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19 マイ・ディア・サンタクロース

心理的にシビアな夫婦間の描写があります。

気分を害される可能性がありますので、ご注意ください。

引き続き、キャシー視点です。

『キャシー、大切な話があるんだ』


 フリードは食卓の椅子を引いて座り、指を交差させると珍しく神妙な面持ちで私にそうきりだした。


『どうしても支えてあげたい女性がいる』

『女性……!?』


 私は耳を疑った。

 フリードの口から私以外の女性の話題など、出るはずもないと思っていたから。

 私の夫は、信じられないことを言い出した。私に内緒にするのは倫理的に良くないと思うから、先に私に許可を取ってから堂々とある女性を支えたい。男女の関係ではないし、疚しい関係でもない。夜は遅くなっても必ず帰るからと。まるで、子どもが母親に少し遠くで遊んで来てもかまわないかと尋ねているような口ぶりだった。

 私は頭を殴られるほどショックを受けたというのに、この私の夫は、優しげに何を話しているのだろう?


『慈善団体に相談して、そっちに任せるべきよ』

『それではだめなんだ』


 そこで初めてフリードは、顔をしかめた。

 私が賛成するとでも思っていたの?


『だめ……って? 私は当たり前のことを、正しいことを言っているつもりよ』

『きみの言うことは正しい。でも、それでは彼女は幸せではない』

『……』


 夫が何を言っているのか、わからなかった。

 私たちの家族関係が、ないがしろにされそうな危機を感じた。それと同時に夫が他の女の幸せを考えることに、明らかに嫉妬した。


『つまり、……好きな女ができたってこと?』

『え? これって、好き、になる……のかな?』


 素でわかっていない様子の夫に、私は怒りがこみあげて、その頬を思い切り叩いていた。

 フリードは、私に叩かれたことに呆然としていた。

 その時、気がついた。

 私は成り行きで結婚したと思っていたフリードを、心の底から愛していた。だから、他の女に心をくだくなど、そんなことは絶対に許せなかった。


『とにかく、その女には関わらないで。それがノーマルなことよ』

『キャシー!』

 


 私は夫を突き放した。

 それでも、フリードは何度も食い下がってきた。いつも私の言う通りにしてくれていた優しい夫は、強い意思を持つ男に変わりつつあった。その話をされるたび、私の心は凍りついていった。


『キャシー、聞いてくれ。彼女はもう壊れかけている……。誰かがそばにいないとだめなんだ!』

『考えが甘いわね。許されることだと思った? どうしても行くなら、リジーと私と縁を切って!!』

『そんな……』


 フリードは今までみたことのない苦渋の表情を浮かべていた。


『それほどその女が大事なの!? リジーと私を天秤にかけられるほど!! あなたのすべきことは、あなたのこれからの使命は、家庭を守って私たちの娘リジーを立派に育てあげることじゃないの? 家族でもないあかの他人に、何を肩入れしてるのよ』

『すまない、キャシー』

『すまないなんて簡単に言わないで!! 今の幸せを壊すとわかってて、言ってるの!? 同情と愛情は違うわ。生活に苦しい母子家庭は多いのよ。それをいちいち気に留めていたら、体がいくつあっても足りないわよ!』

『僕は、ジョディと彼女の息子ジョンに少しでも幸せな気持ちになって欲しいんだ。やっぱり彼女たちを支えたい。知ってしまったから』

『目を覚ましてフリード!!』


 フリードが本当に私たちを、最愛の娘リジーを捨てるとは思っていなかった。たかをくくっていた。馬鹿な私。もっと早く気が付いて、何か手をうてばよかったのに。あの人が集中すると周りが見えなくなることを、私は忘れていた。それほど私も狼狽えていた。


『僕は愚かで驕れる偽善者かもしれない。それでも、彼女たちを放ってはおけない』

『そのために自分の血のつながった娘に、これから一生、父親に捨てられたという辛い思いをさせてもいいっていうの? 私たちを捨てて別の女の所に行ったなんて、私はリジーにどう説明すればいいのよ。私たちは家族なのよ。あなたがいなくなったら、家族の絆は壊れてなくなるの!!』


 私も泣いてすがれば良かった。

 行かないで、と。


『きみは自分で幸せを掴める人だ。リジーにはきみがいる。きみには、親も仲の良い親戚もいる。自分の運命を切り開く力と強さがある』


 ああ、この人はわかっていない。

 わかっていなかったんだ。

 ……私も。


『やめてよ、そういう言い方。私はあなたがいるから強くいられるのに』

『僕がいなくてもきみは大丈夫だ』

『あなたには、私とリジーは必要ないの?』


 フリードは、悲しそうに瞳を震わせ微笑んだ。


『……彼女には誰も頼る人がいない』

『だからって、あなたがその頼られる唯一の人になる義務はないはずよ』

『彼女には僕がどうしても必要なんだと思う。きみとリジーのことを考えると、僕も身を引き裂かれる思いだ』

『だったら……』


『……でも、決めたんだ……』


 私がどんなに説得しても、フリードの意志は変わらなかった。


『昔から何事にもいつも一生懸命で、成功を掴み取っていくきみを素敵だと思っていた。生き生きしているきみのそばにいるのは幸せだった。リジーを頼むよ。ふたりを永遠に愛しているよ』

『それが、別れの言葉だっていうの!?』

『愛しているけど、きみが僕の行動を許せないなら、去るしかない。僕だけ幸せでいることなんて耐えられない。彼女たちにも幸せをあげたい』


 これで、お別れなの?


『リジーを、私を愛してくれているのなら、なぜ、そんな。フリード……、待って……』


 フリードは行ってしまった。

 愛し合っていたはずなのに。


 リジーを一人前の素敵なレディに育て上げなくちゃ。

 それは私だけの使命になった。


 ◇


『キャシー……』


 柔らかな声が、フリードではない、子どもの頃から慣れ親しんだ懐かしい声がした。


『僕を頼れ。キャシー』

『ありがとう……デイビッド。でもね、これは私が一人でやり遂げなければならないことなのよ』

『きみは、きっと成し遂げてしまうんだろう。だから彼は……。今は何を言ってもだめか。でも、僕がいつもきみを思っていることを忘れないで。何かの時は地の果てからだって、必ず駆けつける』

『私のことはいいから、その放浪癖をなんとかしなさいよ。早く身を固めて叔父さんたちを安心させてあげて』


 昔から私を気にかけてくれるデイビッドにすがりたい気持ちを必死で抑えつけた。デイビッドは小さな従弟から、すっかり大人の男になっていた。

 私はリジーの傍にいるために、外での仕事を辞めて、バイヤーの経験を活かして雑貨屋を始めた。



 ◇


 そういえば、店にある少しくたびれて年季の入ったサンタクロースの等身大の人形、そろそろクリーニングに出さないとね。


 ねえ、フリード、


 信じられないと思うけど、明後日、この年齢で2度めのウエディングドレスを着るのよ。デイビッドが着て欲しいとか、年甲斐もなく言うから。私はデイビッドを全力で愛して幸せにしようと思う。今さら妬かないでよね。それから、もう知ってるかもしれないけど、あなたの愛した子どもたちも結婚するのよ。リジーとジョンのこと、ずっとずっと見守っていてね。


ーーもちろんだよ。キャシー。それからきみもおめでとう! 末永く幸せに。


 珍しく少し興奮気味のフリードの嬉しそうな声が、聞こえた気がした。



 私も少し眠っていたらしい。伏せていた目を開くと、私の今の愛しい家族、デイビッドとジョンが、穏やかな笑みを浮かべてそこにいた。


 いやだ、寝顔をみられたのね。


 私たちの親愛マイ・ディアなるサンタクロースのフリード、あなたも天国そちらでいつまでもお幸せにね。

 愛をこめて、キャシー。

ここまでお読みくださって、本当にありがとうございます!


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