今、始まる
ハインシス。
石材を用いたものが多く存在する。研磨や建築、彫刻などが特に発展している。また、幼少から働かされている人が多いため、平均的に身体能力が高い。
「シナ。魔法で服乾かないか?」
「扇風機に当てる程度になるけど」
「…じゃあいいや」
空車の荷物だけを背負い、私たちは歩いていた。今日の夜までにハインシスに着くだろう。早朝にヴィスティンハイムを発ったことが幸いした。
「それよりもなんであの場所に悪魔がいたのかしら?」
「さぁな。ここも戦場になっているなら他の仲間や天使が現れるはずだ。そうではないということは、見張り役がこちらに気付き単身で向かってきたということじゃないか?」
「正論だと思うけど、少し違う気がするわ。って、言っても何が正解かは分からないけどね」
答えは何であれ、あの悪魔一人でよかった。二人、三人ならまだしも、大勢で来られたら最悪の状況もあり得た。
「…っ!」
「大丈夫か?」
「ええ。心配いらない」
「…そうか。なら、休憩しよう」
「いらないって…」
「私が歩き疲れたのだ。少し先に湖らしきものが見えるし、そこなら見張らしもいいだろう」
「…」
「何か不満でも?」
「別に…」
シナを思ってのことだ。体力や精神を癒すのも戦いの一つ。水分補給をするだけでも大きな効果を得られるだろう。そのためには、何を言われようが引いてはいけない。腰を下ろし、一息着いた。
あぁ、景色も良い。周りの木々と水面の光が絶妙なバランスで互いの色を映えさせる。張り詰めた空気を和ませるのに十分だった。
少しして。シナが水を掬い、口に運んだ。その様子と背後の景色が合わさり一つの絵画のような魅力を持っていた。互いの美しさが引き立ち、独特の世界観に私は誘われた。
アイゼンの心が満たされていくなか、ある邪念が現実を突き付けた。
水。そう、全身にまとわり付いた濡れた衣服。
「…最悪だ」
それぞれの一時を過ごし、再びハインシスに向かった。
◇◇◇◇◇
その後何もなく、日が暮れると同時に目的地に着くことが出来た。ハインシス宮殿に向かい、この国の長から現在の状況を聞いた。
建物の損害は多いものの人命に関わることは少ないそうだ。おそらく、人間は戦力外とみなしているからだろう。数は天使が約5千、悪魔が約8千。それに対してハインシスの人口は1万4千。二軍より多いが戦力的には全く歯が立たない。ゼムレヴィンの戦力が加わるが、防衛で手一杯とのことだ。
支給された服に着替え、軍の食事兼会議に強制参加させられた。
「シナ!なんだこれは!?」
「何って、見たままだけど」
「私は煩いのが何より嫌いなんだ!食事ぐらい静かに食わせてくれないかな!?」
「慣れれば大丈夫よ」
「慣れるかっ!」
これが軍の食事…気が滅入るとはこのことだ。
「この状況の中!ゼムレヴィン国務第二階申シナ・ハンク様が来てくださったぞ!!」
隊長らしき人物が指揮を上げるためか大声でそう言った。
うおぉぉぉおぉ!!!
その場が熱く震えた。
耳を塞ぎ隊長を睨むが、私の心情は届きはしない。
あそこだぁ!!
全員の視線が一番後ろにいたシナに集まり、ついで私にもちらほら目線が向けられた。隊長を睨んでいる最中だったため、変な風に思われただろう。
「更に、バーキンス…アイゼン?という方も来てくださったぞ!?」
……。
私は手配された部屋に帰った。
「拗ねなくてもいいでしょ」
食事を終えたシナが戻り、笑いながらそう言った。
確かに、私の名を知ってるものは少ない。が。が!苛立っている時のあの仕打ちは私の心に大きな傷を残した。
「この国で暴動があったんだよな?それにしては落ち着いてるというか、統率が取れているというか」
「そこはレナードの作戦通りじゃないかしら?襲撃で意識を逸らし、援軍で纏め上げる。そういうことでしょ?」
「…上手い奴だ」
実際に私たちが活躍するのは明日になる。そこで、天使と悪魔を撃退できれば上出来だ。
「明日に備えて寝るか」
「あ、アイゼン。アイゼンは武器を使わないの?貸す?」
「ありがとう。だが、私には必要ない」
「なら、いいのだけど」
ベットで横になり、明日のことを考えた。
…コーヒーのために何をしてるんだ私は?
そして、夜が明けた。
◇◇◇◇◇
朝早くに起き、周囲の地形を確認した。こういう下調べが後で役に立つことがある。少しでも多くの情報を手に入れることが勝利に繋がるのだ。
「…全てはヴィスティンハイムのためだ」
あの場所のため、私自身の快適な生活のため。
やるしかない。
軽く食事を済ませ、隊長、小隊長と話をし、戦いに臨んだ。
最前線に私が行き、後方支援としてシナが配置。天使と悪魔は人間を相手にするのは後回しにしているところを狙う。私が敵の注目を集め、他の部隊が横から攻める。ざっくりとこんな感じだ。
先に攻めるのは悪魔の方だ。悪魔は遠距離の魔法を得意とするが、近距離には弱い。天使との戦いよりは被害を抑えられるからというのが大きな理由だ。
だが、何人かの命を犠牲にしてしまうだろう。
それが戦いだ。前から分かっていたそれに虚しさを感じる。何故争わなければならないのだろう?
互いの力を互いが認めれば、こんなことにはならなかったのではないか?
自分の抱く疑問は都合の良いものだとわかっている。譲れないものや、そうしなけれないけない理由も様々あることも分かっている。
だからこそ、ヴィスティンハイムの穏やかな生活に、生を託したいと思うのだ。それを皆に分かってほしい。
戦争を根絶したいとは言わないが、平和に暮らすために私は戦わなければならない。
能力、ディック・アイアン。
全身を硬化させ、激しい争いの渦中に割って入った。