現実世界と仮想世界
僕が、あのベンチに向かおうと家から外に出ると全ての交通機関がストップしていた。
飛行機、電車、バス、ありとあらゆる交通機関の停止がアナウンスされている。
あたりを見渡すと街なかを走る車どころか歩いている人すら居ない。
まるでこの世界には僕だけしか存在しないようだ。
「仕方ない。歩いて行くか」
僕は自分に言い聞かせるようにつぶやくと線路沿いを歩いて、あのベンチのある場所へ向かった。
「カレンダーオン」
視界の右下には、2038年1月19日と表示されている。
僕の中で全てが確信へと変わった。
「この現実世界もVR世界だったのか」
マミの部屋でコールした時には、まだ確信が無かった。
自分自身の確信によるものなのか? 確信した僕に対するこの世界を支配する者の意思なのか?
あるいはその両方か。
遠くからワイバーンの群れがこちらへ向かって来るのが見えた。
「なりふりかまわずか……」
この世界を支配する者にとって僕がこれから向かう先はよほど都合が悪いらしい。
「ファイアストーム」
炎の嵐で一気にワイバーンを焼き払うと僕は一気に走った。
「クイック」
「クイック」
「クイック」
複数回の身体能力向上魔法を詠唱しながら障害物をさけながら直線距離で進む。
「マップ トゥ オウメ」
視界左端に青梅駅までの距離70キロ、現在の時速100キロ、予想到達時間1時間
と表示された。
この速度なら追いつけるモンスターも少ないはずだ。
目の前に現れるモンスターも出来るだけ相手にせず進む。
僕の行く手を阻む何者かは『アース』をある程度は自由に操作できるのだろう。
完全に操作出来るのであれば、僕が今この現実世界に似せた世界でコール出来無いはずだ。
そもそもこの世界がVR世界だと気づいた時点で強制的に何か起こっていたはずだ。
回復アイテムも所持していない中、塔での戦いの時のように物量で攻められては分が悪い。
65キロ
64キロ
63キロ
表示された青梅駅までの距離は少しづつ近づいてゆく。
前方からレッドワイバーン、ブルーワイバーン、イエローワイバーン
各3体づつが向かってくるのがわかった。
いずれも伝説級のアイテムを守っていたモンスターだ。
それがまとめて複数体。
本気で潰しに来ている。
「ありがたい」
確信を強めるこの妨害に感謝した。
この露骨な妨害は、この世界がVRであり現実でマミが待っているという確信を強くさせた。
ゆっくりと目を閉じ右手に愛剣の感触を思い出す。
次第に右手に重さと感触が感じられてくる。
目を開けると右手に剣、体には『アース』で見慣れた黒い鎧をまとっている。
真正面まで迫ってきたブルーワイバーン1体の首を斬撃で飛ばす
「フラッシュ」
あたりを照らす強烈な閃光で残りのワイバーンの視界を奪い
「ミスト」
視界の後ろへ消えていくワイバーンに霧の魔法を放ち追尾出来ないようにする。
40キロ
35キロ
20キロ
次から次へと襲い来るモンスターを出来るだけ相手にせずRPを温存して進んでいく。
目的のベンチまで、あと50メートル。
全身を赤い甲冑で覆われた人型のモンスター? が行く手を阻んだ。
身長170センチほどで、赤い鎧の兜の先端まで入れても180センチほど。
兜の奥にはヒトの瞳のような光を讃えている。
(もしかして人間?)
「おい! どいてくれ!」
一瞬、こちらの言葉に反応したようだった。
次の瞬間、右手の剣が襲いかかってきた。
「はやい!」
一瞬焦った僕は自らの剣で受けた。
「うおおおおおおおおお!」
重い。
ギリギリの所で受けたもののその剣はあまりに重く剣を両手で支えた。
これ以上支えるのは無理だ。
体を回転させながら相手の剣をいなし斬撃を浴びせた。
しかし、左手の盾によりいとも簡単に弾かれた。
そして、そのまま盾を全面に出し突進してくる。
「ぐわっ!」
10メートルほど後方まで、ふっとばされてしまった。
まずい、次に備えないと。
そう思った瞬間。
「ファイアボール」
弾丸のようなスピードで、バスケットボールほどの炎の玉が連続で襲ってくる。
赤い甲冑の奴がコールした?
それにこの複雑な攻撃パターン。やはり人間だ。
こちらの些細な動きや問いかけ発する叫び声に反応している様子はAIのそれとは違って生身の人間の特徴そのものだ。
「ファイアストーム」
僕はコールすると同時に赤い甲冑の真ん中へ突撃した。
「ファイアストーム」
赤い甲冑も同じ呪文を唱えると盾を全面に突進して来た。
2つの炎の壁が衝突し剣と盾が交わる。
巨大な衝撃で後方へと飛ばされた。
あいつはこちらの得意な攻撃や呪文に対して準備を整えて来ている。
そして、その戦い方は極めて人間的。
しかし、ゲームをやりなれた人間のそれとは違う感じがする。
そこが唯一の勝機。
僕は、また同じ呪文を唱えた。
「ファイアストーム」
敵もまた同じように唱える。
「ファイアストーム」
今度は、ファイアストームをコールする直前に突撃を開始した。
現実世界ではありえない。
呪文を唱える動作をキャンセルして突撃動作を開始するキャンセル技だ。
格闘ゲームでは、おきまりの技だが、あの赤い甲冑の奴は、おそらくゲームにはうとい。
こんな技が使えるとは思ってもみないだろう。
この一見、精巧な現実に見える世界で、この技が可能だとは僕自信も思わなかった。
ほんの数秒の違いで、僕の突撃が盾でガードされる前に赤い甲冑の喉元の隙間へと突き刺さった。
「うわああああああああ!」
「ファイアストーム!!」
突き立てた剣先から更に炎の魔法を浴びせる。
「グググ」
赤い甲冑の奥から苦しむような声が聞こえた気がした。
赤い甲冑は、目の前で倒れると青い光を放ちながら砕けた結晶のように霧散した。