09 激戦
戦闘シーンは難しいですね。
魔物の指揮官の足元は、ダンジョンの床だ。この強度は計り知れない。ミズの最大威力の魔法でも赤くなる程度で、傷つける事も出来ないのだ。
その床は、いつも掃除が行き届いている綺麗さだが、このときは魔物の死骸が残っていた。
エマは、この死骸にトラップを仕掛けたのだ。
通路の延長線上で、魔物の背後から起爆するように遠くに位置取りをした。つまり指揮官の足元にトラップを置けたのは、まったくの幸運だった事になる。
そのトラップは邪魔だと動かせば、その場で爆発する。そのまま置いておいても、ダンジョンに死骸が吸収される時に起爆するようになっていた。
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指揮官の遠距離魔法が七割ほど詠唱されたとき、足元の魔物がダンジョンに溶け込んでいった。
手のひらほどの長さの円柱二本に、エマの防具の一部が丁寧に巻きつけてある。
それが、ころりと動くと起爆したのだ。
指揮官の魔力障壁は、前方だけではなく全周を半円状につつんでいる。
死角が無い優秀な障壁だ。しかしこの時には、それが裏目に出てしまった。
爆発直後、巻きつけてあった物が無数の破片になって、障壁内をあばれ回る。障壁は運動エネルギーの方向を変えて守るものだが、内側では無数の弾になった破片が減衰されずに跳ね回ることになった。
さらに指揮官にとって致命的だったのは、圧力の集中だ。
爆発の圧力が、半円状のドームで一斉に反転し、中心にいた指揮官付近を爆縮させた。
外から見ると、ぽん、という間抜けな音と共に、半円状の障壁が赤黒くなった。
そして障壁が消えると、そこには何も残っていなかった。
◆
戦闘では予想外の事が立て続けにおこる。
これは俺達にも言えることだった。
魔物の指揮官が、文字通り消滅した。
その瞬間、通路にいたホーンドタイガーが咆哮をあげ、封鎖を強引に突破してしまった。
雷撃をまとい、広場の中であばれ回るそれは、忌々しい制御が外れたことを喜ぶ魔獣そのものだった。
「フィリ、ミズを守れ!」
マイルが、吹き飛ばされた盾のエドを助け起こしながら叫んだ。
少し離れて、リーダーのエマがなんとか起き上がろうとしているのが見える。
魔獣は、ショートソードを構えた俺とにらみ合っている。
俺の体に残る熱が、全ての物にもやを掛けているようだった。
冷静でいるつもりなのに、ぼんやりとしてしまっている、そんな危なげな状態だ。
ミズを守る。刺突は使わない。……それからなんだっけ?
魔獣が一歩踏み込んで、俺の死角から前足の爪を振りぬいてきた。
早すぎて見えたときには、もう爪が迫っている。
俺は剣の刃を倒して、椅子に座るように腰を落とした。無意識だったが回避できたか?
倒した剣の上を、魔獣の爪がすべっていく。
それを剣で押すようにして、振りぬかれる前足を上方向に逸らせてみた。
魔獣は思わず体勢を崩され、たたらを踏んだようになった。
刺突と違うスキルが、俺に降りてきているようだ。
ああ、そうか。剣の鎬で撫でるのか。俺は空いている左手で予備武装のショートソードを抜いた。
粘土の山を相手に、両手のこてで形を整えていくような感じを想像する。
こては、外へ外へと動かせば、きれま無く整えていく事が出来るのだ。
ホーンドタイガーの爪は、雷撃が付いているといわれた気がしたけど、今は何とかなる気がしている。
ミズを守る。ここを何とかした後、一緒に笑うのだ。
そういえばミズは、イケナイことしようとか言っていたけど、本気かな?
どんなことなんだろう。何か気になってきたな。
ああ、何を考えているんだろう。集中しなくっちゃ。
◆
「ツノに全集中! ファイアーニードル!」
ミズの魔法だ。撃てるほど魔力回復できたのか、と俺は少し驚いた。
キン!
剣でよろいを切断したような、鋭い音があたりに響いた。
白乳色だった一角は、収束した針のような魔法を受け、中央部がひび割れ焦茶色に染められた。
ホーンドタイガーは、弱点である一角を守らなかった訳ではない。激しく動かされる角に当てるなど、普通は出来ないはずなのだ。
あめ色の体毛がぶわっと逆立ち、そのダメージの大きさを物語っている。
このような事態を飲み込めない魔獣は、その目を大きく見開いたまま止まった。
そしてふらりと傾いて、そのまま横に倒れたのだった。
「フィリ、ミズ、良くやった!」
エマが何かを持ったまま、大きな声を出してきた。
良く見ると、魔獣の後ろ足にはワイヤーが二本絡まり、エマとマイルが後方から引き合っていたのだ。
俺は、一人で魔獣に立ち向かっていたわけではなかった。
そのことが、なぜか嬉しかった。
「フィリ~」
「ミズ~」
気が抜けた俺達が抱き合っていると、マイルが魔獣の長い一角を剣で切断して、はね飛ばした。
俺は最後の警戒をせずに、気を抜いてしまったのだ。反省しなければならない……。
「フィリ、おいしそうな匂いがする。ちょっとごめん」
「え? んあ」
うなだれていた俺にミズが、かぷり、と噛み付いてきた。そしてくびがちくりとした。
こくこくと、のどを動かすミズ。
え? なにがおこっているの? それにちょっとこれ、体の熱が引いていくよ!
熱で感じる苦しさが急速に抜けていって、ぽわぽわとむずむずが浮かび上がってくる。
ミズは俺を逃がさないように、力を入れ始めた。
俺はついに考える事を放棄して、ミズのなすがままになってしまったのだ。
「……ごちそうさまでした」
「うー。ミズのばか」
◆
こうして、俺達は激戦となった狭い通路を抜け、ダンジョンの出口をめざしたのだった。
出口に向かって、盾のエド、エマ、俺、ミズ、マイルの順だ。
ダンジョンを出るまで、気は抜けない。しかし危機から脱出できたからか、つい会話もはずんでしまうのだ。
「目のやり場が、ありませんでしたね」
「そうだな。それにスキルとは違う気がするが、どう思う?」
「そのお陰で、ミズの魔力が回復できたのでしょう? その効果に興味があるわね」
盾のエドが言い、マイルがちょっと思案して、エマが興味を向けてきた。
ミズは機嫌よく、俺の左後ろを歩いている。
そして前を見ると、きれいな石畳が続いていた。
その石に刻まれていた、細かい模様が消えている。
俺はこれを見て、ようやく何かから抜け出せたような……、そんな気がしたのだった。
次で最終回となります。
明日29日に投稿予定です。