さて、勉強をしよう
「魔法なら、魔導書を読めば、思い出せるんじゃないかなぁ。魔導書なら、図書館に行けば初級のものなら置いてあるよぉ~」
ふむ、図書館か。この街にも図書館はあるな、よし。
「助かったよ、ありがとう。ルーシー」
「どういたしましてなの~♪オバカさんになったマコっちにはクエストは早いね~。また今度一緒に行こうねぇ~?」
いちいち一言が多いヤツだなぁ……言い返せないのが悔しい。
「はい。僕がまた魔法を使えるようになったら、ぜひご一緒させてください」
ルーシーが小走りでたたたと走って行く。時折、振り返ってはこちらに手を振ってくる。それに手を振り替えして応える。静かにしていれば可愛いもんなんだがなぁ……。
俺は、街の案内板を確認しながら、図書館へ向かった。
何度も往復していた同じ街なのに、実際に歩くとなると鳴れないものだ。
ここにあったと思ったお店が通りの1つ向こうだったり、向こうにあると思っていた店がこっちにあったり。
……まるで、ゲームを始めたばかりのヒヨッコプレイヤーだな。
あっちへ行ったりこっちへ行ったりするうちに、ひときわ目立つ大きな建物が見えてきた。よし、あれが図書館だろう。
少し古めかしい、なんだか雰囲気のある扉を引く。見た目の重々しさとは裏腹に、すんなりと扉は開いた。
建物の中は、見渡す限りの書架、書架、書架━━。なんだこの蔵書の数は。思わず感嘆のため息が口から漏れてしまった。
一歩足を踏み入れて扉を閉める。書物特有の、鼻をくすぐるような、少しカビ臭いにおいがした。
右手を見ると、カウンターの中にちょこんと小人族の女性が座っている。何やら書類を書いているようだが、体格に見合わない机が悪いのか、その上に高積みされた本が悪いのか。
遠くから見たら一見、無人カウンターに見えてしまうだろう。
「すみません」
「はい、何でしょう。どうかなさいましたか?」
努めて低い姿勢から声をかけようと試みるが、リトルフット族の身長は高い者でも150cm。どうも上から尋ねる形になってしまう。
子どものような顔が俺を見上げる。小人族は森の民(エルフ)と並ぶほどの長命種。子どもっぽい見た目をしていても、普通に俺よりも年上なのがザラだ。俺にもしもロリコン属性があったら、イチコロだっただろうな……なんて邪な考えは今は置いておこう。
「すみません、初級の魔導書ってありますか?入門書のような、簡単なものだと嬉しいのですが」
「魔導書ですね。かしこまりました。ご案内致します」
カウンターをパカッと開けて出てきた館員さんについて行く。
案内されながら、周りを見回す。それにしても、すごい蔵書の数だ。
どこにどのような本があるのか。覚えるだけでも一苦労だろう。
「こちらの書架が魔導書になりますね。入門書だと、これとか……これも良いですね。これらの本で基礎を学ばれましたら、応用もご覧ください」
ひょいひょいっと何冊かピックアップしてくれる。なんて親切な館員さんなのだろう。
「読み終わりましたら、元の場所へお戻しください。他に、わからないことはございますか?」
「大丈夫です。親切に、どうもありがとうございます」
「いいえ。ごゆっくりお過ごしください。また何かございましたら、お気軽にお声かけくださいね」
俺の手元にある本は、「マナの取り扱い方」と「魔剣士入門」の2冊。魔法の本職である魔法使いの俺が魔剣士の入門書を読むのは……いや、贅沢は言っていられないな。よし、読むぞ。
ちょうど、通路の突き当たりに椅子があったのでそこに腰掛けて本を開く。
まずは、マナの取り扱いからいこう。
えーっと、何々。「マナとは身近に溢れています」「分散しているマナを一塊にして効果を発揮出来る形にしたものが魔法です。…………ふむ。
最初の数ページは、さも当たり前のことばかりが並んだ文章しか無かった。マナとは何か、なぜマナが必要なのか。……等々。
俺の苦手なお勉強の時間だ。うへぇー……文字しか無いのだろうか、この本は。
俺の頭がパンクしかけた時。最後のページをめくると、図形が描かれていた。
森や川や動物や植物の簡略図が描かれていて、点がたくさん描かれていて……うん、マナはどこにでもあるという説明だ。マナの循環についての総まとめだ。
植物や動物にもマナは宿っていて……宿主が死と化すと、土に還り、そこからまた循環して……うん。つまりこの世界にはマナが満ち溢れているということだな。納得。
ついに最後のページまで読み終えたので、本を閉じる。
こんなので魔法が使えるようになるのだろうか。まぁ、次の本を読むことにしよう。
表紙を1枚捲ると、そこには図形が描かれていた。おっ、やっと魔導書らしくなってきたぞ。
そばに書かれている魔法の唱え方を読む。
魔法の開始には通常詠唱と圧縮詠唱の2通りの方法があるということが書かれている。
通常詠唱とは、魔法の生成式を1から唱える方法で、圧縮詠唱は、魔法の生成式を予め魔法の巻物などに封じ込めた物を用いる方式で、生成式を唱える必要が無い。
つまり、即時に魔法を発動する事が出来るということだ。
しかし、圧縮詠唱は便利な反面、通常詠唱よりも威力が劣るらしい。
基本は通常詠唱で、詠唱する暇が無かったら圧縮詠唱だな。
紙面の魔法陣を注視した瞬間、ぐらりと目眩が走る。
この感覚は、商人の鞄に似ているな……とか考え始めた時、俺の意識は途切れた。
次に目が覚めた時、俺は仰向けになって倒れていた。起き上がって周りを見回すと、そこは図書館ではなかった。
そこは白い世界が広がっていた。ふかふかと軽い足元は、所々黒で着色がなされている。よく見ると、それは文字になっている。あっちにも、こっちにも。
「ははっ、こりゃあ、すごいなぁ……」
にわかには信じ難いが、俺は今どうやら本の世界に居るらしい。
とりあえず、足元の文字を読んでみるか……。
すぐ近いところに書かれていた文字は「魔剣士入門」そして「ようこそ」という文字だった。