虹の番人とファヴニール
「おまえさん、もしかしてシグルスって人間かい?」
終末の角笛を持った男、虹の橋の番人ヘイムダルだ。
「さあ、どうかな。俺の名前がそんなに気になるのか」
それを聞いてヘイムダルは苦笑した。
「今の答えで確信したよ、神にそんな口を聞く人間はお前さんくらいだろうからな。なかなか血気盛んなことで」
ヘイムダルはずっと笑っている。
「なんでも雷神トールの部隊で噂になってたよ、神にも躊躇がない人間の傭兵がいるってな。」
「神を馬鹿にしているわけじゃない、差別が嫌いなだけだ」
「そりゃ立派なことだ」
やっぱりヘイムダルは笑っている。
「なあ、あんたの持ってるそれ、吹くとアース神族の神たちをを召喚するってのは本当か?」
「おやおや、そんなことまで知っているとは。やはりただの傭兵ってわけじゃあなさそうだ。たしかにこの角笛はあんたの言った通りの代物だよ、とはいっても俺は吹いたことはないがな。この笛はよほどのことがない限り、飾りにすぎないよ」」
噂通りの品だったというわけか。
「しかしあんたは1人だけこんな場所で門番をしていて悲しくないのか?ほかのやつらは神々の国で気楽に暮らしているのに」
それを聞くとヘイムダルは一層大きく笑った。
「気にならないね。この仕事は俺にしか務まらないものだし、それに門番なんて気楽なもんだよ。たまにお前みたいなのと話せると寂しくもないね」
「そうか」
神々の国の警備を一任されている男は、なんとも腹の底が読めない奇妙な男である。
日もすっかり落ち、あたりは冷え切っていた。
「俺は宿舎に戻るよ」
「そうかい、いい夜を」
そういって俺はその場を立ち去った。
**
宿舎に戻るやいなや大勢の兵士たちに俺は囲まれた。
「あんた今日繁栄の神と一戦交えたって本当か?」
「初陣でそんなことになるなんて..」
「とにかく死ななくてよかったな!今夜は祝杯だ!」
みんな好き勝手に叫んでいる。どうやらヒルドが今日の出来事を全部話したらしい。
そんな連中の奥から大きな声が聞こえた
「でもその男は繁栄の神と対等に戦ったわ」
ヒルドだった。その声で居間は一瞬で静かになった。
「なにいってんだよ、人間が神と対等に戦えるわけないだろ!」
「神に対する不敬だぞ!ヒルド!」
「おい、本当なのか今の話は?どうなんだシグルス!」
また騒ぎ始めている。静かになったり騒いだり自由な連中だ。
「いま言ったことはすべて真実よ」
そういってゆっくりと俺に近づき、俺の耳元でささやいた。
「自分の価値観を変えられるわけじゃないけど、あなたのことは認めるわ。事実は受け止めるもの」
そういって一人で寝室に帰っていった。謝ろうと思っていたが、ヒルドは意外にも気丈の強い女なのかもしれないな。
そんなヒルドを横目に、俺の周りに集まっていた連中も寝室に向かっていった。
しかし数人は残って俺をにらみつけていた。その中には訓練兵時代の同期であり、卒業試験で俺と同成績をとった女子ファヴニールも含まれていた。この連中は確かファヴニールをリーダーとしてつるんでいたグループだった。
「あなた、ヒルドの嘘を否定しなかったわね」
「神より強いなんて噂が流れてさぞかし気持ちいいでしょうね」
口々に言われる、いい加減にしてほしいものだ。
ファヴニールが口を開く。
「人間が神を超えられるわけがないでしょう。卒業試験のときから、神と人間の混血であるわたしと同成績だなんて目障りにもほどがあるわ」
見た目は美少女にも関わらず気丈が異様に強いのがファヴニールの特徴である。
卒業試験はほとんど手抜きでやっていたなどとは口が裂けてもいいたくない状況だ。
「あなた明日は暇よね?だったらあたしと剣で勝負しなさいよ。神と人間の違いを見せてあげるわ」
そういうとクルっと回って寝室に戻っていった。取り巻きの女子たちが慌てて後をおう。
俺の力はこんなことのためにあるわけじゃない。しかし神と人間の差別意識を撤廃することが最終戦争を回避するために役立つかもしれない。
時間は多くはない、できるだけのことはしないと。そんなことを思いながら俺も寝室に戻っていった。
*****
ここは神々の国内部にある賢者の館。ここで神々の国の最高意思決定機関である賢者会議が開かれていた。
参加者は神々の国の中でも特に特級の神々である。参加者はみな円卓を囲んでいる。部隊長である雷神トールの姿もある。
賢者会議の議長でもある、戦術長の勝利の神の一声で会議は始まった。
「ここにお集まりのみなさんはご存知と思われますが、120年続くヴァン神族との戦況に陰りがでています。このままでは戦線は膠着状態から動くことはないでしょう。そうですね、雷神?」
大男が腕を組みながら厳しい表情で頷く。
「まったくそのとおりだ、面目ない。これ以上の戦闘は死者の国へ送る者を無用に増やすだけだろう。」
それを聞いてチュールは頷く。
「そこでみなさんには先日提案した事項に承認をお願いしたいのです。」
すると円卓はざわつき始めた。
「でもさー、それってちょっとザンコクだしキケンじゃない?私は賛成できないかなあ」
円卓の中でも非常に幼い見た目をしている若さの女神が口を開いた。
彼女は神々の国の神々にとって生命線である若返りのリンゴを扱える唯一の神である。誰もイズンには逆らうことはできない、最高神を除いては。
これに対してトールが口を開く。
「イズン殿、お気持ちはわかるがここは冷静な判断をお願いしたい。なによりヘーニルはこのことを了承しておられる。向こう側も乗り気な話なのだ。」
それでもイズンはプーっと膨れている。
こんどは光の神が口を開いた。オーディンの息子であり輝くばかりの美貌を兼ね備えている。
「ぼくは計画にはおおむね賛成だけど、こんな大切なことをお父様不在のいま決めてもいいものだろうか」
これに対して円卓の神々はそうだそうだと頷く。
「いいんじゃねーの、めんどくさいことはさっさと済ませちゃいましょうよ」
いつもロキはこんな調子である。
チュールが険しい顔で言った。
「ヴァン神族は返事を明日までによこせと言っています。もし返事がなければ攻撃を再開するとも。今度は向こうも本気を出すでしょう。いままでのようにはいきません。始めることが簡単でやめることが非常に難しいのが戦争です。始めたければまた始めればいいのです。ここは何卒よき選択を」
この発言がとどめとなり円卓の神々は提案を承知した。
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ヘイムダルは虹の麓で終末の角笛をなでながら、世界が急激に変わっていくことを直感的に感じ取った。
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