し、ステージを照らした。そこに一人の奇怪な人物。タキシードに白手袋は日本刀を携え、ペストマスクに黒髪が覗く。彼が日本刀抜くと刃は様々な色に輝いたかと思うと、ぐにゃりと変形し、白馬に変身した。彼は軽快にその上に立ちあがった。


「幸運な下賤の者たちよ、今日冥土の土産が出来ることに感謝するがよい。博愛の奇術師、ナッツ・ナイトが馳せ参じた」


 ナッツ・ナイトがお辞儀をすると喝采が沸き起こった。間髪入れずにまた一つのスポットライトが照らすのはピンクに緑リボンのプレゼント箱。途端に膨張し、パンと破裂すると観客全員の手元へキャンディが降ってきた。その雨の向こうには、ピンクの髪をした女性のピエロが静かに礼をする。


「甘い夢に朽ちなさい。お菓子の道化、キャンディ・ドール」


 また喝采に包まれる。意外なことに崎谷も小さく拍手をしていた。

 最後にステージの中央にスポットライトが当たった。何もないと思ったら青い電気がビリビリ走り、そこから高笑いする座長が現れて球の中央まで浮かび上がった。


「今日が人生最期の日でも惜しくないショーを約束しよう。雷の魔神、オゼ・クラウスが始まりを刻む……」


 今度は喝采する暇がなかった。オゼ・クラウスがお辞儀した瞬間に、不思議な浮遊感に襲われた。座席を離れて宙に浮かんでいるかのようだ。海の中のような、宇宙の彼方のような不思議な映像が広がっている。……誰かが手を引いた。グングン宇宙を進みブラックホールに飛び込み──現実に戻った。夢から覚めたような感覚。


 ホールは静かだった観客席はとても弱い明かりが点灯し、ステージはしっかり煌びやかだ。そこにオゼ一座が立ち、……崎谷が向かい合っている! 右は確かに空席になっている。困惑して左の席の客を見た。目は虚空を見つめているようで口も半開き、あれが見えていないのか? 話しかけてもまるで聞こえていないらしい。催眠術にかかったようだ。どうする? 崎谷を回収にいくのは俺の仕事か? 客もスタッフも様子がおかしい。でもこの謎の状況下で動くような勇気が俺に無いことはよく自覚していた。出来るのはステージでの会話に耳をそばだてるだけ。ホールの異様な静けさは二人の会話を辛うじて届けた。


「オゼ・クラウス、あんたが電気の魔神ね?」

「違うよ~。言ったでしょ、イカズチの魔神だって!」

「問答をする気は無い、と? やめなさいこんなこと」

「アッアー! お客さん、さては粋じゃないね?」


 崎谷の表情は見えないがオゼがとても愉快に振る舞っているのは見えた。正直何を話しているやらさっぱりだった。会話を聞いてるうち、気紛れに少し沸いた勇気に後押しされ立ち上がろうとお腹に力を込めた。しかしその勇気は、喉元に突き付けられた刀に切り伏せられた。ナッツ・ナイトは通路に立ちふさがり、刀で俺の顎を持ち上げジッと見下ろした。その後ろにはキャンディ・ドールの姿もある。


「お前は戦えない。技も心も願いも薄弱な、小物だ」


 ナイトは哀れんでいるようだった。刀を振りかぶり、刃は俺の首を飛ばそうとしている。


「ア…………ア………」


 声は出ず、動くことも出来ない。ステージの方では大きな物音が立っていたが、もはや聞こえてはいない。死ぬのか、死ぬのだ。理由も分からず、自己を喪失して無限の時間に投げ出されるのだ。そう悟ったが、キャンディ・ドールはすんでのところでナッツ・ナイトを止めた。後ろから抱きしめて、刀を握る手を包んで何かを囁いた。ナッツ・ナイトはしばし動かなくなってから、刀を逆刃にして俺を殴った。激痛に襲われ、生まれて初めて失神した。

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