誕生日の思い出
2036年2月6日
この日、マミが僕の前から居なくなった。
「おい! こっちの高校生は息があるぞ!」
「女の子の方は!」
「わかりません!!」
けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。
職員と思われる男性や女性の怒号や泣きそうな声が飛び交っている。
真っ暗に視界を遮られているが、何かとんでもない事が起こったんだと一瞬で理解した。
顔全体を覆ったヘルメットのようなVRゴーグルで辺りは何も見えず体を固定されて身動きも取れない。
まあ、何か事故が起きたとは言え所詮はゲーム。
火事が起きたような気配も無いし、死にはしない。
そう考えると元々冷めた性格もあってか、すぐに冷静さを取り戻せた。
体が動かせず視界も効かないため過去の様々な記憶が頭をかけめぐる。
マミとのデートらしいデートと言えば、これが2回目だな。
僕の誕生日だったあの日。
1回目のデートもトラブルが起きて、さんざんだったな……。
「マミ、今どこ?」
「あともう少しで駅に着くから先に入ってて」
「それなら、会場の中で会おう」
通話を切ると足早に青海駅からライブ会場であるホールへ向かった。
主に趣味と言えばゲームぐらいの基本家から出ない僕にとって、今回のVRライブは貴重な外出機会だ。
そして、偶然なのか運命なのか、どちらかと言えば外交的なマミと唯一合うのが今日見に行くVRライブだ。
VRゲーム内で登場する歌姫、その歌唱を担当しているアーティストが現実世界でも人気だ。
僕はもちろんゲーム内の歌姫のファンであってアーティストのファンでは無い。
毎回、ライブ会場は明らかにゲームオタクな男とオシャレな明るい女の子で二分されていて、ある意味異様な雰囲気だ。
僕は席に着くと備え付けのVRゴーグルをかぶり自分の端末と連動させた。
「マミ、もうついた?」
「駅に着いたところ!」
「こっちは席についてVRゴーグルつけて通話してる」
「もしかしたら少し遅れて入場するかもしれないから楽しんでて」
「おーけい。待ってるよ。ライブはじまったらVR空間内で落ち合うか、会場出ないと連絡取れないから」
「うん、わかってる」
通話を切ったその瞬間、中央に巨大な歌姫が光と共に天から降臨した。
天空を真っ二つに割らんばかりの雷の轟音のような音楽が一気に会場のファンをハイテンションに持っていったようだった。
普段、感動の薄いタイプの僕でさえ音楽に高揚した。
このライブのスタートが見れないなんてマミは損してるな。
一気にハイテンションな曲の連続の中、もう5曲目のスタート。
いくらなんでも遅くないか?
もしかすると、あのスタートを見るために会場入口でVRゴーグルを預かって立ち見しているかもしれない。
それなら、今居るこの同じVR空間に居るはずだ。
隣同士の席に座るのは諦めて、せめてVR空間内だけでも一緒にいたい。
いてもたってもいられなくなった。
「すいません」
盛り上がっているオシャレな女の子の間をかきわけて進んでいく。
「すいません」
まるで人が波のように押し寄せてくる。
今、白い目で見られた気がする。
VR空間だし触れても感覚は無いはずなのだが、やはり見るからにオタクっぽい僕がこの女子の集団をかきわけて行くのは不審な行動に見えるんだろう。
マミが一緒に入れば何の問題も無いんだろうな。
(君たちみたいなイケてる系女の子が彼女なんだ。決して、変なことはしないよ)
よくわからない言い訳を心の中に思いながら進んだ。
曲も中盤にさしかかりライブが開始して1時間以上も経つが見つからない。
心配の方が大きくなってきた。
一旦会場を出て連絡取ろう。
「マミ、今どこだ?」
「ごめーん、ソウ君、駅前のベンチに座ってる」
「駅前のベンチ?」
駅前にベンチなんてあったか?
「実は…」
「実は?」
「場所間違えちゃった」
マミは明るく笑いながら言った。
「で、どこに居るんだ?」
「おうめ駅」
「おうめ駅!?」
僕が半ば呆れて語気をつよめると、すかさず明るく笑いながらマミが言い訳してきた。
「だって、青梅駅と青海駅、『おうめ』と『あおみ』って言い方がは違うけど、漢字の見た目が、ほぼ一緒じゃない」
自分の間違えがおかしくて仕方ないのか、けらけらと笑いながら話していたかと思うと
「あっははっは」
とマミは大声で笑った。
なんだか、マミの明るさにライブを中断して見れなくなったことや、マミの間違えはどうでも良くなってきた。
「ソウ君、せっかくの誕生日、私の分までライブ楽しんで私はせっかくだからここで景色でも眺めてから帰るよ。プレゼントはソウ君の家まで持ってくね」
「ライブ途中で出ちゃったし、せっかくの初めてのデートだし、今、そっち行くから待ってて」
「え? いいよ。そこからじゃあ2時間はかかるよ。それに、会うんだったら私も戻るから中間地点で会おうよ」
「いや、待ってて。またすれ違ったらいけないし、それに今までずっとマミを探してたから最後までやりとげたいんだよ」
「ソウくんのそういうところ変わってるよね。そんな所好きな私も変わり者なのかな?」
マミは相変わらず笑いながら言った。
たしかに何かはじめると最後までやらないと意地になることはある。今だって、マミの言う通り中間地点で落ち合うのが普通だろう。
「ずっと待ってるから来て。途中、メッセージは送ってね。待ってる間色々質問していいよ。答えてあげるから」
マミはこの状況をもはや楽しんでいる。
失敗したりうまくいかないとイライラしてしまう僕とは正反対だ。
「よし! 色々質問するから覚悟しろよ!」
僕はマミの明るさに負けまいと勢いよく答えた。
「覚悟って……。何かえっちな質問するんじゃないでしょうね?」
「あ、いや、その……」
この流れならいけるかと心の片隅で思っていたことを見透かされた……
2人で質問のメッセージをやりとりする時間は充実しつつもあっと言う間に過ぎた。
お互いにもう知らないことは無いと思えるぐらい過去のことや未来のこと、小さな事から大きな事まで様々知るきっかけとなった。
駅の出口を出て見渡すと駅前の木製のベンチにマミが座っていた。
マミも僕に気づいて微笑みながら手をふっている。
僕は小走りでベンチまで近づくとマミの隣に座った。
「やっと会えたね」
「うん」
2人でしばらく夕日を眺めていた。
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「おい! こっちの高校生は息があるぞ!」
「女の子の方は!」
「わかりません!!」
顔全体を覆ったヘルメットのようなVRゴーグルで真っ暗な視界の中、マミとの思い出をぼんやりと思い出していたが耳に入ってきた言葉の意味を時間差で理解した。
「息があるぞ?」
「女の子の方は??」
「わかりません???」
(マミはどうなった?)
「マミどこだ!」
体を拘束している鉄製のベッドの足と床が大きな音を立てて揺れた。
起き上がろうとしたが手首を固定するバンドは僕の動きを制止した。
「男の子の方がパニックです!」
女性職員の声が聞こえたがパニックに陥ってはいない。意識がはっきりしているからこそマミのことが心配なんだ。
「マミィイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!」
思いっきり叫んだ。
「体を押さえて。鎮静剤を投与」
「大丈夫だから。おちついて」
冷静な男の声となぐさめるような女性の声が聞こえたと思ったら腕にチクリとした痛みが走った。
そして、意識がぼんやりとしてきた……
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「マミさんの姿はありませんでした」
「どういうことですか? 姿が無いって」
「VRは本来ゴーグルのみで使用可能ですが体験ツアーでは万全の安全を期すため体調の変化等をモニタリングするスキャンドッグ内に入って頂いていました。また、何かしらの精神的な問題でパニックになり自ら傷つけることが無いよう体が動かないよう体の固定もさせて頂きました」
「映像記録他、各種センサーによる監視も行っていました」
「それが、どうして急に居なくなるんですか?」
「わかりません。映像では突然、実験開始から23分56秒の時点で消えてるんです」
「探させて下さい。僕に。VR世界を」
「わかりました。社内で稟議を回しておきます。延長された実験の被験者としての参加、この事故に関して口外しないことが条件となると思います」
ヒト一人居なくなったのに事件として表に出ることも無く僕はゲームのデバッガーとしてアルバイトでの採用が決まった。