アースガルズへの帰還
無事に森を抜け、俺たち二人はアース神族の部隊と合流した。
どうやらこちらの部隊の損害はほとんどないらしい。早めの撤退が功を奏したのだろうか
部隊を組織する雷神トールが大きな声を出すと、その場にいた者はみな静かになった。その大きな体格と背中に背負った破壊の木槌が圧倒的な存在感を出している。
「神々の国から直々の撤退命令だ。戦線を縮小する」
その場に居るものには撤退に不満を持つ者も少なくないようだ。
「ここにきて撤退なんておかしな話だ」
「もう少しでこの森を陥落させることができたはずなのに...」
そんな状況にヒルドも困惑しているようだ。
「神々の国の軍隊の疲弊が原因でしょうか、もうこの戦争も長く続いてますし、死者の国に堕ちた者も少なくないですから」
俺はそんななかでスッと手を挙げた。
「部隊長、発言よろしいですか」
周りに神々の視線が一斉に俺に集まる。ヒルドは恐怖で顔が硬直しているようだ。
「今回の戦いでのヴァン神族の軍隊の被害はどれほどだったのでしょうか」
ヒルドの顔がコンクリートのように真っ青になった。周りの神々から一斉にヤジが飛ぶ。
「よくみたら人間の傭兵じゃないか!人間ごときが神になんと無礼な口の利き方を!」
「文句があるならまつげの柵のなかに居ればいいものをのこのことしゃしゃり出てきやがって...」
「神々の国に入ることもできない分際で...」
そんなヤジにヒルドが慌てて謝罪する。
「す、すいません。この人まだ新米兵士でまだあんまりしきたりとか世界のこととかよくわかってなくて...」
そんな様子をトールが手で制した。
「そこの者の言う通りだ、戦場がヴァン神族の領地になってからというもの我々はほとんど侵攻を食い止められている。今回の撤退も膠着した戦線を解消するためのものかもしれん」
神々が一斉に静まり返った。戦闘を司る種族であるアース神族が豊穣の種族であるヴァン神族に戦線を食い止められている状況を認めたくないのだ。
そんな雰囲気を変えるためにトールが神々を鼓舞する。
「しかし案ずることはない、我々には最高神様がついておられる。勝利は約束されているのだ!」
沈黙していた神々から大きな歓声があがる。
軍隊とよぶにはお粗末な統率ぶりである。
「これより我々は神の虹を渡り神々の国へ帰還する、戦闘補佐部隊の人間は神の虹の麓で待機せよ!」
その掛け声で神々は一斉に自身のもつ馬車や牛車にのりこんでいく、俺たち戦闘補佐部隊には粗末な馬車が与えられている。
神の虹とは、巨大な城壁で囲まれた神々の国と下界を結ぶ唯一の虹の架け橋である。神の虹は神のみが通行を許可されるきまりであり、麓に居る虹の門番が常に監視している。この門番は少々やっかいな人物なのだが...
馬車に揺られている最中、ヒルドがひっきりなしに話しかけてきた。
「あなた何を考えているの!トール様にあんなこと言うなんて命がいくつあっても足りないわよ」
「私たちは人間の代表としてこの場に居られるのだから、もっと人間を代表するようにつつましく行動しないと...」
めんどくさいので最初は無視していたが、なんども説教されるのは御免なので俺も口を開いた。
「おまえこそ、人間の代表である俺たちに対するあいつらの態度に何も思わないのか?あいつらは見た目も俺たちと変わらないし、こんな扱いを受けるのは不公平だと思わないのか?」
「あなた最高神様のバチがあたるわよ!ちょっと剣が上手くて魔法が使えるからってそんなに調子にのっていたらいつか....」
「でも繁栄の神との戦いは見ていただろう?人間だって神と対等に戦えるのさ」
「でも...そんな...そんなのって...」
ついにヒルドは泣き出してしまった。これまでの価値観を壊されるような経験で心がぐちゃぐちゃになっているのだろう。すこしキツイ言い方をしてしまったかもしれない。
彼女だって十分な魔力と戦闘力を有しているのに神には逆らえない。これがこの世界では当たり前なのだ。
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神の虹に着くころには陽が落ちようとしていた。神々の部隊は一斉に虹を渡っていく。俺たちは虹の麓にある訓練場に戻った。ここは人間のための戦闘訓練場であり、兵士の宿舎にもなっている。
晩御飯を終え、時間があったので宿舎の周りを散歩した。すっかり日も落ちて気温がぐっと下がっている。あとでヒルドに謝らなくてはということ考えていると、大きな角笛終末の角笛を持った男が道に座っていた。
「おまえさん、もしかしてシグルスって人間かい?」