ニュー・プロローグ
「それに、あなたも探している人がいるんでしょう?」
「……来たわね」
「いって!」
強く地面に打ち付けられる感覚がして、俺は目を覚ました。そこは、妹の部屋でもなければ自室でもなかった。四方は真っ黒な壁、天井からほんのりと紅い光が差している。目の前には、同じく真っ黒な服を着た女。
「どこだ、ここ……」
「オハナ・クエストの世界よ」
目の前の女が口を開いた。
「何言ってんだ、オハナ・クエスト? そんなわけないだろ」
女はいわゆるゴスロリの服を着ていて、前髪をぱっつんにしていた。髪の色は服と同じぐらいの漆黒で、瞳は紅く滾っていた。
「すぐに信じてもらえるとは思っていないわ――。けれど本当に、ここはオハナ・クエストの世界なのよ」
「はあ……」
確かに俺はここに来る直前、オハナ・クエストを操作していた。けど、エラーメッセージが出ただけで、まともに操作なんかしていなかったんだ。
「変なことを言ってないで、家に帰してくれ。ここはどこなんだ? あんた誰なんだ?」
「あなたの方から来てくれたのに」
「俺の方から? ほんとに何言ってんだ」
変な夢を見ているに違いない。妹のPCを触りながら、いつの間にか寝てしまったんだろう。ゲームの世界に入り込むなんて、漫画やアニメの世界だけだ。まぁ確かに二次元嫌いじゃないけど、そんなコアなオタってわけでもないし、そんなことを信じるわけない。そもそも、さっきだってエラーメッセージが出ただけで、プレイ画面にすら進んでいないのに。ん? エラーメッセージ?
「書き換えプログラム!」
「そう、あなたはYesを選んでくれた。私が開いたこの世界の扉と、そちら側の世界がつながったの。ここに来たのは、あなたの意志でもある」
意志? 意志だって?
「か、勘違いしないでくれ。ここがゲームの世界だなんて話信じるつもりはないけど、あのボタンを押したのは、ちょっとした勘違いだったんだ、あそこでYを押したせいでなにか不具合が起こってしまったのなら謝るけど、どのみちあのデータは――」
女はひどく悲しそうな顔をした。妹が行方不明になった時の、母さんの顔を思い出した。
「そう……じゃあ――」
女の周りに黒い花びらが集まっていく。その瞬間、それは黒い長剣に姿を変えた。
「え? え?」
混乱している俺に飛び込んできたのは、ゲームでよくあるステータス画面だった。そこに表示されているのは、おそらく目の前の女の情報だ。
ブラックローズ LV80 属性:闇
勝利条件;ミス3以下で250文字
制限時間:1分
「え、これなに――」
「ここで消えてもらうしかないわね!」
女が突進してくる。分かった、これタイピングゲームだ! なのに、表示されるはずの文字列が出てこない。
「こ、これタイピングゲームじゃないのか!? う、うわ!」
女は容赦なく切りかかってきた。なんとかかわしたけど、頭の上を確かに、剣先がかすめた。本物の感覚だった。
「書き換えたのはあなたよ」
書き換えた? 俺が? 子供向けのタイピングゲームを、こんなリアルな――。
「なんてね。殺すわけないじゃない。あなたは救世主よ」
後ろから声がした。いつの間に後ろを取られたいたんだろう。悪寒がする。
「き、救世主って?」
「この世界は悪に汚染され、侵されている。それを直せるのはあなたと、あなたの仲間たちしかいないわ」
悪に汚染? 一体何の話か全く――。
「お、俺タイピング速くないし。どっちかというと遅い方だし、ミスも多いし――だから力不足なんじゃないかな。もっとほら、パソコンオタみたいなやつが――」
あ、あれ。身体が重い。なんか、急に、眠く――。
「お願い、この世界を救って」
「それに、あなたも探している人がいるんでしょう?」