刺客3
「死んだ? なぜです?」
予想外の報告に狼狽え、浦中への不快感も一瞬吹き飛んでしまった。現在最も安全な場所にいる人間のはずじゃないのか?
「あいつ、椅子を凶器に聴取にあたっていた警官を殴って飛び出したのさ。どこにあんな力があったやら、訓練を受けた警官が次々となぎ倒された。パニックになった副署長が発砲許可を出したんでこの僕がしこたま鉛弾をぶち込んでやったのさ!」
そう話す浦中はとても楽しそうだった。ハンマー男とはいえ殺しておいてこうもケロリとしていられるものだろうか。浦中は恍惚とした表情で銃を取りだして見せびらかした。もういよいよ怖くなってきた。
「銃は凄い。圧倒的な暴力、人間を越えた存在だよ」
「用がそれだけなら、お帰り下さい」
「いいや。ここからが本題だ。あのハンマー男は刺客としては不器用が過ぎた。この銃口を前に、佐久間くん、君はどうするね?」
そう言って黒く暗い銃口を向けた。俺は恐れよりも、訳が分からずただただ疑問に首を傾げるしかなかった。浦中はプッとふきだし、立ち上がった。
「オゼの公演、ボクも行ったんだ。あの日何故か気付いてしまった。世の全ての犯罪を断ち切るには君を殺すしかないんだ、ってな。理屈は分からないが確信している。君を殺し、ボクが犯罪者になるだけで人類が幸福になるなら安い物さ。あばよ」
話を聞きながら刹那に理解した。あの夢で話した刺客の二人目がこいつ、浦中なのだ。清々しい笑顔で引き金を引いた。
「佐久間くん!!!」
身も凍る発砲音がしたのに、俺は生きていた。浦中との間に崎谷が立っている。銃弾はどこへ行ったかわからない。崎谷の身体には穴が開いていないし、どうも生きている。
「かわいそうな警察官! もう不幸な運命しか待ってない。せめてこの場で!」
崎谷が何をしたのか見えなかった。浦中は突然左手を首を押さえて苦しみだし、俺を殺そうと右手では引き金を引こうとした。しかしその前に力が抜け、床の上に崩れ落ちた。
崎谷は既に事切れた浦中の目を閉じた。本気で悲しんでいるようだった。やがて俺に向き直った。
「逃げなくちゃ。オゼが佐久間くんを殺す理由が分からないけど、私が絶対に──」
「今の銃声は何ですか!?」
崎谷の震える声は騒々しい訪問者にかき消された。外で待機していたのかもしれない。昨日見た浦中の子分が二人、血相を変えて飛び込んで来たのだ。床に転がる浦中は一見すれば眠っているようにも見える。しかし銃を握って首を抑えてというのは明らかに不自然で、嫌な感じを察せられたのは当然だった。
「ごめんなさい」
崎谷がそう言った。言葉の意味を理解するのにかかる一秒程度の静止があり、その間に部屋に砂嵐が起きた。とても目を開けていられない。誰かが俺を抱き上げた。目を閉じていたから誰かは分からない。シャラシャラと砂のこすれる音がいつまでも聞こえていたが、長い時間が経った後でようやく静かになった。目を細く開けるとどこかの森にいるようだった。俺を抱き上げていたのは人の形をした白い砂で、まだ周りを舞っていた砂が集まり、色が着き、崎谷美希を形成した。
「なんで……上手くできないんだろう」
ポツリと呟いて、俺をおろした。