見習い上級ウィザード
「ははっ。一体ここで何をすれば良いのだろうな……」
上を見上げると、折り紙で作る鶴のような、白いものがゆっくりと飛んでいくのが見える。
夢なのだろうかと思って頬をつねってみるが、痛覚はある。
となると、夢ではないわけだが……夢のような出来事が次から次へと起こるな。まったく……。
「おや、お客様ですな。これはこれは珍しい。いやはや、とても喜ばしいことじゃ」
こ、こいつ……頭に直接語りかけ……!?という事はなく、声のした方向に振り向くと、1人の老人がそこに立っていた。
「久しぶりの客人じゃな。わしの名はアルケミー。本の妖精と呼ぶ者も居る」
人の良さそうな老人が静かに言う。身長は140cmほど。白いヒゲが特徴的だ。
「私はMakotoと申します。アルケミーさん、ここは一体……?」
「うむ。まぁ、見ての通り。本の世界じゃな」
アルケミーの視線が、俺の上から下へと流れていく。
「しかし、その装備は上級の魔導師のローブじゃないかのう?そんな装備のおぬしが、何故ここへ?」
「えっと、まぁ……。魔法を基礎から学びたいと思いまして」
「そうか。理由は何であれ、わしは魔法の道を志す者は大歓迎じゃよ。せっかくそんなに良い装備を着ておるんじゃからのう。せっかくだし、ウィザード魔法の講習をやろうかのう」
「ありがとうございます!」
早速、杖を装備する。本来のMakotoが使い続けていた魔法の杖。
俺も魔法を使えるようにならなければ……。
ぐっと、杖を握る手に力がこもる。
「ほほぉ。やる気十分じゃな。早速じゃが、始めようかのぉ」
「お願いします!」
アルケミーが右手を挙げると、シュルシュルと音を立てて足場の白が舞い上がる。
「おぉぉ……!?」
思わず、俺の口から情けない悲鳴が漏れる。
「なに、慌てる必要は無い。場の準備が整うまで、もう少しだけ待っていておくれ」
アルケミーはニコニコとした表情を一切変えずに、静かに言う。
まぁ、彼に任せておけば良いのだろう。
俺は変化する空間を見守った。それしか出来ないわけだが……。
やがて、白の世界にペンキをひっくり返したように色が着き始める。
アルケミーが右手を下げると、空間はゆっくりゆっくりと元に戻ってゆく。
空間が舞い踊るのを止めると、そこは草原に変わっていた。
鼻をくすぐる草の匂いが、土の匂いが、まるでそこが本当の草原のように俺を錯覚させる。
先程まで白と黒の無機質な空間だったというのに。
頭上には、青い空に太陽すらをも存在している。
「これは……魔法ですか?さっきまで白と黒の空間だったというのに」
「似たようなものじゃな。好きなように変化させられるのが、この空間の特徴じゃ」
心地良い風がザァッと流れる。先程までとは違い、実際の草原に居るような気がしてしまう。
暖かい気温も、少し青臭い植物の匂いも、創られた存在だと思えないからだ。
「さぁ準備は整った。始めようかのう」
「お願いします。……とは言っても、私、魔法の使い方を知らないんですけれど」
アルケミーは愉快そうに笑いながら言う。
「ふぉっふぉっふぉ。実践あるのみじゃ。なに、悪いようにはせん。まずは圧縮魔法から始めようかの。さぁ、杖を構えよ若者。これは練習でもあるが実戦じゃ」
アルケミーがポンと両手を打つと、俺の目の前に色の粒が少しずつ現れた。
これは、モンスターの出現予兆だ。
くぅ。このジジイ、随分と無茶をさせる。
いいじゃねえか。やってやろうじゃあないの。
杖を握る手に汗がにじむ。
「難しいことはない。おぬしならば出来るはずじゃ」
今、最後のテクスチャーがまるでパズルのピースのように収まった。
そう、ポップだ。
初級モンスターであるスライムが、俺の目の前にポップした。
弾力を保ちつつ跳ねるその姿は、どこからどう見てもスライムだ。
「……ポップはしましたが、どうすればいいんですか。アルケミーさん」
「ちょいと待っておれ」
言い終わるや否や、俺の足元に魔法陣が現れる。
「その魔法陣の上に、そやつを乗せてバーン、じゃ!」
くそっ、随分と簡単に言ってくれるじゃねぇか。
俺は杖を両手に持ち替えてそいつをぶん殴った。
どっちが前か後かは分からないが、とりあえず今の攻撃で前がこっちに向くだろう。
「おりゃあっ!」
おまけでもう1発ぶん殴ってから、俺は魔法陣を俺とスライムで挟み込むような位置へ走った。
予想通り、スライムは跳ねながら魔法陣の上へ飛び乗った。
よし、今だ。直感的にそう感じた。
頭へイメージが流れ込む。魔法陣を丸ごと覆い尽くすような猛炎をドカーンと……。
そう思い描いた瞬間、爆発音にも似た轟音が響き、目の前の魔法陣から火柱が立ち上った。バチバチと熱気が伝わる。
炎はスライムを焼き尽くし、それから何事も無かったかのように消えた。
「うぉ……」
その光景に、思わず口から声が漏れた。
「ほほぉ……炎の柱じゃな……。やりおるわい」
アルケミーが感嘆したように呟いた。
その後、俺はアルケミーに魔法陣の描き方を教わり、上級ウィザードとしての道を歩き始め……られなかった。
教えてもらったように魔法をイメージしても、先程のような大きい炎は出てこない。
俺の魔法陣からは申し訳程度の炎が飛び出すだけである。
「うーむ……。火の粉が良いところじゃな。ふむ……」
アルケミーが困った顔をしてから目を閉じる。少ししてから目を開くと、俺に言った。
「もう1度試しておくれ」
再度魔法をイメージすると、今度はすんなりとファイアストームが現れた。
ごうごうと激しい音を立ててスライムを焼き尽くし、また静寂が訪れた。
「ふむ……」
アルケミーが短く呟いた後、新しいスライムがまたポップした。
俺は魔法陣を地面に描き、次の魔法に備えた。
さっきのイメージ通りに……!
しかし、俺の魔法陣から飛び出すのは初級魔法のイグニッション程度であった。
こんな火力では、スライムも満足に燃やせない。
「そこまで」
アルケミーがパンと手を打ち鳴らすと、プチンと小さな音を立ててスライムが弾けて消えた。
「さて、今教えたのが圧縮詠唱じゃが。今日はここまでにするかの?」
疲労感が無いと言えば嘘になるが、新しい知識を得ることに心が躍った。
俺は、勉強したい!学びたい!!もっと魔法を知りたい!!!
「いいえ、もっと教えてほしいです!!」
「ふぉっふぉっふぉ。勉強熱心なのは良いことじゃ。それでは、もう少しやろうかの」
その後は通常詠唱について教えてもらった。
通常詠唱に用いる呪文は英語に似ているが、英語とはまた違う発音だ。
短い単語を細かく弾むように発音するのが、生成式……つまり呪文の特徴らしい。
呪文を唱えながら対象と魔法をイメージすることで魔法が成立する。
何度も手を焼いたりしながら、なんとか魔法を発動させられる程度にはなった。が、しかし。
やっと魔法を発動させたところで、圧縮魔法よりも火力が少し高いという程度であった。
火力も安定したものではなく、イグニッションだったりファイアストームだったりと、まばらである。
そして、俺は気付いてしまった。俺がファイアストームを発動させる時、アルケミーの口が僅かに動いているということに。アルケミーが何か呪文を唱えているということに。
「アルケミーさん……」
「何じゃ?」
「もしかして、僕がファイアストームを発動する時。アルケミーさん、何か魔法を使っていますか……?」
「気付いてしまったか……。わしが……」
そう言いながらアルケミーが手を打つと、シュルシュルと音を立てながら色彩が舞い上がっていく。
青が、緑が、様々な色が白色に変わる。
やがて、それらが元通りの位置に戻っていく。
そして、静寂が訪れた。風も音もここにはもう無い。
「わしが、おぬしに強化魔法をかけているということに」
「バフ、ですか……?」
バフとは攻撃力を上げたり、防御力を上げたり、ステータスを上昇させる魔法だ。この恩恵を受ける為に、パーティを編成する時には必ずと言っても良いほどバフを使える魔法使いを入れるのが定番だ。
「つまり、おぬしは自らの力だけでは満足に魔法を操ることは出来ない」
「なんだって……!?」
声を遮るものの無い今の空間に、アルケミーの声は無慈悲なほどしっかり響いた。
……え、なんだって?俺1人じゃ魔法を使えないって?




