塔への道
今回こそマミが見つかる。
灯台へと続く一本道、建物の入口に近づくにつれ確信めいたものを感じる。
この世界で最後の探索場所。
見つかるに違いない。
考えたくも無い結果を打ち消すようにそう願ってしまうのだろうか……。
一本道の両側、海面から突然、複数の黒い影が飛び出してきた。
30メートルはあろうかという岸壁の下から一気に跳躍してきたそれはカエルのような頭に下半身は魚。
陸地にあがると両腕で直立し見た目以上に奇妙な雰囲気を醸し出している。
半魚人というやつか。
右に8体、左に12体、合計20体。
「ファイアウォール」
コールと同時に炎の柱がそびえたつ。
奇妙な半魚人を炎の柱で囲い逃げ場を断った。
間髪入れずに半魚人の群れへ突進。
斬撃を放つ。
左の一体を斜めに切り下ろす。
右の一体を切り上げる。
さらに右の一体を垂直にたたっ斬る。
次々と倒していく。
「ギャギャギャ!」
逃げようとした半魚人が炎の柱に触れ半身が黒焦げになっている。
最大限まで魔力を込めたファイアウォールは、丸1日以上強烈な炎を出し続ける。
「これで最後だ」
最後の半魚人を真っ二つに切り裂いた。
遭遇からおおよそ3秒ほどか。
やはり、この世界に敵は居ない。
灯台へと続く一本道を2,3歩進んだ。
すると……。
「またか」
半魚人がまたもや海面から飛び出してきた。
今度はさっきの倍は居る。
一本道の左右に20体ずつ。
「異常なエンカウント率だな。それにこの半魚人、直接戦闘の力だけなら一体一体が魔王級だ」
灯台までは、あと数十歩の距離。
目と鼻の先にもかかわらず一歩進むごとに半魚人が現れる。
しかも、一歩ごとに倍の数が現れる。
100体以上に周囲を取り囲まれた。
右斜め前方、左下から右上へ剣を切り上げ両断。
左横、右から左へ水平へ剣を走らせ真っ二つに。
右後方、振り向きざまの回転斬りで首を跳ね飛ばす。
中央突進してくる2体、右切り下ろしから左切り上げへのクロスで同時に撃退。
10……
20……
50……
100……
150……
延々と襲い来る敵を撃退し、半歩進む。
撃退し、半歩進む。
撃退し、半歩進む。
繰り返し。
繰り返し、灯台へと近づいて行く。
あの日、マミを誘いさえしなければ、こんなことには……。
「マミ、驚くなよ。僕のゲーム趣味も無駄ではなかった」
「なに? なに? なに?」
マミが、まるで子猫がじゃれついてくるみたいに顔をこちらに近づけながら聞いてきた。
顔を近づけながら距離を縮めて来る。
ちょっとドキっとした。
(こういう無邪気で好奇心旺盛な子猫みたいな動作する所が、かわいいんだよな。)
いや、こんなこと考えてる場合じゃない。
僕の趣味であるVRゲームで、マミも喜ぶことがあったんだ。
最新型VRゲームをプレイするために最新のパーツを購入してパソコンのグレードアップを繰り返す。
僕は世間一般では重度のオタクと認識されるまでになってしまった。
そして、このパーツ購入の努力がメーカーに認められたのか目をつけられたのか、とんでもない案内が届いた。
「なんと世界初『量子コンピューターによるホログラフィック理論応用最新型VRゲーム世界体験ツアー2名様ご招待』に当選しました!」
マミが不思議そうな顔をして首をかしげた。
(あれ?)
(もしかしてちゃんと伝わっていない?)
「あれだよ。あれ。最近話題になったマミも画期的な発明だって言ってた現実とリンクするシミュレーションシステム」
「寝たきりの人や体をすぐに動かすようになりたい骨折や靭帯損傷してしまったスポーツ選手が、バーチャルリアリティーの中で体を動かすと、その動かした結果が現実にも効果を及ぼすという画期的なニュース」
マミの喜ぶ顔を想像していた僕は、この招待の素晴らしさが伝わらないことにちょっと焦って早口で説明した。
「ああ! あの! 画期的な発明だと言われていた!」
ようやくマミが一時期話題になったニュースを思いだしてくれた。
マミのおばあちゃんが1年ほど前から寝たきりになってしまいリハビリも出来ない状況になってしまった。
それがマミの看護師を目指すという進路にも影響したほどだ。
その時、話題になっただけにマミには珍しくバーチャル・リアリティーの可能性について僕に聞いてきてたのだった。
「ソウくん、すごーい! 世界中で話題になった話だったし、そのゲームのことは名前だけなら私も知ってるぐらいだし」
「抽選倍率800万分の1」
「え! すごーい!」
「全世界からの応募総数8000万のうち10名が当選」
「すごーい! すごーい!」
マミは無邪気な子犬が庭をかけまわるように、あたりをかけまわった。
抽選は様々な指数を考慮し当選確率を調整した上でのAIによる公平な抽選となっている。
ランダムでありながらも外れた人達が納得のいく当選結果となるように様々な社会的影響や個人のパラメータを考慮しているのだ。
僕以外の当選者は有名な経営者、芸能人、研究者と錚々たる面々だが、僕は一般代表、日頃最新VRゲームを楽しんでいる一ファンとして当選したのかもしれない。
古くは無実の罪で十字架刑となったキリストが釘を打たれた手足なんかと同じ場所に痣が現れたり傷や出血になったりする聖痕現象。
誰もが一度は耳にしたことがあるであろうオカルト話。夢の中で掴まれた腕に現実でも痕が残っていたなんてエピソード。
この現象を科学的に再帰的に現実化するのが、この最新型VRマシンなのだ。
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「『アース』の世界でも現実世界と同じ場所からスタートになります。またログアウトはスタートした現実世界と同じ場所でしか行えません。
そのためゲームオーバー時はログインしたこの場所から再スタートとなります。」
職員の方が注意事項について淡々と説明していく。
「へー、ヘルメットみたいなの被って、あの筒の中に入るだけで仮想現実世界にソウ君と一緒に行けるんだ。」
ひととおり職員の方から今日体験する最新型VRマシンについて説明を受けた後、マミは目を丸くしてフムフムとつぶやき驚き感動しているようだった。
「ヘルメットじゃなくてゴーグル。それにあの筒みたいなのは今回のテストで僕たちの健康状態や反応をモニタリングするための設備。
『アース』はゴーグルのみ必要で、しかもこのゴーグルは量子充電システムにより半永久的に稼働するんだ」
僕は職員の方に聞いて得た知識を自慢げに話した。
「まあ、仮想現実の世界でマミと一緒になれるのは今までのVRマシンと同じだけどね」
「そしたら、この最新の機械では何が出来るの?」
「そりゃあ、あれだよ。さっき職員の方が説明してくれてたようなことだよ」
僕は、適当に話を濁した。
なぜなら、今回のVRマシン体験でマミとファーストキス……
ではなくファースト手繋ぎ?を画策しているからだ。
この最新のVRマシンでヒトが現実世界に影響を及ぼせるのは、せいぜい感覚程度らしい。
感覚程度と言っても仮想現実で受けた刺激がリアルに現実世界でも感じられるのは、とんでもない偉大な科学の進歩だ。
そんな偉業を僕は、なんと下賤な発想で利用しようとしているのか?
手をつないだ感覚をマミと共有できれば、リアル世界でも手を繋ぎたくなるのではないか?
なんなら今日の帰りにでも。
我ながらキモい発送だと思いながらも高校生の淡い恋愛なのだからと、プラトニックだからと無理やり キレイなことだと考えることにした。
「それではVR体験開始するので準備してください」
職員の方の誘導の声で、僕とマミはVRマシンへと向かった。
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塔の入り口まで、あと10メートル。
15、6歩という所か?
海面から飛び出してくる半魚人は優に数千体は越えている。
とんでもない無理ゲーだな。
1年以上もこの世界に入り浸って、この世界に敵が居なくなった僕でさえ、これだけの数で押されるとさすがにキツくなってきた。
回復アイテムも残数が気になる。
あと5メートル。
ダメージが蓄積していく。
あと3メートル。
ついに回復アイテムが底をついた。
あと1メートル。
残されたRP 2万弱
この世界で強さを表し同時にヒットポイントとマジックポイントをかねたこの世界独特の指標リアルポイント。
フルで50万ほどの僕のRPは回復の手立てが無い状況で絶望的な所まで減ってしまった。
この大量の敵、一気に抜けるしか無い。
『ファイアストーム』
ファイア系最大魔法、現RP2万弱のうち半分の1万を使うためかなりのバクチになってしまう。
これで掃討できない。もしくは塔の中でさらなる強敵が現れた場合、確実にゲームオーバーだ。
「ファイアストーム!」
決死の覚悟でコールした。
天空へと届かんばかりの巨大なビルほどの大きさの炎の柱が何本も強烈な勢いで地面から立ち上がったかと思うと、荒れ狂う嵐のように炎の柱がダンスした。
一本の柱で一気に数百体の半魚人が消し炭となり目の前がひらけた。
その一瞬、一気に塔の扉の中へと飛び込んだ。