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無名世界の理  作者: 仁藤世音
第一章 出会い
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崎谷美希2

 講義を終えてから早速崎谷を探すことにした。湯宮と葛城にも見つけたら連絡をするよう頼み、まだ帰ってないことを祈りながらもう一度図書館に向かった。


 さっきも来た図書館の片隅。この辺りの本はみな読まれず、可燃材然として佇んでいるのだ。空調の音が虚しく聴こえるばっかりで、彼女の姿も無い。発見連絡もこないし、もう帰っちゃったんだろう。こうなるともう学年主任から連絡先を聞くしかない。なんかチクり魔みたいでいやな感じだ。


 それにしても、珍しく学校に来てまで何を読んでいたんだろう。この辺にあるのは民族神話の類を詳細に研究したものだ。さっき居た場所から察するに、崎谷は霊鳥伝説を扱った文献を読んでいたらしい。鳳凰とか鸞とか和とかが有名だけど、彼女が熱心に調べていたのはギブリ伝説。確か最古の霊鳥伝説……だったと思う。

 もう帰るつもりだったけど、つい気になって、俺も崎谷が読んでいたであろう本を手にとった。


『──ギブリ伝説はその文献の多さから最も研究が行われ、そして最も答えから遠い伝説である。──文字がこの世に産まれたころには既に世界各地で同一と見られる存在が認知され、壁画にも多く描かれた痕跡がある。──それらの表すギブリはどうあってもその全容を見ることが叶わないほど巨大で、虹色に輝いたかと思えば霧のように消えてしまうのだ。──そのような伝説は地中海沿岸で特に多く残っていることから、そこが発祥の地だと認識される。──』


「あのう、もしかしてギブリ伝説に詳しかったり──」

「うわっ! あぁ、すいませ……崎谷さん!」


 二重の驚き、そしてラッキー! 帰ってなかった上に崎谷の方から声をかけてくるとは! 向こうは流石に面食らったようで、後悔の表情がありありと浮かんでいた。でもここで逃がすわけにはいかない。


「ごめん、崎谷さん。あなたを探してたんですよ。俺、佐久間と言います──」


 事情を話し、協力を求めると更に嫌そうな顔をした。……講義内の発表を嫌がるのはおかしい。正義は我にありと思うと多少強気になれた。


「栗山先生も気にかけてましたよ? ここは穏便に、そつなく発表資料をまとめましょうよ。俺だって真面目にやるんだから」

「分かりましたよ、分かりました。ところで、もう四限の時間だけど?」

「今日はどう履修しても三限で終わりだよ……」


 崎谷はまた少し嫌な顔をした。人嫌いのソレなのか、俺が生理的に無理なのか。もう俺の協力も要らないと言い出しそうな雰囲気だった。しかし、崎谷は思いもかけない提案をしてきた。


「この後時間はあるの?」

「あるよ。今日はね」

「じゃあ私の家に来て。今日で終わらせよう」

「え……」

「何?」

「いや、わかったよ」


 急に、あまりにも事がすんなり運んでいた。しかし、初対面の嫌悪感すら抱いてそうな男を家に上げる女子大生というのはどうなんだろう。いよいよまともなやつじゃないかもしれない。大学を出て、閑静な住宅街を無言で歩く道すがらそんなことを考えていた。


「ここの二階に住んでるの」


 白い、清潔感のあるアパート。確かこの近くにスーパーがあったし、大学からは歩いて十分。結構いい立地。部屋の中はまあ奇妙なほどにすっきりしていた。所謂娯楽用品が何にも無い、本さえない。砂漠を思わせる乾いた埃っぽい匂いがするし、ベッドと机とPCが逆に違和感あるほどだ。一体どんな私生活なのか、もはや想像できない。唯一、部屋のあちこちに手書きで何か書かれた紙の束がまとめられてるけど、これは何を意味するんだろう?

 崎谷はお茶の一つも出さないし、自分でも飲まなかった。俺から発表内容の概要と、どんな感じにしたいのかを聞くとすぐに論文検索を始め、手書きとは思えない速さで白紙を埋めていった。


 実際、俺は不要だった。なんのために着いてきたのか、たまにされる簡単な質問に答えるだけだった。

 当然手持ち無沙汰になってしまい、縋る様な気分で紙の束から一枚手に取った。一見して、どれも書きなぐったような感じかと思ったがとんでもない、これは日本語じゃない。英語でもないし、俺が第二外国語として取ったフランス語でもない。崎谷のルーツは外国のどこか、ということだろうか。なんとなく欧州の文字だなということは分かった。あの肌の白さは欧州人のそれかもしれない。


「はい、こんなんでどう?」


 俺が勝手に読めない紙を拝借してる間に、崎谷は仕事を完了したようだ。何枚かの日本語で書かれた紙を渡してきた崎谷の手と声は、意外なほどに緊張していた。仕事をしてない罪悪感も相まって、俺も厳粛な気持ちでそれを受け取ったのだった。

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