20 俺たちの幸せな物語は続く
主人公を凌ぐ人気キャラクターとなったサム視点のお話です。
俺はサミュエル・クロース。
俺の人生は、結局はすごく恵まれていたと言っていい。サンタクロース家の長男として生まれ、サンタクロースになる運命を悲観した時もあった。家を飛び出して、ただひとりで闇雲に生きていたこともあった。自慢でもなんでもない、この見た目の良さが仇となり、いらぬ誤解を受けたり絡まれたり、苦労したことも多々あった。
そして、ジョンとシンドバッドさんとの出会いが無ければ、今の俺はいなかった。
だから、
「ジョン、感謝している。ありがとう、おまえと出会ってから、俺の人生はバラ色だよ」
俺は、隣に佇む黒髪の親友に、心からの感謝の気持ちを伝えた。
「……サム? オレだけじゃない。シンドバッドさんや周りのみんなとの出会いもあるだろう……。でも、おまえは自分の力で自分の人生をバラ色にしたんだよ。おまえの強い志があってこそだ」
そう言ったジョンが、涙を堪えるような表情をしたので、いつものようにヤツをからかって誤魔化すつもりが、俺の方が先に泣き出していた。
参ったな。
「素晴らしい教会とホテルだな」
ジョンが朝靄の中、目の前にあるそれらを見上げながら、静かな笑みを浮かべている。
「支えてくれたおまえやみんなの力が、俺の夢をこんなに早く実現させてくれた……」
感動で滝のようにあふれてくる涙が、どうしようもなく甘からい。
「長く愛される場所にしたい」
「ああ。サムとアイリーン、そしてサンタクロース一家ならきっとできるよ。何かの時は、必ず駆けつける」
「ありがとう、ジョン!」
ついに今日、俺たちみんなの夢と希望をのせ、みんなで造りあげた教会とホテルが開業する。
◇
「え!? ACB放送が取材に来るだって!?」
まさかのことで、驚いた。
え? 町長が町の宣伝のため急遽呼んだ?
これからのブライダルシーズンに向けて、ユニークな結婚式特集、なるほど。
おいおい、町長、季節外れのサンタクロース姿の親父、なんで駅長も? 俺たちグッジョブって親指立ててるのはいいけどさ、もっと前もって言ってくれって!!
なんで当日なの?
二度と来ないこの日の麗しいアイリーンをもっと拝んでいたかったのに。
勝手にレポーターが喋り出し、カメラを回し始めた。
待て待て! そこよりもっと良いアングルの場所がこっちにあるぜ!!
「皆さまは、人生で一番華やぐ瞬間である結婚式をどこであげたいですか? 豪華なホテル? 海辺の高級リゾート? ロマンティックな古城? それとも誰も知らない廃墟? 実は、近ごろ、その廃墟が静かなブームなんです。そんな中、ここサンタクロースのいる町としても有名なノーザンクロスで廃墟だった教会を改修し、廃墟のムードをそのまま保存、そしてなんと、そこで結婚式をすることができるようになったんです! しかも、その隣にカップルや家族も宿泊できる厳かなネオゴシック様式の美しいプティホテルも完備、この後オープニングセレモニーが行われる予定です。そこにも潜入したいと思います! オープニングセレモニーでは、なんとホテルの支配人であるサミュエル・クロースさん、そして親しい方々もご一緒の3組同時の結婚式が行われるのです! お式の前ですが、クロースさんから、この教会とホテルについてご紹介していただきながら、見どころなど詳しいお話もおうかがいしたいと思います!」
わー、全米放送!? 全米テレビデビュー!? マジで緊張する!
「あ、クロースさん、生放送じゃないんで、きちんと編集しますから、あまり緊張なさらずにどうぞ。それから、カリフォルニア州でしか放送されませんから」
「あ、そうですか……」
まあ、そうは言われても、俺、初映像デビューだし、残るし、緊張せずにはいられないぜ〜!
◇
テレビの取材が終わって、俺がやっと花嫁たちの控え室に来てみると、
「リジー、あなた身長低すぎて、写真撮影の時、みんなとのバランス悪いから、この靴履いて。どうせドレスで隠れるんだし」
ホリーが手にしていたのは、3インチは高さのありそうなストラップ付きの太いヒールのパンプス。
「ホリー、無理だよ〜。こんなヒールの高いのはいたら歩けないよ!」
「大丈夫、ジョンに掴まって歩いて」
「それでも絶対転ぶー!」
「なら、堂々と転びなよ!」
「え〜!? ダメなんだよ」
ウェディング関係の専門学校まで行って、このホテルの専属ウェディングプランナーとなってくれた俺の妹ホリー。
その初仕事に張り切っているホリーとリジーのやり取りは、他のふたりの花嫁たち、キャシーさんとアイリーンの笑いを誘い、緊張を和らげた。
結局ホリーの方が折れて、普通のパンプスになったみたいだ。それでもウエディングドレスの裾を踏みながらヨタヨタ歩くリジーを見かねたジョンが、心配のあまり、どこへ移動する時もサッとリジーを抱えて歩き、事なきを得た。ジョンのリジーに対する溺愛は、後世までの語り草となった。
あいつららしいエピソードだぜ。
それにしても、アイリーンの純白のウエディングドレス姿ときたら、この世のものとは思えないほど綺麗だった。
「やだ、泣かないでよ、サム」
「え? 俺、また泣いてる?」
人はとんでもなく美しいものを見ると感動して、泣けるって本当のことだった。
「また?」
「あ、いや……。きみに一目惚れしてから、結婚するまで、長い道のりだった。でも、きみのおかげで俺は自分の人生をかけても良いと思えることを見つけたし、結果家族も救えた。ありがとう、アイリーン」
「サム……。あのチャラいライオンがここまで頑張って立派になって、素敵な旦那さまになるとは思ってなかったわ。私を好きになってくれて、ありがとう。愛しているわ、サム」
「アイリーン!? 俺も愛してる!!」
感極まって、襲いかかろうとした俺に、
「待って! 長時間かけて整えた髪型やメイクが崩れるから、ハグやキスは後でね」
と、冷静に待ったをかける俺のクールな花嫁、最高。
でも、ベッドの中じゃ、純粋で控えめで、可愛いんだよなあ。俺のスウィートな花嫁、最高〜。
「サム、何をニヤついているの? 気持ち悪い。せっかくの男前が台無しじゃない。せめて今日くらいは、最後までキリッとキメてよね」
「はいはい、俺の花嫁さん、頑張ります。だから、夜のご褒美ははずんでくれよな」
「な、なにを言い出すのよ、もう!」
そんないつもの会話を楽しんでる俺たちの横で、師匠と師匠の最愛の女神が幸せのオーラ全開でそこにいる。
「キャシー、綺麗だよ。どんなにこの日を待ちわびたか。僕のためのウエディングドレス姿がずっと見たかった。子どもの頃からの夢が、一度は諦めて絶対にかなわないと思っていた夢が、現実になったなんて、まだ信じられないよ」
「デイビッド、私もこのエンディングは想定外だったけど……」
「いや、ネバーエンディングだよ。これから先だって、幸せは続く!」
「こんなオバサンになっちゃったけど、本当に私でよかったの? って、今でも正直思うけど」
「キャシーはどんなに時が経ってもキャシーだ。永遠に僕の愛しい女神だよ」
「口が上手いんだから、全く。でも、あなたがそばにいない未来は、もう考えられないわ。私を諦めないでくれてありがとう」
「もうきみのそばをはなれる気はないから。何度でも言うけど、とんなに鬱陶しいと言われようが傍にいるから、覚悟して。愛しているよ。キャシー」
「私もよ。愛している、デイビッド」
淡いゴールド系のウェディングドレスを着こなすキャシーさん、シビれるなあ。スタイルも抜群だし。
リジーは……、父親似なんだなきっと。
そして、ドジっ娘子リス嬢とミスター魔王、心配なふたりもゴールイン。マジでめでたい!
これで、魔王が闇に沈む暇もなくなるかな。
「お母さん、おめでとう。本当に良かったね。一緒に結婚式を挙げられて、嬉しいよ」
「娘と一緒なんて、恥ずかしいけどね」
「恥ずかしがることなんてないよ。お母さんは、いつもカッコよくて素敵。大好きだよ」
「私も愛してるわ、リジー」
「ふふ、あのね、実はね、報告があるの……」
何やらリジーがキャシーさんに耳打ちしている。
そしたら、キャシーさんが有り得ないほど嬉しそうに取り乱し始めた。
「おめでとう!! なんて幸せな日なの!」
キャシーさんがリジーとジョンを抱き締めている。
「なになに!? もしかして……」
アイリーンもその幸せそうな輪に俺を置き去りにして飛び込んでいく。
え? なんなんだよ!?
「きゃあー、素敵!! おめでとう、リジー!」
へ? おめでとうって?
「サム、何をボーッとしてるの? リジーたちに赤ちゃんができたのよっ!」
アイリーンの方が大興奮して飛び跳ねている。
え? あ、赤ちゃん?
ま、マジかよ〜!!
先越された〜、じゃなくて、子リスが親になるのかよ!
あれ、俺、また泣いてる?
師匠も傍らで号泣してるし。
もう、なんか、幸せ過ぎてヤバい!
俺も嬉声を上げながら、ジョンに抱き着いていって、なんかくらったのだけは覚えてる。
エンディングではなくネバーエンディング。
これから先も、俺たちの幸せな物語は続くんだ。
◇エピローグ◇
日本某所、曇り空。
痩身で白髪混じりの男は、マンションの入口のオートロックを解除し、中へ入る。ポストを確認すると、エントランスホール奥のエレベーターで8階まで上がる。
男は玄関ドアの鍵を開けて家に上がり、明かりをつけ、抱えていた厚みのある封書をリビングダイニングのテーブルの上に置いた。
珍しく、アメリカからのエアメールだった。
差出人は、ダニエル・Y・コンドウ。
かつて世話になった弁護士の名前だった。
封を開け、中身を取り出す。
布張りのダークグリーンの無地の表紙。ゆっくり表紙を開くと、そこに英語で書かれたメモがあった。
ーー先日、あなたのご子息ジョンが結婚されました。嬉しいことに、私も招待を受けました。その時のフォトブックです。
彼はあなたをもう許していると思いますよ。お祝いなさるなら、ご一報ください。間に入りますよ。
お節介な弁護士より。
追伸。あなたは来年おじいちゃんになります。
ゆっくり、少し震える手でページをめくる。
屋根が無く、無造作に蔓草に覆われた石造りの壁、穴が空いているだけの窓から入る美しい光。明らかに教会の廃墟だった。
ただ、それにしては、祭壇や椅子は小綺麗で、白を基調とした花々が控えめに美しく飾られていた。希望を表す緑色のウェディング・アイルが映えて、その先に麗しい3組のカップルが立ち並んでいた。
男の目を引いたのは、黒髪に濃い色の瞳、シルバーグレーのモーニングコートの新郎。
「ジョン……なのか?」
次のページの写真は、黒髪の新郎と栗色の髪の可愛らしい新婦、ふたりだけの写真だった。
新郎は愛にあふれた柔らかい笑顔で、隣の新婦と見つめ合っていた。儚げで誰よりも優しい人だった女性の面影に繋がり、帰国してから泣くことすら忘れていた男はようやく涙する。いつも遠い地から思いを馳せていた。
辛かった記憶の狭間に跳ぶ。
次のページをめくると、半円のアーチ窓が美しく厳かで温かみのある石造りの建物の前で撮影された、家族や親戚、友人たちとの集合写真があった。
〈廃墟教会アンティークホテル〉という名前が建物の入口の上部に刻まれている。
大勢の優しそうな人々に囲まれ、穏やかに微笑む息子。心が温かいもので満たされた。とても幸せな光景がそこにあった。
ーー彼はあなたをもう許していると思いますよ。
記憶は瞬く間に幸せな時間まで遡り、カリフォルニアの澄み渡る青空の下、美しい色彩のある思い出に塗り替えられていく。愛しい妻と無邪気な子の笑顔、笑い声。
そして、あの永遠に続く空を忘れない。
ジョン……、
永遠に幸せに。
このお話をもちまして、シリーズ完結です。
今まで、そして新たに読んでくださった多くの皆さま、滞っていた数年を待ってくだった皆さま、たくさんの感想やレビューをくださり応援してくださった皆さまに心から感謝致します。
本当にどうもありがとうございました。