18 イン・マイ・ライフ
今回もリジーの母キャシーの視点です。
自宅のリビングにあるこのソファに体を沈めている時が、一番落ち着くし、一番幸せかもしれない。
私の可愛い娘エリーゼ。
彼女をこのリビングから送り出したのが、つい最近のように思えたり、遠い昔のことだったような気もしたり。そのくらい変化に富んだ数年だった。でも、何も変わらずここにある温もり。見守ってくださった神に感謝したい。
こんなに大きくなっても、私の肩にもたれかかってうたた寝している。しなやかで華奢な左の薬指には、煌めくダイヤモンドの指輪。
◇
『お母さん、ただいま!! 私、ジョンからプロポーズされたの!! 見て見て、婚約指輪も貰ったのよ、素敵でしょ?』
年末のホリデーシーズンにうちに帰ってきての第一声がそれだった。
『おめでとう! 良かったわね。私も嬉しいわ』
ああ、これでようやく、サンタクロースにまつわるひとつの物語が、エンディングを迎えるのね。
『聞かせてリジー、ジョンからのプロポーズはどこで? どんな風にされたの?』
『お父さんのお墓の前で指輪を出して、結婚して欲しいって』
え? お墓?
私のワクワクを返しなさいな。
まあ、生真面目なジョンらしいけど、墓地でって、ロマンティックの欠けらも無いところでプロポーズって、どうなの?
まあ、リジーが夢心地で嬉しそうに話してるから良しとしましょうか。
ふふ、示し合わせたようにおそろいの婚約指輪。
まさか、母娘でこんなことになるとは。
運命って、人生って、本当に何が起こるかわからないものなのね。
なぜかその時、口からこぼれ出たメロディは、ビートルズの名曲【イン・マイ・ライフ】。
思い起こせば、私がフリードにプロポーズした時も、全然ロマンティックじゃなかったわね。
◇
フリード・ランザーは、私がジュニアハイスクールの時、近所に越してきた大人しい印象の男の子だった。
柔らかそうな癖のある栗色の髪、同じ色の瞳、特に際立つ外見でもなく、ごく普通の子った。
ところが、偶然学校で同じ教室になったフリードは、実は私より勉強もスポーツもできる優秀な生徒だった。
でも、あまり喋らなくて自己主張もしないで、ひとつの興味ある事に没頭すると周りが見えなくなるタイプだった。
通学途中見掛けたのに、学校には遅刻して来たり、ランチタイムに学校の校庭の隅にいて、そこから動かなくなったり。
だから、結構面倒をみてあげていた。
『フリード!! ここにいたの? ねえ、もう授業始まるよ』
『見て、キャシー! おもしろい虫の巣があるんだ。丸いフラスコをひっくり返したみたいな形なんだよ』
『え!? なにそれ、気持ち悪い! あ、危ないんじゃない! ハチとか出てきそう~』
事実、その後ハチが出て来て大変な騒ぎになった。
そのあとも高校でも縁があり、わりと近くで過ごした。フリードと私は共に同じ州立大学に進学し、彼は建築学を、私は経済学を学んだ。
そして、大人になった。
フリードも私も馬鹿が付くほどの仕事人間で、お互い気が付いたら20代後半になっていた。周りはみんな結婚して、子供もいて、幸せそうに見えた。
デイビッドから、突然結婚を申し込まれて驚いたのはそんな時だった。以前からそれらしく探られていたのはわかっていたけど、いっときの熱だと思っていた。だから、デイビッドと距離を置こうと思い、彼を避けた。そうすれば、彼の熱も冷めるだろうと思っていた。ひとりっこだった私は、デイビッドの事はその当時は弟みたいにしか思っていなかったと思う。
それに、その話を聞きつけた祖父から、従弟同士で結婚はだめだと忠告された。
そしてその頃から、私は熱にうかされたように、結婚したくてたまらなくなった。自分の子どもが欲しかった。女としての幸せをすべて手に入れたかった。私は焦った。その時一番近くにいて、仕事ばかりしているけど、私を束縛しなさそうな、相変わらず大人しくて優しいフリードに結婚しないかと提案した。私は何よりバイヤーの仕事がおもしろかったから自由に仕事をさせてくれる人が良かった。なんの恥じらいもなく、私からフリードにプロポーズしていた。
『ねえ、フリード。私と結婚しない?』
『え? キャシー、僕みたいな変わり者でいいの?』
フリードは、リスのような可愛い瞳を恥ずかしそうにキョロキョロさせた。
『ええ。あなたがいいの』
『いいよ』
フリードはあっけないほどすんなり結婚にOKしてくれた。
その後も私は仕事は順調だったし、リジーも生まれて、すべてを手に入れたつもりだった。なのに、何かが違っていた。そのことにフリードの方が先に気がついてしまった。
それまでは、フリードは申し分のない夫だった。家事も育児も分担して、失敗はするものの進んでやってくれた。特にリジーをとても可愛がっていて、よくふたりで散歩に出かけては、忙しい私を休ませてくれた。
普通の家族の幸せな日々が、ずっと続くと思っていた。
ところがその日は、突然来てしまった。
ここまでお読みくださって、ありがとうございました。
もう少しだけ、続きます。