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SAME SOUL  作者: 吹岡龍
第一章【善意と悪意】
3/9

〔一‐2〕 罪荷(つみに)

【前回までのあらすじ】

 トラディウス暦七三年、春。

 大草原を並んで歩く青年と少女――彼らは各地の学校を巡り、特別講義を行なっている。

 次の目的地は、この大陸を支配するトラディウス帝国帝都ボルトエード。

 その道すがら、二人はグリフォンの鳴き声に導かれて異常事態を目の当たりにする。

 巨鳥の群れが、幌獣車を包囲していたのだ。

 体毛と同じ漆黒(しっこく)(たてがみ)がふわりと舞う。

 人を乗せ、長い四肢(しし)の先にある(ひづめ)で大地を蹴るその姿はグラニによく似ている。

 しかしグラニにはない、太く長い角が左右のこめかみから生えている。その外見からこの獣は、二角獣(バイコーン)と呼ばれている。

 トラディウス帝国をはじめ、古来より多くの国々がこの奇蹄目(きていもく)動物を家畜とし、運搬手段に用いてきた。また足の速さ、力強さ、寿命の長さなどから重要な軍事力の一つとして数えられている。気性が荒く、一度敵と認識した相手には自慢の二本角で戦いを挑むこともしばしばあるので、あえて戦闘訓練を受けさせている場合も多い。

 だが、幌獣車を引く二頭のバイコーンは、いずれもそのような訓練を受けていない。大きな翼を目一杯広げて進路をふさぐ巨鳥を前に慌てふためいている。鼻息を荒くしては情けなくいななき、つぶらな瞳を泳がせては腰を引かせるばかりだ。自身の倍以上の全長、獣車をおおい隠すには余りあるほどの胴体を前にすれば致しかたないことだろう。

 巨鳥の名は鷹王弟(ジャターユ)――“王”の号を冠する超大型猛禽(もうきん)類だ。自らのくちばしよりも長く鋭い鉤爪は、金属をも軽々と切り裂く。そのため彼らの爪を加工した刃物は高値で取り引きされている。


 キアアアアアアアッ!!


 “王”が、不様な家畜風情を威圧する。二頭の家畜はすっかり怯え、片や右へ、片や左へ、文字どおり尻尾を巻いて逃げようとしはじめた。

 すると騎手は、暴れる彼らを(ぎょ)しきれずに座席から振り落とされてしまった。

 ()いつくばって獣車の後方へ逃げる騎手の盾となったのは、獣車の護衛を担っていた騎兵隊の隊長だ。トラディウス帝国軍兵士の証たる鎧兜(よろいかぶと)に青い釣鐘外套(つりがねがいとう)。白銀の剣や盾には、駐屯しているレロイアム村所属を示す紋章が刻印されている。


「“あの森”から追ってきたって言うのか!? 昨日は何ともなかったってのにか、えぇ!?」


 バイコーンにまたがる彼の表情は焦燥(しょうそう)にまみれている。

 それは五名からなる自分達騎兵隊と一台の幌獣車が、ジャターユの群れに囲まれているからだけではない。次々にバイコーンを倒され、剣を折られ、地べたに突っ伏しているからだけでもない。

 この巨鳥達が、全ての元凶に違いない幌獣車の“積み荷”を追って、わざわざ“森”から追いかけてきたことが、何より衝撃的だった。

 “森”で“積み荷”を見つけたのが一昨日。ジャターユをはじめ、多種多様な獣達が“積み荷”を守らんとしていた。しかしその日、その時、“積み荷”を奪い去る騎士団を彼らは追いかけてこなかった。駐屯している村に“積み荷”を届けても、彼らが“森”から出てくる気配はなかった。

 “積み荷”について調べ、帝都への輸送が決定したのが昨日の午後。夜は獣の支配下、夜明けを待って輸送を開始した。その間も、そして帝都を目前にひかえたこの場所に来る今の今まで、あの“森”の獣達の姿は一切見なかった。

 どうしてここなのだ。

 あと少しだというのに、どうして。

 満面に苦渋(くじゅう)の色が広がる。クソっと吐き捨てた際、彼が握る剣の刀身が、陽光を散らせた。それがジャターユの瞳を刺激して、神経を逆撫(さかな)でさせた。

 苛立(いらだ)つジャターユの鉤爪が、騎兵隊長の知覚よりも速く迫ってきた。途端、視界がぐるりと回転した。大の大人の身体が、風車の羽のように垂直に回ったのだ。

 同じように倒れ、短くいななく愛獣の姿が視界の半分をさえぎった。もう半分を埋めるのは、見覚えのある尻尾を持つ天獣の後ろ姿だ。


「ぐ、グリフォン!?」


 帝国の国獣グリフォン。バイコーンよりもいくらか小柄ながら、その気風、たたずまいは、王家の象徴そのままに威風堂々としている。

 巨大な敵を前に、グリフォンは後ろ足で器用に立った。前足で身構え、翼を頭の上まで広げてみせた。真っ直ぐ敵を見すえると、ピタリと動きを止めた。

 相対するジャターユはもちろん、周囲の同胞も突如現れた小さくも気高い獣に注意を払った。もはや騎兵隊は、彼らの眼中から失せていた。

 束の間の膠着(こうちゃく)。先にしびれを切らしたのはジャターユだった。奇声を上げた直後、周囲の空気がぐっと重くなり、騎士達は岩の下敷きになったような息苦しい気分を味わわされた。


「ま、“魔術(まじゅつ)”……!?」


 腹ばいになってうめく隊長とは反対に、グリフォンの背筋は一つも曲がらなかった。魔術なる摩訶(まか)不思議な力によって一定の空間の重力が操られてもなお、その視線を目の前の大敵から外さなかった。そればかりか力強く鳴き、垂れこめた空気をあっという間にかき消してしまった。


「やめて……」


 ジャターユは驚きつつも、左足を振り抜いた。鉤爪でグリフォンを串刺(くしざ)しにしようというのだ。

 しかしグリフォンは右後ろ足でそれを受け止めると、踏ん張って、爪を粉砕した。続けてジャターユの左足を、右前足の爪で切り裂いた。血潮(ちしお)が舞う中、グリフォンは一足飛(いっそくと)びでジャターユの懐にもぐり込み、突進した。その小さな身体からはとても想像できない力で、一羽の巨鳥をはるか遠くへ押し飛ばしたのだった。

 これには他のジャターユ達も黙ってはいられず、一斉にグリフォンへ襲いかかった。

 それでもグリフォンは(おく)さない。“鳥の王”よりも王らしく、まるでトラディウス皇帝の意志を具現化したように、国家万民に(あだ)なす敵を排除せんと、たった一頭で受けて立った。

 全てのジャターユが羽ばたくから強風が起こり、(から)み合っては渦を巻いた。未だ起き上がれない愛獣(バイコーン)にしがみつく隊長は、グリフォンの凄まじい戦いぶりに自分を恥じた。

 小さな身体を生かして猛攻をかわし、両の翼で巧みに飛んで跳ねる。後ろ足で受けては、前足やくちばしで突く。その度に返り血を浴びるので、グリフォンの白い頭はすっかり真っ赤に染まっている。

 その姿に、隊長はかつての記憶を呼び覚ましていた。二〇年ほど前、血のように赤い外套に身を包み、一騎当千の働きで世界を救った“英雄”のことを。

 しかしこのグリフォンは英雄の生まれ変わりなどではない。多勢に無勢。翼をむしられるし、胸を裂かれて深手を負う。


「やめてよ……」


 血に濡れた草の上に投げ捨てられたグリフォンだったが、それでも強気な態度を改めることはない。震える後ろ足で立ち上がり、ボロボロの翼を再び広げた。

 視界が暗くなった。魔術かとグリフォンは思ったことだろう。しかし巨大な影が落ちたのだと察するや、振り仰いだ。はじめに挑み、突き飛ばしたジャターユが目を血走らせて背後に迫っていた。

 大きなくちばしが直上から降りかかる。グリフォンは逃げようと地面を踏みしめたが、周囲のジャターユが鳴いていた。魔術である。グリフォンに圧しかかる重力だけがいやに強くなっていた。

 助けねばと思う騎兵隊長だったが身体は動かない。単純な恐怖と、間に合うはずもないという現実的な思考が、無謀な行為を(せき)き止めていた。

 瞬間、黄色い光が(ひらめ)いた。グリフォンとジャターユの間隙をぬうように颯爽(さっそう)と駆け抜けたそれは、かすかな火花を残して消えてしまった。


「双方、心を、魂を静めなさい! さもなくば威嚇だけでは済ましませんよ!」


 一同の視線は、突如割って入らんと向かい来る若者に釘づけとなった。今の光は彼のほうから飛んできたようだった


「私はキテーン秘術(ひじゅつ)団五大大導師(だいどうし)が一人、セイル・モーラン。手向かうならばその翼、二度と羽ばたけぬようもぐこととなりますが、よろしいか?」


 珍しく勇ましいセイル先生の後ろ姿を、ラナンとグラネンははるか後方から眺めていた。ここで見ているよう指示されたからだ。我先に飛び出して、自分の活躍を見てもらいたいところだったが、見ることも勉強ですと言われて待ちぼうけを食らっている。

 退屈そうに座り込むラナンを背に、セイルの視線はジャターユ一羽一羽に向けられた。


「獣にして人と心をかよわせ、“鳥の王”とあがめられる貴君らにあるまじき愚行ではないでしょうか。住処(すみか)を離れて狩りをしなければならないほど、(えさ)に困っているわけでもないでしょうに」


 グリフォンを喰い殺そうとしていた一羽が、セイルに正対する。しばらく視線を交わらせると、ちらと獣車に目を向けた。

 それに釣られて、セイルは背後の獣車に振り返った。途端、その無防備な背中にジャターユのくちばしが勢いよく迫った。彼の細い身体を貫かんとするそれだったが、たどり着く寸前に見えない壁に弾き返されてしまった。

 ジャターユの視界――自慢のくちばしの先にチカチカと光が瞬いた。驚いてたっぷり開いた瞳孔に、冷たい金色の眼光が突き刺さった。


「陛下の御前(ごぜん)で“王殺し”など冗談ではないと思いましたが……」


 セイルはジャターユの一羽と向き直ると、おもむろに右手を伸ばした。手元に先程の黄色い光が幾重も寄り集まり、一つの形を成した。

 黒い(しま)模様の黄色い杖である。長さは人の前腕ほどで、先端には七色に輝く丸く小さな宝石が一つ装飾されている。


「生憎、私は聖職者(カレアート)ではありませんので」


 冷笑――セイルは杖を握る手を固くした。すると杖が光を帯び、宝石が一際輝き出した。

 圧倒的な力の差を覚えたジャターユは一歩足を退いた。

 もう遅い。

 セイルの目がそう伝え、光が周囲を満たしたその時、「やめてって言ってるでしょう!!」子供の悲鳴がとどろいて、風が吹いた。途端、眩暈(めまい)を覚え、杖の光が見る間に静まった。宝石からは小さな火花が一つ起こって、黒く細い煙が立ちのぼるだけだった。

 目を丸くするセイルに、「何だそれはっ、このヘッポコ魔術士(まじゅつし)め!」と隊長が(ののし)った。真打登場と言わんばかりに現れた彼に寄せていた期待を、ものの見事に裏切られたのだから怒りもひとしおだった。


「え、いや、私はこれでもキテーンの五大大導――」

「ヘッポコじゃなけりゃあ、ただの詐欺師かマヌケだな!」

「いやいやいや、私は本当に……」


 言い争う両者の視界に、異様な光景が飛び込んだ。

 あの“鳥の王”が――先程まで野性を剥き出しにしていた猛獣が、巨大な翼をたたみ、頭を地べたスレスレまで垂れているのだ。目蓋を深く閉じている姿は、服従と捉えるほかにない。しかもこの行動は、セイルの目の前の一羽に限らず、全てのジャターユ、そして対するグリフォンにも一様に見られた。


「こいつぁ、一体……」


 隊長が唖然とする一方、セイルの意識は自然と幌獣車に向かった。彼は車の後方から幌の(ひも)をほどいてのぞいた。荷台は鉄格子(てつごうし)になっていた。積み荷は罪人かと直感した矢先、「あの子達を許してあげてください」暗がりから幼い声がした。光を受ける茶色い瞳を見つけた。


「全部、ボクがイケないんです。ボクが悪いんです」


 生白い肌。()せこけた身体。衣服は襤褸(ぼろ)切れ然としており、骨張った両手両足を(かせ)でつながれている様は目も当てられない。

 しかし、どこか()きつけられるのは、その少年の(くせ)のある金髪が、かの神獣――ライオンのそれに似ているからだろうか。

【次回予告】

 鷲獅子(グリフォン)が発した救難信号を聞きつけ、皇帝騎士団騎兵第一分隊が駆けつける。

 団長ジック・ガロンに連れられて、セイルとラナンは帝都の大門をくぐる。

 そして幌獣車も……。


 次回、第一章〔一‐3〕 ソウル理論


 そこは、魂を篩にかける場所。

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