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明殺者  作者: 卯の雛
S1. 夜に月、音は無し
3/30

S1-par.1 『将来の夢は暗殺者』

 空青く、雲白く、注ぐ陽は星のように音を立てる。清らかな快晴。夜行性でもなければすがすがしい朝だろう。


「後ぉ……五十分」


 誰も何も言っていないが、少女は携帯のアラームに返事をする。通話でもするように耳に当てそのまま伏せてしまう。


「ツクヨ、遅刻するよ」


 完全に二度寝を始めてしまう前に名前を呼ぶ女性の声が聞こえる。


「後十五分」

「それは厳しいんじゃない」

「じゃあ五分」

「もうすぐ五分よ」

「――むぁ! もうほっといてぇ……よ?」


 母親にして強制的ではなく、いつもより粘る相手に違和感を覚えた。加えて、寝起きで考えさせられたことにイラつき跳ね起きる。しかしそこにいたのは、むしろ構って欲しい人だった。


「頼まれた手前放っておくのはちょっとねぇ」

「お姉ちゃん!」


 少女は眠気を忘れ、目には輝きを得る。感情のままに目の前にいる姉へと飛び込だ。


「おかえりー! いつ帰って来たの?」

「今朝よ。おはようツクヨ」

「あのねあのね! お姉ちゃん、私――」

「ツクヨ」


 姉の少し強めた語気に少女は言葉をつまらせる。怒らせてしまっただろうか。久しぶりに会った姉に高揚していた彼女の気持ちは、憂いへと移り変わる。そして、視線は奥へと移っていく。


「ツークーヨー?」

「お、お母さん」

「早く支度しなさーい!」


 姉の苦笑、母の怒声を浴びて、少女は登校の準備を急いだ。


「もう中三なんだからしっかりしてよねぇ」

「お母さんそれ前にも聞いたー」

「だったらなおさらでしょ!」


 普段通りのひと悶着、毎日の朝、見慣れた光景の一員になる少女。ただ一つ、しばらくぶりの景色が頭を離れない。


「お姉ちゃん、また行っちゃうよね。高校はいつまで休みなの?」


 妹の悔やむ声に、姉は笑顔で答えた。


「一週間はいいよ。うちには五日ぐらいかな。帰ってから、いっぱい話そ」


 少女は姉以上に、幼子にも負けない満面の笑みを見せる。出掛ける前から帰りを楽しみにして、少女は声色を弾ませた。


「行ってきまぁす!」


 少女の名前は音無(おとなし)月夜(つくよ)。姉を慕っている中学三年生。憧れの人は優しい姉――。


「マシロ、それ学校の?」

「うん。今覚えてるのが、『暗殺競技(・・・・)のルール』ってとこ」


 ――暗殺者だ。




 季節を残していた葉桜も一色に染まるころ、生徒もまばらな教室にみずみずしい声が広がる。


「おはよー!」

「おはようツクヨちゃん。今日は早い――走って来たの?」


 息を乱すツクヨに女生徒は問いかける。ツクヨは直接彼女の席に向かうと机に両手をつき、隠しきれない――そんな気など毛頭ない――笑みをあふれさせた。


「ヒナコちゃん! お姉ちゃん帰ってきた!」

「え、マシロねえ今ツクヨちゃんちにいるの?」

「うん。今日の朝! 今週はいるって」

「いいね。私も遊びに行くよ」

「もちろんだよ! お姉ちゃんも喜ぶよぉ」


 久しぶりに親しい人に会う喜びを分かち合う二人。先のことに思いを馳せ、話題はその人のことばかりになる。


「マシロねえが引っ越したのって中学卒業してからだよね。だからぁ……二か月? まだそんなに――」

「もうそんなにだよ!」


 ほぼ頭突きの勢いで顔を寄せるツクヨ。必死さに目も顔も丸くした彼女の顔を間近に、ヒナコは謝罪より笑いが先に出る。


「ふふ、あはは。ごめんごめん。ツクヨちゃんは本当、マシロねえのこと好きだよね」


 ツクヨはその言葉にうなずき返す。ムキになった思いはとうに消え、無垢な呆け面を見せた。


「うん! 大好き」


 ツクヨのお花畑がヒナコにも広がっていく。そんなとき、ツクヨを呼ぶ声が聞こえた。


「なんだ音無(おとなし)、今日は早いじゃないか」

「んあ? あ、先生! おはよー」

「おはようございます」

「はいお早ぅ」


 ツクヨとヒナコは担任の先生とあいさつを交わす。少々あった時間も、楽し気に話していればすぐに過ぎて行くもの。

 ツクヨはカバンを背負ったままであったことを思い出し、ひとまず自分の席へ意識と体を向けた。まだ朝の会が始まる時間ではない。中身は後のことにして、カバンを机の横にかける。

 ツクヨは時刻を確認して、もう一度ヒナコの元へ戻ろうとした。すると先ほどと同じ声が、彼女たち二人を呼び掛ける。


音無(おとなし)木洩(こせつ)。これ配っといてくれ」

「あ、はい。分かりました」


 了承するヒナコにツクヨが寄ってくる。その途中、ヒナコに渡されたものを確認する前に、ツクヨは先生に質問をした。


「先生これ何?」

「"進路希望調査"の用紙だよ。朝の会で渡す書類、今日は多いから今から回し始めてな。手伝ってくれ」

「私決まってるから今書いて――」

「まず配ってくれ。で、提出は一週間後だぞ。ちゃんと親御さんと話し合いをしてからな」

「ぶぅーい」


 ツクヨはヒナコから紙の束の半分を持ち上げた。ヒナコは立ち上がり、二人並んで歩き始める。配って回る途中、ヒナコはツクヨに話しかけた。


「ツクヨちゃんはもう決まってたのね。知ってたけど」

「えぇ? じゃあ当ててみてよ」

「マシロねえと一緒、でしょ?」


 ツクヨは息を漏らす。楽し気に、自慢気に。


「大正解! そう、模忍(もにん)高校!」


 最後の一枚を残して用紙を配り終えたツクヨは、自分の席に戻りその名前だけを書き込んだ。

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