16 ホテルプロジェクトミーティング
以下は、【廃墟教会ウェディングホテル(仮名)】プロジェクトのコンセプトミーティングの日のお話。
サムがホテル経営を学ぶため、カレッジに入学して3ヶ月後、サムの成果を見たデイビッドが関係者たちに招集をかけ、本格的に動き出す。
ミーティングとはいっても、このメンバーなので、いつものコメディ展開です。
◇◇◇
とある月曜日、〈スカラムーシュ〉に某3人はやって来た。
ひとりは銀に近い金色の髪を撫で付け、光沢のあるブルーグレーのスーツ姿、それが、さまになりつつある美丈夫。もうひとりは、ひと目で質の良い生地だとわかる黒いタキシードに身を包んだ、姿勢の良い白髪の老紳士、そしてあとひとりは、ブルネットの髪をまとめあげ、緑の瞳が一際印象的で、ネイビーのタイトなスーツがそのスタイルの良さを際立たせている美女。
サム、ハリスン、アイリーンの3人だ。
「ようこそ、お待ちしておりました。〈スカラムーシュ〉のジョン・ジエル・ランザーです。御社のホテル計画に、お声をかけていただいて大変光栄……」
彼らを出迎えたジョンが、丁寧な挨拶をしている最中、
「なに畏まってるんだよ〜、クロウ! 会いたかった! おまえの澄ました面が早く拝みたくてしかたがなかったぜ〜」
いきなり態度を崩すサムに、アイリーンの肘鉄がみごとに決まった。
「いでで……」
わざとらしく脇腹を押さえるサム。
「サ……、し、支配人、私たちはビジネスの話で訪れているのですよ。少し真面目に!」
「はひっ! きびしっ……」
サムは変わりなくフランクなサムで、相変わらずアイリーンには頭があがらないようだった。
「まあまあ、アイリーンさん。おふたりは旧知の仲とのこと、いつも通りでよろしいじゃありませんか」
ハリスンが笑みを浮かべながら、アイリーンを宥めると、
「ハリスンさんがそうおっしゃるなら」
アイリーンが表情を和らげ引き下がる。それを確認すると、サムは改めて大袈裟に腕を広げるとジョンに抱きついた。
「サム? 仕方のない奴だな。会わなかったと言ってもたった3ヶ月くらいだろう?」
ジョンは、サムの背中をポンポンとしながら、その腕をやんわりと引き離した。
「その間に難しい授業、猛勉強、山のようなテスト、レポートの繰り返しでさあ、息抜きもご褒美も無しだぜ? おまえはリジーとイチャイチャできるかもしれないけど、俺はひとり寂しく枕を濡らす日々……」
「サム! それ以上グズグズ言ったら、婚約を取り消すわよ!」
「婚約!?」
驚いて目を見開くジョンに、アイリーンはしまったという顔をする。だが、はにかんだ表情は春の日差しのように明るく美しかった。
「おめでとう、サム、アイリーン。そうだったのか」
「へへ、アイリーンが俺の愛に応えてくれたんだ」
「サムったら、締まりのない顔ね。でも正式ではないのよ。サムがカレッジを卒業できなければ、すべて無効になるの」
「な、俺の婚約者さまは厳しいだろ? だからまだキスだけの関係なんだよ」
「サム! ほんとにもう、そのヘラヘラした口を閉じて!」
「きみの魅惑の唇で塞いでくれたらすぐ閉じるよ」
まるでイチャイチャしているようにしか見えないふたりを前に、ジョンとハリスンは顔を見合わせると、勝手にお互い挨拶を始めた。
「いつもとても仲の良いおふたりに、わたしは当てられっぱなしです。はじめまして、ランザーさん。デューク・ハリスンと申します。あなたのことは、支配人から詳しくうかがっておりました。どうぞ末永くよろしくお願い致します」
「詳しく……? いえ、こちらこそ、ハリスンさん、どうぞよろしくお願い致します。あなたの培われたノウハウでホテル経営には未熟なサムを助けてやってください」
「わたしのすべてをかけまして……」
ハリスンが右手を恭しく胸に当てた。
サムから詳しく……、というくだりは多少ひっかかるものはあったが、ハリスンから漂う誠実さとその風格に、ジョンは心の底から安心した。
そこへ濃い茶色の長めの髪を靡かせて、革のジャケットにジーンズのラフな男が〈スカラムーシュ〉のドアを大きく開いて堂々と入ってくる。
「やあ、諸君、待たせたね!」
デイビッドは陽気な笑顔でそれぞれを見渡し、その場のムードを一気に華やいだものにした。
「師匠!! お久しぶりです」
サムが一番にデイビッドに駆け寄る。
「おお、我らが羊飼いよ。よく頑張っているな。成績もトップクラスらしいじゃないか。あの時の迷える狼が、ここまで成長を見せるとは。私も嬉しいよ。おまえは私たちに善き未来を示してくれる導き手だと信じていたよ」
「も、もったいないお言葉です!」
抱きつき涙ぐむサムの背中を撫でながら、しみじみ語るデイビッドの言葉に、そこにいる全員が感慨深い思いを巡らせていた。
みなサムには好き放題な態度をとっているが、それは彼に信頼を寄せているからに他ならない。
そして、もうひとり。ラフな男の後ろに、控えめに立っているグレーのビジネススーツの男がいた。50歳前後、柔らかな物腰で、ジョンのような東洋系の風貌だった。
「ミスター・コンドウ!!?」
驚きの声をあげたのは、ジョンだった。
「やあ、ジョン。お久しぶりだね。元気だったかい?」
「はい、ご無沙汰しておりました。この通り元気です。あなたがなぜこの場に?」
「実は、今シンドバッドさんの顧問弁護士もしているんだよ。きみ繋がりでね」
コンドウは日系三世で、両親を失った未成年のジョンのサポートをし後見人となったカリフォルニア州の弁護士だった。
「そうだったんですか」
コンドウは同じ日系だからというのもあるのか、ジョンには親身になってくれたので、ジョンも彼にはとても恩を感じていた。ここでまた再会できたことを嬉しく思った。
「私の以前の顧問弁護士が高齢で引退したもんでね、今はこの優秀なダニーが私の顧問弁護士なんだ。ほら、私が大雑把だろう? 頼まれた仕事以外にも気を配ってくれるダニーの細やかな配慮がとても助かってる。きみのこともだけど、これまでも色々と私にアドバイスをしてくれてね。任せて安心、頼りになる弁護士だよ」
「いえいえ。アンダーソンさんほど頭のキレる方は見たことありませんよ」
「ほらね、口もよくまわる」
この弁護士ダニエル・ユタカ・コンドウの小さな気遣いのおかげで、ジョンはリジーに行き着いたのだ。
〈スカラムーシュ〉のドアがまた軽やかに開いて、栗色の緩やかなウェーブの髪を揺らしながら、リジーが同僚のスーザンを伴い入って来た。
「おまたせしました! 出がけにお店にお客さまが立て続けにいらして……」
「おお、リジー。来たか来たか、会いたかったぞ! 私の女神に似て益々美しくなったなあ」
手を広げたデイビッドからガードするように、リジーの前に魔王モードのジョンの黒い壁が一瞬で出来あがる。
「おいおい、性懲りも無く……」
「そのままお返しします」
眉をひくつかせるデイビッドと眉ひとつ動かさないジョンは、正面からお互いの顔を凝視し、含みのある笑みを浮かべる。
「なんなの、このよくわからない火花は?」
と、状況がわからずに、首を傾げるスーザンに、
「なんなのでしょう?」
リジーは項垂れるしかない。
デイビッドが折れて、リジーの隣にいるスーザンへと顔を向けた。
「おや、そちらは?」
「はじめまして。リジーの同僚のスーザン・ハントです! ホテルのお仕事、私たちの店にご依頼くださってありがとうございます! リジーとふたりで担当させていただきます」
「よろしく、素敵な赤毛の【アン】ではなく【スーザン】。私は〈スカラムーシュ〉のオーナーのシンドバッドだ。リジーは、すでに私の娘のようなものだから、今後ともよろしく頼むよ」
「娘!? て、ことは……」
スーザンがさらに、大きな疑問を抱えた表情になる。
「あ〜、スーザン、そのことは後でゆっくり話すね」
リジーはスーザンの疑問符を抑えにかかる。話し出すと、デイビッドが止まらなくなるのが目に見えていたからだ。
「スーザン! 元気にしてたみたいだな。よろしく頼むよ」
「サム! お久しぶりね。あなたがホテルの支配人なんですってね。すごいわ、あの時のモジャモジャライオンからは想像つかないほどの出世ね」
「あれは、仮装だし……。まあ、とにかく、よろしく頼むよ。ってかリジー、なにそんなにウケてるんだよ」
「ふふふ、だって、モジャモジャって……思い出しちゃって。ごめん。……サム、みんなで素敵なホテルにしようね」
「ああ、リジーもよろしく頼むよ」
「うん!!」
リジーの明るい雰囲気と前向きな性格は、人に癒しと力をくれる。そのようにサムは思っていた。
ビジネスの形はとっているけれども、自分の夢を実現させるために快く集まってくれたひとりひとりに、サムは心から感謝していた。そして、自分がいかに恵まれた環境にいるのか、改めて神に感謝するのだった。
サムの隣に寄り添ったデイビッドが〈スカラムーシュ〉に集まったメンバーを見渡すと声を上げた。
「さてと、【廃墟教会ウェディングホテル(仮名)】プロジェクトのメインメンバーは揃ったね。それではミーティングを始めるとしよう。みんな、この若き支配人サムを盛り立て、より素晴らしいホテルを作り上げよう!」
みな、瞳を輝かせ、それぞれの描くホテルの未来に胸を躍らせた。
引き続き、お読みくださって感謝申し上げます。