プロローグ
「エラー発生……? まぁ昔のゲームだしなぁ」
5年ぶりに実家に帰り、妹のPCを起動させた。勝手に私物を触ったことについては謝るべきだろうが、正当な理由ならある。正直母さんがここまで――5年間も妹の部屋をそのままにしておいたことに驚き、部屋を整頓するための確認作業として、PCを起動させたのだ。特に問題がなければ、適当に処分するつもりでいた。
キーボードが程よく汚れている。それはきっと、妹が大好きだったお菓子を片手にキーボードを叩いていたせいだろう。大切にしたいなら、汚い手で触るなとあれほど言ったのに。
妹はいなくなったわけじゃない、いつか帰ってくる、と母さんは言っている。俺もそれを信じたいけれど、なんの手掛かりもないまま5年の月日が経過してしまった。捜索願を出したけど、単なる家出と判断されたのか捜査はそこまで本腰というわけではなかったように思える。もう警察関係者ですら、事件のことを忘れてしまっているかもしれない。
そんなことを思いながら、俺はデスクトップ画面に目を走らせた。一番上に表示された花柄のマークのアイコン、それが「オハナ・クエスト」だった。懐かしさを覚えて起動させると、美少女のドアップのすぐ後に、真面目な文章が目に飛び込んできた。
いつも「オハナ・クエスト」をお楽しみいただき、ありがとうございます。さて、突然のことではございますが、この度我々「オハナ・クエスト」開発チームは、修復不可能な予期せぬエラーの発生を多数確認しております。このまま運営を続けた場合、お楽しみいただいている皆様のPCに多大なご迷惑をおかけすると判断し、突然のことではございますが、本ゲームを2014年8月31日をもってサービス終了とさせて頂きます。長らくのご愛顧いただきありがとうございました。
そしてその下に、やたらポップな文字でこう書いてある。
遊んでくれてありがとう!
「エラー発生……? まぁ昔のゲームだしなぁ」
「オハナ・クエスト」を閉じた。確かサービスを開始したのは2006年ごろで、内容としては単純なタイピングゲームだった気がする。「オハナ・クエスト」という名前からもわかる通り、基本的には女の子をターゲットにしたゲームだったが、ブラウザゲームではなくて、一応他プレイヤーと速さを競う戦いができるオンラインゲームだった。妹がその機能を使っていたかは定かではないが。
他には気に留めるようなデータはなかった。11歳の女の子のPCだ。特に何も出てこなくて当然だろう。
機械音痴の俺は、事前に兄から印刷してもらったPC初期化の方法を辿っていく。
「ええっとまず、ここを開いて――ん?」
見覚えのないウインドウが開いていることに気が付いたのはその時だった。閉じたはずの「オハナ・クエスト」も開いている。小さなウインドウはたった一言、質問を投げかけていた。
Do you rewrite this program?
Yes(Y) No(N)
「え、なにこれ。俺まだ何もしてないのに。rewriteって書き換えってことだよな? 書き換えってなんだ、上書き的な? ああ、削除するってことかな? じゃあはいでいいだろ。もし違っても、どうせ初期化するんだし」
俺は焦ってひとりごちながら、Yを押した。その瞬間、画面が完全に暗転する。
「え……だ、大丈夫だよな?」
次の瞬間、画面から――真っ黒な画面から、真っ白な人間の手が伸びてきた。
「……は?」
何が起きているのかを理解しようとした次の瞬間には、俺の意識は闇に消えていた。