崎谷○○1
唐揚げ丼が学食のメニューにない大学があるだろうか。食材費は軽い、作るのも難しくない。学生の腹と財布も満足。だから俺は今日も唐揚げ丼だ。しかし目の前のカレー信者はカレーしか食わない。飽きもせずにカレーカレーカレーカレーカレー! 一番安いからって。
「なんだぁ佐久間? 珍しく陰気な顔して」
「お前いつもカレーだなって」
「美味いからな。それに毎日、今日は何にしようって考えるのもだるいし、ルーティンだよ」
「じゃあそのルーティンを唐揚げ丼に変更しろ」
「お前こそカレーにしろっ」
「なに不毛な話してんだよ……。世界が大変でもお前らと来たら!」
俺たちに少し遅れて、かき揚げうどんを持って笑う葛城が合流した。かき揚げうどんはかき揚げがばらばらになるから嫌だ。でも葛城曰く、それが良いとのこと。
それから三人でしばらく不毛で楽しい馬鹿話をしていたが、湯宮が何か思いだしたように俺を見た。
「なぁ、図書館で借りた本。返却今日までとか言ってなかったか? 返したん?」
「あ……」
箸を持つ手が一瞬止まった。同じ事を繰り返していると、時間の経過に鈍くなるのかもしれない。明日はカレーにしよう。
昼休みが終わる前に本を返し、しばらく図書館を彷徨っていた。薄情な二人は付き合ってくれなかったので今は一人。ふと気付くと、うちの学部学科とは無縁な書籍が並んでいる場所だった。こうなってくるとやはり人が来ない。本に同情すら抱く。俺みたいな目的無く彷徨うやつがふらっと現れるだけで、もしや目的を持った人がここに来たことなんて、ないんじゃないかと……ないんじゃ、ないかと……!
その時目にした人物はあまりに意外だった。年次首席の超サボり魔、崎谷……崎谷……名前が出ないけど、崎谷ナントカさんが熱心に何かを探して、取っては戻しを繰り返していた。目撃するのは下手したら半年ぶりとかそういうレベル。日本人らしい黒い長髪と、日本人らしからぬ真っ白な肌のコントラストは一度見たら簡単には忘れられない。ビスクドールをも超える整った顔立ちは圧倒的な美を湛えている。
彼女は探し物を見つけたのか、元々小脇に抱えていた物は戻して去っていった。もちろん、声なんてかけられるわけもない。用が無いんだから。
後でこのことを話すと葛城も湯宮も驚いた。崎谷に限らず、不登校なやつが登校するのはそれだけでニュースになる。
「学校に何しに来てるんだか分からんやつだ。今だって、もうすぐ講義なのにいないし」
「まあ出来の良い生徒ですから、講義なんて要らないんでしょうよ~。で、崎谷は何を読んでたの?」
「あぁ、それが……」
そこで教授(正確には准教授)が入ってきたので話は打ち切られた。栗山というこの初老の男は、学生が講義中に少し談笑しても怒ったりしない。が、その代わり講義内容や関係ない雑談についての質問を振ってくる。これがかなり厄介なために、講義の秩序は完璧に保たれていた。
講義の後半は、再来週に行うことになったプレゼンのためのグループディスカッションで幾分賑やかだった。しかし栗山の決めたグループのメンバーは知らんやつばっかだし、おまけに頼りにならないことがすぐにわかったので俺は大変静かでした。せっかく親を裏切らない程度の成績を残してるのに、こんな連中に足を引っ張られちゃ敵わない。かと言って俺一人で発表の中身を作るのはあんまり骨が折れそうだ。
その時何気なく班分け名簿を見返して、今日欠席してるメンバーがもう一人いることに気付いた。崎谷美希、そうか、美希って名前だったかあの優秀サボり魔。……引きずり出そう。それしかない。首席さまのお知恵に便乗して楽に最高評価を取れるかもしれないし。って考えは我ながら浅ましいだろうか?
執筆者)プロット組んだら書きやすいって本当だったのですね。章ごとに長めの期間を置いて、章が全部書けたら上げていく感じにしようと思います。よろしくお願いします。