11 私だけのあなた
アイリーン視点です。
サムったら、いないわね。
またジョンの所へ行ったのかしら。
今日は出勤日だと教えてもらっていたから、お店に来てみたのに。
私の恋人は、とにかくクロウとか、ジョンとか言って、暇さえあれば男の所へ行って油を売っている。
ジョンが男でなければ、もう別れてやる! と、ヒステリーでも起こしたくなるくらいに。
今日もこの忙しいガールフレンドの私がようやく時間をやりくりして、ランチを買うついでにわざわざあなたの勤め先に顔を見に来てあげたのに、姿は無し。
いないなら、タコスも買ったし、私がここにいる必要はない。
帰ろう。
そう思って少しモヤモヤした気持ちで外に出たら、あの人、なぜだか走って帰って来たわ。
私を見つけて、極上の笑みを向けてくる。
あの笑顔をやり過ごすのは至難の業。
変に赤くなる訳にもいかないし、デレッとしたら私のキャラに合わないし。
負けのような気がするし。
少しむくれた顔でもしておこう。
「アイリーン!! 来てくれたんだ~!? マイ・ハニー!」
走って来たまま、勢いよく抱き締められる。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。みんなに見られたら……ここお店の前よ!」
「外だし、俺は今、休憩中だからいいの」
「だからって」
「きみが会いに来てくれると嬉しくて、つい」
「副店長なんだから、ダメよ」
「ごもっとも。でも、きみを喜ばすほうが今は大事だからさ」
「喜ばす? 困らせるの間違いよ」
「まあまあ、意地を張らずに。わかってるからさ。マイ・エンジェル」
「もう、あなたって人は。それで、またジョンの所へ行ってたの?」
「ああ」
「好きね」
「あいつを1日1回からかうのが趣味、習慣? だからさ」
「随分と高尚なご趣味ですこと……」
「あれ? ご機嫌斜め。もしかして妬いてる?」
「まさか。友情は大切にするものよ」
「愛情より?」
「時には」
「心配しなさんな。きみが一番だからさ。来るなら来るって連絡しておいてくれたら待ってたのになあ。食べて行かないの?」
「ええ。テイクアウト。忙しいから事務所で仕事をしながら食べるわ」
「そうか。残念。じゃあ、仕事終わったらきみの部屋に寄って良い? 今日は夜の8時くらいかな」
「寄ってもらって構わないけど、あまり仕事の邪魔をしないならね。締め切りの近い案件があるのよ」
「OK。じゃあ、今晩。愛してるよ」
「……っ!?」
頬に軽くキスを忘れない。
その唇には熱がこもっている。
こんなやり取りをお店の中でしようものなら、周囲の視線が突き刺さる。
目立ちすぎる誰かさんは、なりふり構わずその場に似つかわしくない行動を平然ととる。
いくら注意しても、堂々と。
私のボーイフレンドは、綺麗で軽くて遊び人のようなのに、本当は誠実で、他人のことをよく見ている優しい人。
すっかり心を掴まれてしまっている。この私が。
♢♢♢♢♢♢
「アイリーン! ただいま」
「ようこそ、サム」
約束通り、サムが仕事帰りに私の部屋を訪れた。
「そこは<おかえり>って言って欲しいなあ」
「だって、ここは私の部屋よ」
「でも、一緒に住んでる設定って、よくない? おかえりマイ・ダーリンでもいいなあ。疼くぜ。どこがとは言わないけど」
「サムったら、来て早々おかしなこと言わないで」
「堪らないなあ~。きみもジョンもいじり甲斐があるよ」
「馬鹿じゃないの!? じゃあリジーは?」
「天然すぎて、絡みにくい。あの子リスはジョンに任せる」
「そう」
「アイリーン、きみのその笑顔も、ツンとすました顔も、恥ずかしがる顔も好きだよ。ずっと一番そばで見ていたい」
「サム……」
部屋に来るたびに、好きだと、愛してると言ってくれる。
私もあなたが好き。もちろん愛してる。
「アイリーン、その顔まずい。そそられる。いろんなとこにキスしたくなる」
「な、サム、言葉遊びはそこまでよ」
「はいはい」
ピシャリと言っても顔色一つ変えないし、へこたれないし、落ち込まない、不機嫌にならない。
そういうところ、好きだと思う。
「ビールとチキンを買ってきた」
「サラダは作ってあるわよ」
「よし、食べよう!」
「ええ」
私たちは、ビールで乾杯すると、チキンとサラダをつまんだ。
食事のあと、私が仕事を終わらせる間に、サムが食器類の片付けをしてくれた。
サムは自分も疲れているのに、すすんでやってくれる。
仕事もひと段落して、ソファで一息いれる。
「そういえば、リジーからジョンの誕生日のお祝いパーティの当日、協力して欲しいって頼まれたの」
「へえ、俺たち何を協力するんだ? ジョンとリジーの前でイチャイチャの手本を見せるとか」
「ゴホッ。違うと思う。なんだかリジーは私にひとりでは着られない服を着るのを手伝って欲しいと言ってたわ。奇抜な衣装でも着るのかしら?」
「あ~なるほど。ジョンの欲望という名の衣装ね」
「なにそれ?」
「見ればわかる」
「そうなの?」
「そう」
サムは、自分だけわかったような得意そうな、ずる賢い少年のような顔をする。
そんな顔も、嫌いじゃない。
うっかり見つめすぎた。
見つめすぎると、必ず何倍も見つめ返されたあげく、腕の中に落とされる。
「あのさ、話は変わるけど、一度俺の実家に一緒に来てくれないかな?」
「ご実家?」
「俺はいずれ向こうに戻ると思うから。だからアイリーンに見て欲しいんだ。俺の戻る場所を」
「戻る……の?」
「ああ、そのつもりでいる。俺はおもちゃ屋の跡継ぎだから」
「……!?」
サンタクロース?
そのあとサムから、彼が故郷の町で次のサンタクロースになることを聞かされ驚いた。
「きみは、今のデザインの仕事、気に入ってるんだろう? 俺の故郷は結構田舎だ。今みたいな仕事があるかどうか」
「心配には及ばないわ。サム。自分でなんとかするから。見つけるから。仕事は次もあるけど、あなたの次はない。代わりはいない」
少し辛そうに話すサム、らしくないわよ。
だからそう言ってやった。
「アイリーン……」
「何を驚いてるの?」
「だって、俺の事そこまで」
「そんな泣きそうな顔しないでよ。あなたに似合わないから」
「俺の姉妹はキツイけど、大丈夫かな?」
まだ心配なことがあるの?
姉妹ですって?
「あの煩い弟たちに比べたら、天使だと思うわ。ごめんなさい、実はリジーにそれとなく探りを入れてたの」
「探り?」
「リジーはあなたのご家族を姉妹さんたちも含めて高く評価してた。とても素敵なご家族だって」
「嘘だろ。これでも俺、結構悩んでたんだ」
「ふふ、取り越し苦労よ」
微笑んでみせたら、サムにきつく抱きしめられた。
「これまであなたを見て来たけど、あなたを育てたご家族ならきっと素敵だって思えるから。心配してないわ。私は大丈夫。どこだって、あなたがいればなんとかやっていける」
「アイリーン、愛してる! 早く結婚したい。俺だけのきみにしたい」
「サム、気が早いわね。まだ知り合って2ヶ月半しか経ってないのよ」
「そんなの関係ないんだけどな」
サムの唇が、私のそれのすぐ上まで降りてきた。
熱い吐息に眩暈がする。
私のボーイフレンドはいつもせっかちなキスで、私を黙らせ、そして溶かしていく。
いけない。この人、悪魔だったわ。
私も、私だけのあなたにしたい。