現実世界
いつも行き来していた食堂の部屋には入らずまっすぐ出口へと進む。
特に何の手続きも無く外へと出ることが出来た。
「入る時には何度も厳重なチェックがあったのに」
「まずはマミの部屋に行ってみよう」
施設から歩いて15分ほどの距離にあるマミの家へと向かった。
僕は毎日のように『アース』へログインしてきたが、改めて自分が何をやっていたのか思い出すと、その記憶が本物であるか? どうか自信が無くなった。
僕はマミのお母さんに玄関で挨拶をしてマミの部屋へと入った。
部屋はマミが居なくなった当時のままだがホコリなどは被っていない。
おそらく毎日マミのお母さんが掃除しているんだろう。
毎日掃除しているお母さんの事を考えると目に潤むものを感じた。
事故は世間から隠蔽され、僕だけが1年以上も1人で発売前の『アース』のデバッグを繰り返している。
学校も休み、両親からも何も咎められない。
そんなことが許されてきたのだろうか?
僕は僕自信の全ての記憶に対して自信が無くなってきた。
あれこれ考えている暇があったらとにかく色々やってみるしかない。
「カレンダーオン」
コールした。
が、何も起きなかった。
「もしかすると、この現実世界が『アース』と同じVRの世界であればコール可能じゃないか? と思ったんだが、やはり駄目か」
仮にこの世界がVRでも管理者が僕がそのことに気づくようなヘマをするはずがない。
僕はマミのお母さんに挨拶して部屋を出ると自分の家へと向かった。
家に戻ると母さんがいつも通りに迎えてくれた。
僕のことを気遣って久しぶりに帰宅したからと騒ぎ立てるでもなく、ごく普通に接してくれる。
母さんに夕食は必要ないことを伝えるとベッドに寝転がった。
冬は日が落ちるのが早く夕方だと言うのに明かりもつけていない部屋は真っ暗だ。
しばらくVR世界とこの世界の違いについて、あれこれ考えを巡らせていたが、久しぶりに現実世界で動き回ったからなのかまぶたが重く、意識が遠のいてきた……。
---
心臓が一瞬高鳴った。
マミが見知らぬ男と居るのが目に入ったからだ。
「今日はお母さんと用事があるから、また今度ね」
普段誘いを断ることのないマミが今日は断って来た。
誘いを断られて家に帰る気もせず、なんとなくぶらぶらと歩いている時に目にしてしまった。
年は僕と同じぐらいか?背格好も同じぐらい。
マミが楽しそうに一緒に洋服を選んでいる。
突然付き合うことになってから一ヶ月ほど、
手も握ったことが無い。
「僕はマミにからかわれていたのか?」
もし、そうだったとしてもおかしな話じゃあない。
だいたいマミみたいな明るくて見た目も悪くない、いや、むしろ良い部類のクラスでも人気の女の子が、ゲームばっかりやっている根暗な僕と本気で付き合うわけが無かったんだ。
僕はマミから本当のことを聞く勇気も無く、知らない男に突然、自分が彼氏だと名乗る勇気も無く、
情けなくも見て見ぬふりをしてその場から去った。
次の日、学校へ行くと気まずくてマミに声をかけることが出来なかった。
その次の日も。
マミも僕に対して後ろめたさがあるんだろう、そもそも、どうでもいい存在だからなのか、
声をかけてくることもなかった。
マミと一週間も話をしていない。
学校のいつもの帰り道、1月の冬の寒さも手伝って、なんとなく暗く寂しい感じがした。
信号待ちをしていると突然後ろから目隠しをされた。
ちょっとひんやりとした手が気持ちがいい。
「マミ?」
「ばれた?」
目の前には満面の笑みをうかべるマミが居た。
「はい、これ、お誕生日プレゼント!」
リボンのついた紙袋を両手で目の前に差し出してきた。
「あ、ありがとう」
この一週間マミのことが気になって自分の誕生日のことなんてすっかり忘れていた。
「あけてみて!」
「こ、ここで?」
「はやく、はやく」
歩道の邪魔にならない場所にちょっと移動して中を見てみた。
「セーター?」
「そう! 着てみて!」
「ここで?」
こういうノリノリの時のマミは、まわりも気にせず言い出したら聞き分けが無いので僕は従った。
1月の寒さとまわりの目をひしひしと感じながら上着と洋服の上からセーターを着た。
「あったかいよ。サイズもぴったりだし」
「でしょー! 手編みは出来ないから暖かさもサイズも厳選したんだから!」
あの日、マミは僕のセーターを選んでいた?
「あの服屋で一緒に居た男の人は……」
思わず言葉が漏れてしまった。
「え?」
「ごめん、先週見かけて……」
「えええええええ! バレてた?」
「いや、まさか僕の誕生日プレゼントを選んでるとは思ってなくて」
「あれ? もしかして、私が浮気してたと思った?」
マミがニヤニヤしながら僕の目を覗いてきた。
「ふーん、だから最近話しかけても来なかったんだ。私からすると誕生日のサプライズに都合が良かったんだけど、そういうことだったんだ。」
僕の嫉妬やあの時勇気が無く逃げ出した弱さを見透かされたようで恥ずかしく顔がちょっと温かく、赤らんでいるのでは無いかと更に恥ずかしくなった。
「ソウくんが、そんなに私のこと気にかけてくれてたなんてうれしいな」
---
「そうだ明日は僕の誕生日だった。」
目が冷めて窓の外を眺めるとうっすらと空が明るくなってきていた。