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2 キャシーに勝てる気がしない

<スカラムーシュ>オーナー、デイビッド視点の話です。


◆◆◆の後は本編88話の続きです。

40代男女のあれやこれやの赤裸々表現があります。苦手な方はご注意ください。



 私はデイビッド・アンダーソン。アンティークショップ<スカラムーシュ>の現オーナー。

 店舗は店長のジョンに任せ、海外を飛び回ってはアンティークの逸品を探している。

 <アラビアンナイト>に傾倒していた父にシンドバッド、あるいは放蕩息子と呼ばれている。

 自分でもシンドバッドと名乗ることが多い。


 40代半ば、独身貴族。

 それなりに見た目も体格も良いので、もてては来たが、特定の女性とは付き合わないことにしている。

 よって、泣かせた女性は数知れず。

 実は、私の心はすでにあるひとりの女性に捧げている。

 私が望むのはこれまでもこれからも彼女だけなのだ。

 そう、私は子供の時分より、従姉のキャシーを愛している。


 子供の頃の私はキャシーには何一つ勝てなかった。

 年齢も身長も勉強もスポーツもけんかも。唯一勝てたのは虫取りくらいだ。

 彼女の母が私の父と姉弟でしかも私の母とは親友だった。

 どちらも子供がひとりだったこともあり、頻繁に家族ぐるみで遊んだ。

 キャシーは3年後に生まれた私を、当然本当の弟のように可愛がってくれた。

 でも私はいつの頃からか、彼女を姉ではなくひとりの女の子として想うようになっていた。

 活発で賢くて優しい彼女に、早く勝って、彼女より強い男なんだと思わせたかった。

 その頃からすでに彼女を愛し始めていた。


 たまに彼女の口から出て来るクラスメイトの男がずっと私のライバルだった。

 彼女はそのクラスメイトには勉強もスポーツも負けて悔しいと言っていたからだ。

 でもそのクラスメイトは大人しいらしく、彼女が口では負けないと胸を張っていたのが可愛らしかった。

 可愛いキャシーは、私をいつも子供扱いした。


『キャシーは、ぼくのお嫁さんになるんだからね! 約束だよ!!』

『はいはい、身長も勉強も私を越えられたらね』

『わかった! 』


『キャシー、ぼくは船乗りシンドバッドだよ。大きくなったら世界中を回って、財宝を集めて帰って来るから、そうしたらぼくのお嫁さんになってね』

『財宝? すごい。楽しみに待ってるね』


 キャシーが幼い私に合わせてくれて、そう答えてくれたのはわかっていた。

 けれど、私を甘く見てはいけない。

 私がどんなにキャシーに執着してるか誰もわかっていなかった。


 待っていてキャシー、ぼくがきみを追い越すまで。


 私はキャシーと身長が同じくらいになった中学生の時に、


『キャシー、ぼくとの約束を覚えてる?』


 と、どきどきしながら聞いたことがある。


『え? 約束?』


 キャシーが困ったような顔をしたので、それ以上は怖くて聞けなかった。

 てっきり、にっこり笑って覚えていると言ってくれると思っていたのに。


 そこからは、辛い日々の始まりだった。

 小学校でも中学でも成績の評価はすべてA。キャシーは体育と理科系が苦手でCだと聞いていた。

 私はすでに勉強ではキャシーを越えていた。

 私は複雑な思いを胸に抱きながらも、キャシーに相応ふさわしい人間になれば私とのことを本気で考えてくれるのではないかと期待しながら過ごしていた。


 そして、キャシーを見下ろすくらいに身長を追い越したのに。

 高校、大学を優秀な成績で卒業し、貿易会社に就職し、有望な社員になったのに。

 株取引にも成功し、キャシーを一生養えるくらいの財産も蓄えたのに。


 いつまでも私は従弟のデイビッドだった。

 それでも、決心をして、結婚を申し込んだ。


『キャシー、僕と結婚して欲しい』

『ごめんね、デイビッド。まさか子供の頃の事、本気だとは思ってなくて』


 キャシーにはすげなく断られた。

 心のどこかでわかっていたが、はっきり言われるときつかった。 

 私はとうとう崖から突き落とされた。

 這い上がろうと足掻いてはみた。


『従姉弟同士の結婚など許さん!』


 さらに、お互いの両親より厳しかった祖父の耳に入り、大反対された。


 私が落ち込んで、無気力な生活を送っている間に、彼女は例のクラスメイトだった男とあっさり結婚してしまった。

 嘘だと思った。結婚式には呼ばれたが欠席した。

 そしてキャシーには子供が産まれた。母から無理やり写真を見せられた。

 親子3人で写っている幸せそうな写真だった。

 子供は髪や瞳の色は父親に、顔はキャシーに似て可愛いかった。

 キャシーの幸せそうな笑顔を見た私は、絶望した。


 もうキャシーのために頑張る必要も無い。

 キャシーを失うことは、すべてを失うことと同じだと当時の私は思っていた。

 会社も辞め、放浪者シンドバッドになった。旅を始めると、現実から逃避できた。

 旅先で魅かれた歴史あるアンティーク家具や小物を見るとなぜか買いたくなり、父の経営していた趣味のような雑多な物を売る店に送るようになった。

 数年経ち、父に店を譲られた。


 その一年後、キャシーが離婚したと聞いた。

 まさか……あんな可愛い子供もいるのに。

 どうかしてる。

 勝手に結婚したのに、勝手に離婚するなんて。文句の一つも言ってやるつもりだった。

 でも、彼女の家に乗り込んで行って、実際会ったら何も言えなかった。

 いつも元気で気丈なキャシーが憔悴しきっていたから……。

 健気な娘リジーが必死で慰めていた。


『大丈夫だよ、お母さん。お父さん、サンタクロースのお仕事が終わったら、きっと帰ってきてくれるよ』


 サンタクロースだと?

 

 こんなに可愛い娘を置いて、あの誠実そうだった男は去ったのか。



 サンタクロースの仕事に永遠に終わりは来なかった。

 最後はトナカイではなく天使の橇に乗って、天国に召されたのだ。

 なんてことだ……。


 キャシーは実家の近くで雑貨屋を開いていた。

 リジーのそばで仕事をするためだ。

 私はどうしても我慢できなくなると、キャシーに会いに行った。

 私が会いに行くたびに、リジーがにこにこと寄って来た。抱き上げると頬にキスをくれた。


『シンおじさん!』


 なんて可愛らしい娘なんだ。

 ふわふわの栗色の髪、くりっとした瞳、柔らかい頬に唇、子供は宝だ。

 キャシーは私たちのそんな一部始終を、悲しさを湛えた微笑みで見ている。

 リジーに海外の土産を渡すだけで、キャシーとはあまり会話もしない。

 顔を見るだけで、触れることもしない。

 本当は、抱きしめたかった。

 抱きしめて、泣かせてやりたかったが、自分が抑えられそうもなくてできなかった。

 

 そして、新たな出会いが訪れる。


 ジョン・ジエル・ランザー?

 ランザーといえば、あの私の永遠の恋敵の名前ではないか。

 あの男の義理の息子なのか?

 相続の件で、ジョンの担当弁護士がキャシーに執拗に接触して来ているようで気が気でない。

 私が窓口になる! そう宣言した。

 キャシーがジョンをすごく褒めるのも、気にかけるのも気に入らない。 

 彼を私の目の届くところに置かなければ、安心できないと思った。

 ジョンが大学を辞めて、働きたいと言っているらしい。

 店の従業員を探していたからちょうど良い!


 ジョンに会ってみることにした。

 ジョンは黒髪に濃い茶色の瞳で、東洋の血が入っているそうで、なかなか精悍なミステリアスな風貌の青年だった。礼儀正しく姿勢や体つきがやたらと良いと思ったら、空手の有段者だという。

 腕っ節の強い男なら、用心棒にもできそうだ。第一印象ですぐ従業員に採用し、手元に置くことに成功した。

 恋敵とはあまりに見た目の印象が違うので、奴の息子だということはすぐに頭から消え去った。

 ジョンは仕事を覚えるのも早く、慣れて来ると、接客さえもスムーズにこなすようになった。

 元々アンティークには興味があったらしく、熱心に勉強もしていた。

 私はジョンに店を任せて、仕入れと称してまた旅に出るようになった。

 そうでもしなければ、キャシーへの想いがまた溢れ出し、そばに行きたくなってしまう。

 まだ、きっとだめだ……。

 リジーが独り立ちするまで待つと決めた。


 リジーが独立した。

 就職先の都合で<スカラムーシュ>の上の空き部屋を貸してくれないかと、キャシーの方から連絡してきた。

 子供の成長はこんなに早いのか。あの子が独立。

 もう、キャシーを手に入れてもいいのか?

 すぐにでも会いに行きたくなったが、ここにきてなぜかしり込みしてしまっていた。

 子供の頃からずっとキャシーのことばかり考えていた気がする。

 お互いずいぶんと年を重ねた。

 でもまだギリギリ40歳代。これからまだまだ人生は長い。



◆◆◆◆◆◆



 心を決めた私は、現在またこうして、キャシーに纏わりついている。

 手を伸ばして触れても、そのままにさせてくれる。逃げないでいてくれる。

 かなりの進歩だ。

 クリスマスに帰省したリジーが、またハーバーシティへ戻るのを見送った。

 キャシーが寂しそうにしているのにつけ込む。

 ずるい大人だから。


「ずるい大人は実力行使あるのみ」


 私はキャシーを抱き上げる。結構腕に来るが平気な顔をする。


「もう誰にも遠慮なんかするもんか。きみを全力で捕まえる!」

「……もう捕まってる」


 私の腕の中で、キャシーがそう呟いた。


 本当か? 空耳じゃないよな。


「結婚してくれ。キャシー」

「考えさせてと言ったでしょう?」


 ここに来てそれはないだろう。

 もう押しまくるぞ。


「結婚を承諾してくれるまできみを降ろさないと言ったら?」

「腕がもたないんじゃない?」


 キャシーが冷静に切り返してくる。

 私の腕、頑張れ!


「折れても降ろさない」

「しかたがないわね」

「それはどういう意味?」

「もう、あなたのせいで、リジーが早々行っちゃったじゃない!」


 話をそらすな、キャシー。


「いや、僕じゃなくジョンのせいだろう。イエスと言ってくれるまできみはこのままの状態だぞ」

「イエス」

「へ?」

「イエスって言ったから降ろしてくれるんでしょ?」

「ずるいぞ!!」


 私が大人げもなく喚くと、キャシーは子供の頃のように笑い転げた。

 キャシーは私の痺れた腕から綺麗に着地すると、私の肩に手を置き、私の唇に羽のような軽いキスをくれた。


「!?」


 私が怯んだ隙に、彼女は私の横をすり抜けて行く。


「待って、キャシー!! 本当に結婚してくれるのか?」


 私の心はいつも彼女に翻弄され、舞い上がる。


 益々、キャシーに勝てる気がしないのだが。


 ここはもう、押し倒すしかない!


 私はキャシーに追いつき限界の腕に力を込め、また彼女を抱き上げた。


「きゃあ、なに? え?」


 彼女が呆気にとられた顔を向けてきた。

 自分がどうしようもなく獰猛で悪い顔をしているのはわかっていたが、もう止められない。


「きみの気が変わらないうちに、手を打たないと。いや、手をつけないとかな? 僕から逃げられないように」

「……ちょ、っと待って。何を考えて……」


 キャシーを抱えたまま、ダッシュで家の中に連れ込む。

 落とされないように私の首にキャシーがしがみついている。

 こんなに熱い血が騒いだのは初めてだ。

 

 伯母のケイトが銅像のように鎮座するリビングを一瞬で通り抜ける。


「母さん! デイビッドがおかしくなった!! 助けて!!」


「あらまあ、今更。もとからおかしい人だったじゃないの。明日の朝まで耳栓しておくから、どうぞご存分に」

「感謝します、伯母上!! 今からキャシーを僕のものにします。念願の黄金の林檎をいただきます」

「どうぞどうぞ、差し上げますから」

「か、母さん! 嘘でしょう!? 見捨てないで~、いや~、降ろしてデイビッド!」


 じたばたするキャシーを落とさないようにぎっちり抱きかかえたまま、キャシーの寝室に向かう。

 もう、息がきれてきた。


「僕は……どちらでも良いけど、……やっぱりシャワーが先?」


 寝室横のシャワールームに一緒に入る。

 早く観念してくれ、キャシー。

 彼女を用心深く降ろし、逃げようとするその身体を押さえながら、シャワーの水栓をひねる。


「きゃあ、冷たい! こら、やめなさい、デイビッド! どこ触ってるのよ! 馬鹿! 手を動かすの止めて! シャワー一緒とか無理だから! 放して! 年を考えて! 若くないんだから、明るい所だめ! なんで嬉しそうに服を脱いでるの? 変態!」


 ああ、キャシーの悲鳴が、私の耳に心地よく甘く響く。

 この時を、どんなに待ち望んだか、きみは知るまい。

 キャシーが必死に空いている手でシャワーを止めていた。

 キャシーが急に大人しくなった。


「デイビッド、あなた、泣いてるの?」


 いつの間にか私の目からは水ではない液体がこぼれ落ちていたようだ。


「私は熟れ過ぎて、あとは腐って落ちるだけの林檎なのよ。それでもいいの?」

「僕にとって、熟れ過ぎた林檎は黄金の林檎だ。待ち焦がれ、赤から永遠の金に変わった。永遠にきみだけを愛すると誓う」

 キャシーの美しい青い瞳にも光る雫が見える。


「私が萎びた林檎になってたら、どうするつもりだったの?」

「もちろん、きみが骨と皮だけになっていても骨の髄までしゃぶらせてもらうつもりだったよ」

「う、嘘でしょう? 凄まじいほどの変人だったのね。さすがに負けたわ」

「ようやく負けを認めてくれたか。変人と言われるのは不本意だが、まあ、勝ちは勝ちか。僕は子供の頃からずっときみに勝ちたかった。勝って、きみを手に入れたかった。子供の頃からきみだけが欲しかった。もう放さない。今度こそ、きみから離れない。愛している。キャシー」

「デイビッド。……私もよ」

「キャシー!!」


 抱きしめようとすると、キャシーに拒まれた。なぜ?


「でも、シャワーは別々よ。出て行って」

「何をいまさら、お互い裸でプールに入った仲だろう」

「幼児のころの話でしょ! シャワーは別と言ったら別なの」

「……わかったよ。待ってる」


 キャシーは強情だからな。しかたがない。

 上半身裸の私は、すでにずぶぬれ状態だが、バスタオルとともにバスルームの外に追いやられた。


 習慣とは恐ろしい。

 

 やはりいつまでたっても、キャシーに勝てる気がしない。


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― 新着の感想 ―
歳を重ねてもデイビッドのように愛を囁き続けてくれる存在がいるって、日本人の感覚からすると凄く稀な気がします。デイビッドの場合は囁かず叫び続けていそうですが(笑) この作品、本編も含めてやっぱり大好き…
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