5 ピクルスとスイカマシュマロ③
第3~6話【ピクルスとスイカマシュマロ】は、銘尾 友朗様主催 「冬のドラマティック」企画の参加作品です。少し長くてすみません。
それからというもの、マリサはひたすらレディックのことを忘れようと懸命に働いた。
朝は誰よりも早く出勤し、過去の顧客の整理や今後の企画の見直しなどを行った。
ランチの時間も食べながら新しいトレンド情報を得るため雑誌や業界紙に目を通し、家に帰ってからも、レディックのことを考えそうになると、難しい専門書を手にとった。
休みの日は必要最低限の外出だけで、テレビや雑誌を見たり、家具やインテリアの勉強をして過ごした。
食料品や日用品の買物はレディックと出会ったマーケットへは行かず、遠いマーケットまで足を伸ばした。
心に余裕は無かった。余裕を持ちたくなかった。
たまに無性に泣きたくなった。
好きだった、生きがいだった仕事が、レディックを忘れるための手段になっていた。
「おはようございます! マリサさん」
「おはよう。リジー」
早くに<フォレスト>に着き、車から降りて冬の寒空をぼんやり眺めているときに、リジーが出勤してきた。
「マリサさん、最近早いですね。あの、私が言うのも余計なお世話かもしれませんが、なんだかすごく疲れてるように見えます。少し休まれたらどうですか?」
リジーの心配してくれる心遣いが辛かった。
この子は自分が得られなかったジョンの愛情を一身に受けて、そして、近頃は仕事も覚えて溌剌と働いている。
仕事もプライベートも充実しているからか、輝いて見える。
それにまだ10代なんて。羨ましい。
「大丈夫よ。心配してくれてありがとう、リジー」
マリサは笑顔も作れず、すぐにリジーに背を向け離れた。
そうしないと、彼女を傷つけるような言葉を吐いてしまいそうだった。
それは自分をも傷つけることを知っていた。
「マリサ、ちょっと帰りに飲みに行かないか?」
そろそろ閉店時間というときに、カイルが声をかけてきた。
弟のほうから誘って来ることなんて、滅多に無い。
(どういう風の吹き回し?)
「そんな余裕ないわよ。家ですることもあるし」
「夜にか? おまえは明日休みだろう。奢るぞ。実は、相談したいことがある……」
「あなたが私に相談? しかも奢ってくれるなんて珍しいわね。じゃあ1杯だけよ」
「ああ」
マリサとカイルは馴染みのバーに入ると、いつものカウンター席に腰を下ろした。
「少しお久しぶりですね。マリサ、カイル」
いつもいる初老のバーテンダーがふたりに声をかけてくる。
「こんばんは。ヘブン」
「今日は団体さんがいるので賑やかですけど、どうぞごゆっくり」
ヘブンが視線を奥へ移し、マリサとカイルにこっそり告げてきた。
マリサとカイルは、つられて目を奥へ向けた。
奥の壁際の席に、一際きらびやかな男女が5~6人いる。
その中心で目を引くのは、華奢な感じの金髪の女性だ。
遠目では年齢不詳で、静かに妖艶な美しい笑みを浮かべている。
その表情には不似合いな、フリルの多いレトロなデザインの白のワンピースを着ていた。
「なんだ? 初めて見るな。あのやたらとキラキラした集団は、コンパニオンか何かか? 真ん中の女すげーな。平気であの人数を侍らせてるぜ」
カイルの言い草に、マリサは興味もなくただ顔を向けていただけだったが、まわりの男女の中に紛れているひとりを目に映した途端に、息を呑むと瞬時に顔を伏せた。
(え!? あそこにいるのはまさかレディック? それにサムも? どうしてこんな所に……!!? 嘘!?)
集団の中にふたりの姿をみつけたマリサは慄いた。
マリサは自分の運を呪った。
ゆっくり椅子から立ち上がると、
「私、気分が悪くなったから帰るわ」
カイルの耳元で告げる。
演技をしなくても十分具合悪そうにみえるだろう。
「え? どうしたんだ?」
カイルが慌てて聞き返してくるが、それに答えるどころではない。
もう会ってはいけない人がいるのだ。
「悪い、ヘブン。また」
カイルの挨拶に、ヘブンが軽く頷いたのが見えた。
マリサはカイルの腕をひっぱってその身体を盾にすると、奥から見えないようにバーの外へ出たつもりだった。
「マリサーーー!!!」
店の外へでて、走り出した直後、後ろから叫び声がした。
必死に自分を呼ぶ声に、マリサの足は止まった。
心臓が掴まれたように痛い。
(あんな大きな声、出せるんだ……レディック……)
カイルが冷静な氷のような目を、肩で息をしている後方のレディックに向けている。
「俺の姉に何か用か!?」
「!」
「……あ、姉!? いや、その」
レディックが目を泳がせて、ばつが悪そうにチラチラとこちらを見ている。
(カイルったら、空気を読んで姉なんて言わなくても。誤解された方が逆に良かったのに)
「マリサの弟さん、こんばんは。ぼくはレディックといいます」
こんな時でもレディックはカイルにきっちり挨拶している。
(変なところで礼儀正しいのね)
「マリサ、ごめん、声をかけずにはいられなくて。あなたは平気だった? ぼくは全然平気じゃなかったよ。諦めたつもりだったのにあなたに一目でも会いたくてしかたがなかった。遠くから眺めるだけでも良いから会いたいとずっと思ってた。何度職場まで行こうと思ったか……」
恋しくて仕方がなかった男が、今にも泣きそうな顔をしながら歩み寄って来る。
「レディック……」
自分はきっと彼以上に情けない顔をしている。
「おまえがずっと最近おかしかった原因はこいつか?」
カイルは言ってから、しまったというような表情をしたが、レディックは期待に満ちた目をマリサに向けた。
「あなたもぼくを気にしてくれてた?」
マリサは、もうこれ以上自分の気持ちに嘘はつけなかった。
「忘れようと努力したけど、だめだった。でも、あなたとは……。ここでの仕事が好きだし、辞めることはできない」
マリサは苦しげに思いを吐き出す。
「それなら、両方手に入れたらいかが? どちらかなんて考えないで。どちらも諦めないという選択肢もあるのよ。聡いあなたなら、それができるかも。ここは自分の幸せは自分で思うように掴みとる自由の国よ?」
先ほどバーで男たちに囲まれていた白いワンピースの女がいつの間にかマリサのそばに来て、耳元で囁いていた。
近くで見ると、マリサより少し背が高いし体格も良く見える。
「両方……?」
「ボス!! マリサはぼくのです!!」
レディックは、マリサをいとも簡単にさらうように持ち上げて女性から遠ざけると、そのまま抱きしめた。
(な、な、なに? 見た目と違って、レディックって意外と力持ちなの?)
マリサはレディックの硬い胸の中で心底驚いていたが、ときめいた。
相手のほうからこれほど望んで抱きしめてもらったのは、初めてかもしれない。
「もお、レディックは無駄に怪力なんだから。チャールズに息子を男にしてくれって頼まれたから、すごい坊やだと思ってたけど、ちゃんと素敵な女性を引っ掛けられたじゃない」
女性が肩をすくめ、頬を膨らます。
「引っ掛けたなんて言葉が悪いですよ、ボス。誤解を招く言い方やめてください。レディックは真剣に彼女を想ってますから」
後から外に出てきたサムが女性を諫めている。
「あら、おほほほ。ごめんなさ~い。たまに品のない素が出ちゃって。元はこれでも男なもので。初めまして。わたしは<タコガーデン>のオーナー、ステファニーと申します」
「!!?」
マリサはレディックの腕の中で、元は男という見た目は美しい女性を、呆気に取られながら凝視する。
(お、男!? 確かによく見たら、骨太そうで、かなりの厚化粧ね)
「は、はじめまして。マリサです」
きつくレディックに抱きしめられていて、自由の利かない身体のままマリサは挨拶した。
「レディック、あとは一から教えたことを実践するのよ~もがもが」
元男のステファニーは、従業員のサムに手で口を塞がれていた。
見上げるとレディックがなぜか赤くなっている。
「ふたりとも、もう一度ちゃんと話せよ。仲良くゆっくりとな」
サムはニヤニヤしながらそう言うと、ステファニーを羽交い締めにしながら引き摺ってバーへ戻って行った。
「じゃあ、俺もここまでだ。弟は邪魔だろう。ふたりでかたをつけろ」
「カイル、相談があるんじゃなかったの?」
「おまえのことだよ、バ~カ」
「ば、馬鹿って、姉に向かって!」
マリサがレディックの胸の中に埋もれている様子を横目で見ながら、カイルは手をひらひらと振り、去って行った。
残されたマリサは、まだレディックに抱きしめられたままだった。
「マリサ……良い匂い。柔らかい。ずっとこうしたかった。会いたかった」
「わかったから。こ、こんな外でいつまでも……。まずはいい加減放して。場所を変えて話しましょう。ゆっくり話せる場所が……仕方がないわね。私の部屋に行きましょうか」
マリサはそう言いながら自分の身体にがっちり回っているレディックの腕を掴んで剥がそうとした。
「マリサの部屋!? いいの!?」
レディックが嬉しそうに目を輝かせた。
「話をするだけよ!」
「もちろん」
レディックはマリサを少し放し、肩に手を置くとにっこりとした。
『両方手に入れたらいかが?』
そう、どちらも諦めたくない。
両方手に入れる。でも、そんなことが?
(まったく、この人ときたら。お酒飲まされてたの?)
レディックはマリサの肩にしっかり腕を回したまま、タクシーの中であきれるほどぐっすり寝ていた。
とても安らかな寝顔だった。
タクシーは静かにマリサの住むアパートメントの前に着いた。
「起きて! レディック!! 着いたわよ」
「あっ、ごめん。ぼく寝ちゃって。気持ちよくてつい……」
「いいのよ。気にしないで」
「マリサがぼくに寄りかかって眠る想定だったのになあ。それから眠っているあなたを起こさないように抱きかかえて部屋まで運ぶんだ」
「ふふ、そうだったの? 残念ね」
(どの部屋かも知らないのに、すごい妄想)
「そういや、あなたの部屋知らなかったんだ~。次回ね」
「……」
(次回って……当然あるみたいに言わないでよ)
マリサはレディックに部屋の中をじっくり見渡され、落ち着かなくなった。
「マリサの部屋は落ち着くなあ。ぼくの部屋は仮住まいだから何もなくてガランとしてて寂しいよ」
レディックは、急に引き寄せられるように、食卓テーブルに向かった。
目当てはテーブルではなく、椅子だったようだ。
置いてある木製の椅子を、じっくり眺めている。
「ウィンザーチェアだ……。良い椅子だよね。ぼくも好きなデザインの椅子だ。しなやかな弓形の曲げ木、車輪のデザインの付いた背あて、繊細なラインを持つ背棒。座面の木目が美しい。ブナかな? ニレ? ニスで丁寧に仕上げてあるね。美しい。ぼくもいつか、あなたに座ってもらえるような椅子を作りたい」
レディックは、椅子を愛しそうに無骨な手で丁寧に撫でていた。
マリサはレディックのその自然な仕草をただ眺めていた。
(この人に、益々惹かれていくのがわかる)
「その椅子にでも座ってて。コーヒーを淹れるわ」
マリサは、アップにしていた髪を下ろし手ですきながら、対面のキッチンのほうへ向かった。
レディックは腰を下ろさず、マリサについてくる。
「ちょっと、大人しくそっちに座ってて! だめ、キッチンに来ないで!」
マリサは慌てた。作業台の上にレディックから貰ったスプーンが飾ってあるのだ。
「あ、ぼくのスプーン! 置いてくれてたんだ。嬉しいなあ」
(見つかった!?)
「ラッキーアイテムだからよ~」
「ねえ、使ってみた? どうだった?」
「まだ、勿体無くて使ってなかったの」
「なんだ、そんな。使ってよ。またあなたのために作るから」
急にレディックが顔を赤らめた。
「どうしたの?」
「あなたがぼくのスプーンを使ってる姿を想像したら、なんだかおかしな気分になった」
「ば、馬鹿!! そんなこと思っても口に出さないでよ」
「スプーンに嫉妬した」
「!?」
(え? この人、筋金入りの天然なの?)
「絶対スプーンより先にぼくが……」
レディックがスプーンを見つめてぶつぶつ言っている。
(なんだかペースを乱されるわね)
マリサはビールでも出そうと無意識に冷蔵庫を開けて、ハッとしてすぐにバタンと勢いよく扉を閉めた。
レディックのほうを見ると、蕩けるような笑みを返された。
「見えた?」
思わず聞いていた。
「ん? 何が?」
レディックが首をかしげている。
(良かった、見られてない)
冷蔵庫の中には、かなりの数のピクルスの瓶詰めが入っていたのだ。
別のマーケットでも目に入ると、衝動的に買ってしまい、いつの間にか貯まっていた。
マリサはすぐ背後に温かい気配を感じて焦った。
「レディック、お願いだからそっちに座ってて……」
「マリサ、そんなにピクルス好きだったの?」
(う……見られてた?)
「そ、そう。ハマるとつい買ってしまうのよね。ストックが無いと落ち着かないの」
(ああ、言い訳がましい)
マリサの頬に熱がたまってきた。
「赤くなって言い訳するマリサ、可愛い。髪を下ろすと余計可愛い」
「な……」
またマリサはレディックの腕の中に納められてしまった。
髪を優しく撫でられ、息が苦しくなる。
やめて、レディックー。
「これじゃあ、いつまでも大切な話ができないでしょう!?」
「このままでも話せるけど?」
「わ、私が無理なのよ! それから30女に可愛い可愛いって言わないで」
「え? マリサ、若く見えるし、本当に可愛いから……」
「あなたの感覚がおかしいのよ。私は可愛いといわれるような見た目でもないし、目付きだって性格だってきついし」
「へえ、じゃあ、ぼくの目に映る可愛いマリサは、ぼくだけのマリサなんだね」
「!」
ぼくだけのマリサ……痺れるほど甘く脳を侵食する言葉だった。
(勘違いしてないわよね? なにをそんなに嬉しそうに……可愛いですって? 何度も馬鹿みたいに。それに喜んでほだされる私も、相当な馬鹿よね。まったく)
自分の中で込み上げるレディックへの想いに正直になったマリサは、レディックの胸に身体を預けた。
「私たち、別れたはずだったのに、どうしてこうなってるのかしら」
「きっと、運命なんだよ。マリサ」
本当にそうなの?
だったら、両方、レディックも仕事も諦めなくていいのね!
(私は欲張りな女になるわよ)
マリサとレディックはソファへ移動し、並んで腰を下ろした。
レディックは、マリサの手を握ったままだった。
「父はずっと工房で木ばかり相手にしているぼくを不甲斐ない男だと思っていて、30歳になっても独り身のぼくを心配して、知り合いの娘さんと結婚させようとしたんだ。でも、ぼくは自分の結婚相手は自分で見つけたかったから、断った。そしたら、2ヶ月で相手を探して帰って来るならその娘さんとは結婚しなくてもいいって。自分は病気だから、そのくらいしか待てないって言われた」
「ご病気って、そんなにお悪いの?」
「うん、おそらく。最近よく痛い痛いって唸ってるのを聞いていた。病名は教えてくれないんだ」
「まあ……」
(なんだか、怪しいわね。この流れからするとひどい病気ではなさそうだけど。レディックのことだから、疑いもせずにころっと騙されて良いように踊らされてる? ……のかもね)
「それで、都会なら年頃の女性がたくさんいるだろうって。こっちに来るときに、さっきのオーナーを父が紹介してくれた。オーナーは、父の昔馴染みで、男だと聞いていたのにあのいでたちだったから、度肝を抜かれたよ。会ってすぐに<タコガーデン>に連れて行かれて、アルバイトするように言われた。行ってみたらなんだか夜の店みたいにきらきらした美男美女が働いていて、驚いたよ」
「確かに、この街ではスタッフが美形揃いで評判のタコスの店だけど。健全な店だときいているわ。スタッフがみな明るくて気さくだから、親子連れにも人気だとか。そういえばあなた、お店で既に人気者なんですってね。サムから聞いたわよ」
「え!? ぼくが? 今まで接客なんてしたことなかったから、手際も悪いし、カウンターも調理もヘマばかりで、サムからおまえは看板犬になれって客席に出されてるけど、人気者じゃないよ」
「か、看板犬?」
(30男に看板犬って……)
「うん、食事が済んだお客様からトレーを受け取って下げたり、机を拭いて整えたり、ごみを片付けたり、まあ客席係専門だよ」
「で、黄色い歓声をあびたわけ? あなた、女の子の口を拭いてあげたんでしょ?」
「そんなことあったかなあ? って、なんでマリサがそんなことまで知ってるの? で、なんで機嫌悪いの?」
「……っ、機嫌悪くなんてないから」
(嫌だって思ったこと、顔に出てたのかしら)
「? ああ、口を拭いたといえば、あのことかな? 小さいお子さんと赤ちゃんを連れたお母さんがひとりで店に来ていて、お母さんが赤ちゃんに付きっ切りになってた時、そばで幼稚園くらいの女の子がひとりで懸命に食べてて、口の回りも手もべたべたになっちゃってたから、可哀想になって手や口をナプキンで拭いてあげたんだ。そしたら、隣の席にいたおばあちゃんたちのグループがぼくのことを偉い偉いってすごく褒めてくれて」
(なに? 幼稚園の女の子? おばあちゃんたち? 物は言いようね。あの、悪魔2号ったら紛らわしいことを。まるで違って……もいないけど。とんだくわせものだわ。もしかして、いろいろと仕組まれてた? こうしてレディックがここにいること自体、なんだか出来すぎてるような気もするし、はめられた?)
「マリサ、どうしたの? ぼくはマリサに会えてよかったよ。今こうしてふたりでいられるなんて、嬉しすぎて……」
(レディックの幸せそうな顔。きっと何も疑ってない)
「まんまと……でも」
(感謝してるわ、サム。あなたの暗躍のおかげで、私の部屋に今、彼がいる。もしかして、この人と人生を共にすると、終わらないコメディドラマに出演するのと同じ? まあ、それも退屈しなさそうだし、悪くないわね。そうね、私があなたのわがままな魔女になってあげる)
「ねえ、レディックはどんな奥さんを望んでる? いつもニコニコあなたの仕事場のすぐそばにいて、すぐ触れ合えて、一緒にコーヒーを飲んだり、食事をしたり、とりとめのない会話をしたり、あなたにすべてを捧げてあなたのためだけにそこにいる奥さんが良い? それがあなたの幸せ?」
マリサの問いかけに、レディックはしっかりした眼差しを向け澄んだ瞳で微笑んだ。
「マリサ、ぼくは、ぼくの望んでいるのは、ぼくのそばにはずっといなくても、意志が強くて、頑張って自分の人生をしっかり生きている、ぼくみたいに甘いだけじゃない酸っぱいところも持っている女性だ。そんな女性を一生のパートナーにしたい。毎日会えなくても、会える日に会う。あなたみたいな奥さんが良い。あなたと結婚したい! それがぼくの幸せ」
結婚にもいろんな形があって良いんだ。
よく考えれば、一緒に住んでいても毎日すれ違ってる夫婦だっている。
お互い仕事をしていれば、別な場所に出張も赴任もあることだし。
たとえ400マイル以上、車で7時間かかる場所にいても電話はあるし、心が離れなければ、きっと大丈夫。
不都合なことが起こったら、またその時どうするか考えれば良いのだ。
(今、この人を愛していると思うし、失いたくない)
「私で良いの?」
「うん。ぼくはマリサがいい」
温かく硬い胸にまた抱き寄せられ、マリサの心は満たされる。
「温かくて柔らかい。ぼくが触れたいと思う女性はあなただけ。マリサ、スプーンのお返しにぼくが欲しかったものわかる? 今、貰っても?」
レディックの温かくてごつごつした大きな手が、マリサの頬に優しく添えられる。
「どうぞ」
レディックの顔が、そのすっきりした輪郭が、ぼやけるほど近づいてきた。
(あなたの欲しいものは、わかっていたわ。だってあなたは、柔らかいものが好きだものね)
マリサは、静かに目を閉じた。
マリサは、彼女らしい選択をして、幸せを掬い取ったと思います。
これから実際問題大変でしょうが、ふたりで乗り越えて行くことでしょう。