S2-par.5 『エンプティ・ベバレッジ』
ナツキは考えていた。朝以外にも放課後になればツクヨらの特訓のため、工場跡地に訪れている。ナツキは今、そこで休憩スペースになっている、プレハブ小屋の出入り口から横のベンチに腰掛けている。ツクヨのことがなければ、今も先の事件で戦った男を追っていたことだろう。
件の男と再度一戦を交えたとして、勝てるだろうか。サシであっても確信を持てない。ツクヨに教える立場ではあるが、自らも研鑽を積む必要がある。
ただ問題になるのが、何を改善し伸ばすべきかだ。当時の敗因は何か、条件が悪かったこともある。相手の人数、目的や戦意など、戦闘になっていたかと言われれば肯定しがたい。
しかし、まともに戦った場合はどうか。そもそも相手の使った技や戦法は知らないものだった。消費した気力の念量や使用した能力、おそらく本気でない。まだ力を隠していると考えられる。勝つためには体力や攻撃力、防御力に速力、それらを実現する以上の気力が必要だ。
――いや、戦闘能力も欠けてるが、それ以上に知識が足りない。アイツは対策なしでどうにかできる相手じゃない。でも考えるためには情報がいる。あのアスピュレータがどんなものなのか、それが分からないと……。
片手に持っている缶ジュースを、上部をつまむように持ち直す。女の子らしからぬヒザ同士が離れた座り方で、その内側に両手を垂らしている。そのまま空中で缶のタブに中指をかけ、カシュッと清涼な音を立てて引き起こした。ナツキはコクりと小気味良くのどを鳴らし、今やれることを思い返す。
――約束もあるわけだし、まずはツクヨに強くなってもらわないとね。
ナツキは諸々飲み込み、迷走だけはしないよう、強く目の前を見据えることにした。一度口をつけた缶の中身が空になったとき、現状の目的がナツキを呼びながら駆け寄ってくる姿を見つける。少し後ろには約束の方も歩いてきていた。ツクヨは脚の動きが口元まで伝染したみたいに、元気な声でナツキに話しかける。
「シショぉー! 何飲んでるんですかぁ?」
「白ワイン」
「へぇ。ええ⁉ ダメですよそんなぁ!」
「冗談だよ。これ、マスカットジュース」
「びっくりしたぁ。そういうブラックなジョークは禁止ですよお」
合流して早々、冗談禁止条例を言い渡されたが、ナツキが真面目に締結するわけもない。
「忘れてなかったら善処するわ」
「むぅ……。ところでそれ、おいしいんですか?」
「マズかったら飲んでないよ」
「好きなんですか?」
「――嫌いだったら飲んでないよ」
自分で選んでいるのだから好みのものに決まっている。たが、ときにはおいしくなくとも、嫌いであっても、手を伸ばさなければならないこともある。誰もが、それが今日でないことを、明日でないことを、毎日望んでいる。しかし願っても叶わないとき、人はどうするのだろうか。それが起きてしまったとき、過去になってしまったとき、人は何を思うのだろうか。
「お待たせしました」
「ねぇ、二人はさ」
遅れてヒナコが合流したところで、ある質問をした。
「嫌いなものを食べなきゃいけないとき、どうする?」
「嫌いな食べ物? わたしは基本ありませんが」
「想像でいいよ」
「そうですね。多分食べられません。無理に入れても飲み込めないと思います」
ヒナコの答えを聴き終え、ナツキは一度下を向く。まぶたが頷き、次の瞳はツクヨを見た。
「ツクヨは?」
「おいしくなるよう、どうにかします! で、いけるとこまでがんばる! それでも残ったら他の人に任せますぅ。えへへ」
照れくさそうに恥じるツクヨを、ナツキは黙って見ていたが、ヒナコは楽しそうに話題を振る。
「ふーん。じゃあツクヨちゃん、ピーマンはどこまでいけるようになったの?」
「ピっ! あ、いや! 別にダメなものは無理に食べなくてもいいんじゃないかな?」
「まだダメなんだね」
「黄色いのなら大丈夫だもん!」
「へぇ……」
「んぅ……、ひと口、なら」
「ふふっ」
「いいじゃん私のことは! それよりシショーはどうなんですか!」
これ以上いじられたくないと、ナツキに向かって声を張った。ツクヨの言葉に、ナツキはわざとらしく確認をする。
「ん、アタシ?」
「そうです! シショーも言ってくれないと不公平です」
「そうだなぁ」
ツクヨたちに質問しておいて自分が答えないわけにもいかない。ナツキは空の缶を振り、息一つに連ねて声に表す。
「とりあえずそのメシを出したやつにブチキレっかな」
「えっ」
「んで、ソイツが誰か、どんな対応をするかで、食う食わないを決める。いいやつだったら食う」
「マズくても?」
「マジでバカみたいマズかったら諦めるかもね。謝って残す、かな」
実際にそういう状況になったことがないのかも知れない。ヒナコと同じく想像で話したのなら、再現されたときどうするかは分からない。ただ、話し終わったナツキの顔は、ツクヨの目にはひどくつまらなそうに陰って映った。
「そんなところで、よっと。集まったわけだし、始めようか」
号令をかけるナツキの表情には、すでに負の面影はなく、ツクヨは気のせいだったかなと気持ちを切り替えた。試験までの時間は限られている。とにかくがんばろう、それだけを考えて拳を握る。
――強くならないと。
その場の全員が同じ目標に、別の歩みで向かって行く。




