思いを受け継ぐ
父はまたもわたしを書斎に呼び出した。
「これ、お前にやるよ」
父はまたも手くらいの大きさの箱をわたしに渡してきた。今度は黒い箱。青い箱より薄い。
中身は─金属のつやが印象的な、万年筆とお揃いのボールペン。
万年筆のキャップを開けると、小型のペン先に14K、と刻印がしてある。金ペンらしい。そして、ほのかに金属のさびたにおいがした。年月がだいぶ経つものらしい。
わたしが黙って万年筆を眺めていると、父は口を開いた。
「これは、おじいちゃんが、俺が中学生になったとき、入学祝いに買ってくれたものなんだ」
わたしの父は、現在64歳になる。
手の中の万年筆とボールペンは、約50年前のもの、ということになる。
父はわたしが1000円の万年筆を手にしてから万年筆にハマり込み、亡き祖父が贈ってくれたものや形見など、手に余していた万年筆たちをきちんと手入れし直し、使える状態にしたらしい。
その中で一番安価なこの1本を、父はわたしに譲ってくれるという。
「おじいちゃんがこの万年筆を贈ってくれたとき、大人になった気がしてね。だから、綾にこの前万年筆を贈ったのさ」
父にとって万年筆は、大人になる象徴だった。そしてその思いを、受け継ぎたいと思った、とも。
「綾、おじいちゃんの形見、ほとんど持ってないだろう。これを形見にしなさい」
その万年筆に、無口で不器用で、動物が好きで、優しくてきちんとわたしを見てくれた、亡き祖父を見た気がした。
わたしはその中に黒いインクを入れた。
その万年筆は、わたしと亡き祖父を繋ぐものとして、大切に使っている。
万年筆は、丁寧に手入れすれば、何年経っても使うことができるのだから。
大好きな万年筆、語れることが楽しくて仕方ないです。