持たざる者
「イーリス。一つ約束して」
「なぁに?」
「貴方もきっと強くなる。だから、あの人の能力はあまり使わないで」
「なんで?」
「パパの能力は優しいものだから」
血に汚れるのは私で十分だから。
◇◇◇◇◇
一瞬で空気が変わった。そして、この状況を過去に体験したことがある。
剣を抜いたサイリスと対峙した時。今がそれだ。
命の危険を感じた私は、能力へ使う魔力を最大に増やした。そして、全身を一点硬化と同様の硬度まで引き上げた。
そうしなければ死ぬと感じたからだ。
能力、銀姫の鉄刀。
イーリスは拾った投げナイフを真下に投げた。その動きすら目で追えなかったアイゼンは何が起きたのか分からなかった。
そして気付いた。放たれたナイフが私の腕を突き抜け、床すらも貫いていた。
「くぉぉ…っ!」
「邪魔をするから」
あり得ない…。投げナイフの切れ味はディック・アイアンを傷付けることすらできないもののはずだ。彼女がいくら投擲に力を込めようとも所詮は投げナイフだと思っていた。
だが、結果として彼女が放った投げナイフは硬質化をものともしていなかった。左腕は折られ、残った右腕もほとんど役に立たなくなった。
それでも右手に力を込め、ロッドールの元へ進ませないと抵抗するも簡単に引き剥がされた。単純に力の差が露になった。
イーリスはアイゼンを尻目にロッドールに向き直った。
「うっ…!」
「それを渡して」
「わ、渡すかよ!」
「どっちでもいいけど」
「あ…」
ロッドールはイーリスがナイフを放った後の姿勢になっていることに気付いた。
いつの間に!いや…投げ終わった体勢ってことは……っ!!
全身の血の気が引いて行くのが分かった。そして、遅れて来た太腿の痛みに悶絶し、倒れ込んだ。
攻撃の鋭さと速さ。いや、それ以外の全部も!分からない!分からないから怖い…!
ロッドールにとって初めてのことだった。強大すぎる力を目の前にし、それが理解できず恐怖に飲み込まれた。
半ば諦めるということも頭を過った。
だが、
「渡さねぇ…!渡さねぇぞ!!」
ロッドールは倒れながらも刀を握り締めた。
その行動は死に繋がると分かっていた。分かっていたが、
ゼンが、仲間が怪我してまで頑張ってんのに……ビビってんじゃねぇよ!!逃げんじゃねぇ!!
メチャクチャ怖え…でも、誰かが積み上げた努力を無駄にしたくねぇ!!
ロッドールは最後の最後まで抗うと決意したのだ。
争いを嫌い、消極的なロッドールの精神がこの瞬間から変わり始めた。
「刀の方が苦しくない…そう。苦しくないから……」
イーリスは刀を取り上げ、構えに入った。投げナイフで二人の頭を貫くこともできた。だが、扱い慣れた刀を使うことで苦しまずに殺すことを望んでいた。
母がそうしたように…。
サイリスは「怒りや憎しみをぶつけるために殺すのではなく、誰かを生かすために殺すのだ。そして、殺さなければならない相手の一生も尊いものと考え、せめても優しさとして苦しまずに一刀で終わらせる」とイーリスに教えていた。
なんとなくだがイーリスもその意味を理解していた。
能力、銀姫の鉄刀。
あとは一振りで二人の首を落とすだけ…。
「最後に。名前を聞かせてくれ」
「…」
「そうか…」
「イーリス・ラグラウス」
「イーリス、か」
名乗ることが唯一の慈悲だとイーリスは思った。
「これはお前が望んでいたことなのか?」
アイゼンが何かを言っているが聞くに値しない。
「お前の意思でこの場にいるのか?」
その口を開くのも最後だ。
「二つの能力も。その刀も。貰い物でできたお前は、何のために生きている?」
そんな言葉で動じるほど自分の生に関心は無い。つまらないことだ。
「理由も目的も無い力はどこに向かう?」
「私は…」
「今のお前に価値は無い。ガラクタと同じなんだよ」
煩い。
たった一刀で殺せるはずの人間の言葉に何故反応しているのか。イーリスには分からなかった。
アイゼンの発言は自分に向けたものでもあった。
何のために生きるのか?ここにいる意味は?何度も自問している。納得しないことも多くある。
死ぬその時まで、
無意味ではなかったと言えるように生きてきた。
だが、ここで死ぬつもりは毛頭無い。
全力の一点硬化で可能な限り抵抗するが、ロッドを助けることは叶わない。
生きるための選択だ。悪く思わないでくれ…。
冷静さを取り戻したイーリスはもう一度構えに入り、柄を握る手に力を込めた。
あとは抜刀し切り払うだけだった。
「時間稼ぎお疲れ様です」
「お前は…?」
階段から悠々と上がってきた男は満足げな笑みを浮かべていた。
白を基調とし一部に黒と銀の色彩を取り入れた制服。ゼムレヴィンの階申のみが着ることを許されたそれはその男には似合っていなかった。
「ゼムレヴィン国務第一階申。レナードです」
あなたを殺す者です。




