往時の盾
天使と悪魔には互いを見分ける力がある。だが、人間を見分けることはできない。見分けられないイコール人間として認識しているとも言える。
「はっ…はっ……!」
空中で繰り広げられる攻防の最中、私はその真ん中にいた。そして、全速力で走っていた。
私が敵の注目を集めるというものだが、一人では流石に限界がある。
そこで、道具に頼らせてもらった。
まず、一番命を落とす可能性が低い人物を戦地に向かわせる。次に細工を施す。大勢を巻き込み、尚且つ目立つそれは一つしかない。
「うぉぉぉぉぉ!!」
全速力で。家を突き抜け、壁をぶち抜きながらも走り続けた。
しかし、その音のせいか。
「…何でここに人間がいるんだ?」
二体の悪魔と遭遇してしまった。
手持ちは無い。今あって頼れるものは能力だけ。
どうする…!?
「別に関係ないだろ?放っておこうぜ」
「待て。もしかしたら、天使の能力で人間に化けているかもしれない。何より、こいつ自身から僅かだが天使の魔力を感じる」
うっ。今も発動しているディック・アイアンに気付かれたか?
「待ってください。私はただの人間です。逃げ遅れただけなんです」
「だってよ」
「…ん?悪魔の魔力も僅かに感じる。貴様、何者だ?」
道中で出会った悪魔の魔力が残っていたのか!?
……。
…全身に浴びた氷水か!!
「ただの人間ではなさそうだ。排除する!」
「俺は戻るかんな。じゃ」
一人の悪魔が空を飛び、その場から立ち去った。一対一なら何とかなるかもしれない。一般人を装いながら場所を変えて返り討ちにするため、再び走り出した。
忘れていた。何故先程まで走っていたのか。
人工建築物を意にも介さず、生物に甚大の被害を与える爆薬と発火装置を備えた兵器。
能力で硬化しているが十数メートル吹き飛ばされる同時に熱風が押し寄せた。
「…私じゃなければ即死してるな」
冗談ではない…。さっきまで後ろにいた悪魔も膝を着き、踞っている。どれだけの火薬を爆発させたのかは分からないが、そこに全域にいる者の行動が麻痺した。
それを合図にシナの第一射が始まった。
矢に付けられた頑丈な縄が天使と悪魔の境界に張られた。それは見た目だけでなく、明らかな空気の流れをも絶つものであった。
人間が先に攻めるのは悪魔である。そこに邪魔が入らないよう、
天使の全てを私が引き付ける。
悪魔だけならシナの腕があれば多少はなんとかなるだろう。それに、命を掛けている人間の方も負けられないのだ。全力を尽くしてくれるだろう。
悪魔との戦いでその数を半分に減らしているとしても、約2千5百。その数の天使を一人で相手にするのは不可能だ。
が、
あくまで引き付けることが目的である。倒す必要は全く無いのだ。
少し面倒なことになるが仕方ない。
天使達の正面に立ち、能力を発動した。
「私が相手をしてやる。かかってこい」
天使の姿は悪魔とは真逆である。羽の生えた機械のような姿をしている。無生物に近い外見だが、我々とさほど違いはない。
ただ、内面的に作用する魔法を使うため一体一体の総合戦闘力は高い。
「邪魔だ。退け…」
一体の天使が近付いてきたが一撃でダウンさせた。その行動で天使全員の視線が集まり、ぴりぴりとした空気が場に漂い始めた。
「言っただろう?私が相手だと」
その時全員で襲いかかれば私に勝機はなかった。一か八かの賭けに出て、結果として私はそれに勝利したのだった。
…あの能力……ディック様のではないか…!?
臨戦態勢に入る者と明らかに躊躇っている者。その躊躇いが何を意味するのか。それを天使達は分からないでいた。
「自分がバーキンス・アイゼンか」
濃厚な重圧を放つ一体の天使がこちらに向かって近付いてきた。場数を踏み、数々の修羅場を潜り抜けてきた歴戦の天使…。この場の、いや、天使軍の司令塔に違いない。
「ジェネックス・グレインだ」
「…どうも」
敵のトップがここ前線に来るということは大きな意味を持つ。それを察した他の者は、警戒しながらも話を聞こうとする姿勢が見られた。
「もう少し暴れてから現れると思ったんだが。随分と早い対応で驚いているよ」
「つまんない探り合いはいいからさ。自分が何でディックの能力を持って、ここに現れたのかだけ言え。それ以外のことを喋れば…」
ジェネックスは周囲を見渡し、全員への攻撃をその仕草だけで許可した。
時間稼ぎを目的としているため、この状況はかなりまずい。言葉をしっかりと選ばなければならないうえに、話を逸らすことも出来そうにない。会話の主導権を完全に握られてしまっている…!
「ディックかどうかは知らないが、一人の悪魔を倒したことがある。その時に能力が移ったのかしれない」
「…おい。つまらねぇこと言ってると殺すぞ」
ディック様は我々の中で、最上位の階級にいたお方だ!!
仲間の誰かがそう言い、ジェネックスも頷いた。
「人間がディックを倒すなんてあり得ねぇ。が、自分の名前は知ってるぜ。天使殺し、悪魔殺しのバーキンス。俺達の世界じゃ知らねぇやつはいねぇ」
「…」
「それでも!ディックがやられるとは思えねぇんだよ」
一歩近付きこちらの目を見て真偽を確かめようとして来た。
「なぁ、今ここで」
試すか?
能力、ラフイゴの炎拳。
ジェネックスの燃える拳が体にめり込んだ。硬質化しているということに関わらず、拳からの衝撃が一点に、帯びた熱が全身に響いた。
「う…っぐ……!!」
凄まじい衝撃に体が少し後ろに飛んだ。熱による推進力と純粋な熱傷の二つの効果を持つ魔法か…。
内部まで硬質化しているというのに、それすらも貫く攻撃力に驚きを隠せなかった。
「自分が無敵だと思うには百年早ぇよ」
拳を更に燃え上がらせ、次の一撃を放つ体勢に入った。