新創製
「いやぁ、今回は良い話し合いができました。両者両得です」
レナードの表情にあまり変化はなかったが、声の調子や足取りが軽やかだった。
「ゼンさんが帰ってきたことだし、僕たちも用済みなので。では」
さっさと帰れ。アイゼンは心の中で言った。
「アイゼン。私はこれで罪が晴れるとは思っていないから」
レナードに続き退出しようとするシナが口を開いた。
「…まだ気にしているのか?」
「…」
「余計なお世話だ」
「…では」
そして、事務室には私とロムだけが残った。
「アイゼンさん…実はすごい人なんだな」
「誰が?」
「アイゼンさん」
「…まぁな」
「あと、シナさん美人だった」
「…さっきとは別人だな」
レナードとのやり取りの時は見違えるように成長したと思ったのに…。いや、この切り替えがこいつの長所なのかもな。
「ヴィスティンハイムを体を張って守ってくれてありがとう。ロム、お前にも感謝している」
「は、はい!頑張りました!」
「それと、あの男は信用するな。力はあるが思考が危うい」
「でも、人間の敵を倒すっていうのは納得できたけど」
「…それはそれでいい。何を信じるかはそいつが決めることだ。だが、自分の意見を突き付けることだけはやめろ」
それが戦争に繋がるのだから。
「?」
「分からなくてもいい。行くぞ」
「どこへ?」
「この国を変える」
ヴィスティンハイムをコーヒーだけの国とは言わせない。
そのためにわざわざ魔人界に赴いたんだからな。
「バケツに水を入れて付いて来い」
◇◇◇◇◇
魔人界に行く前にヴェイブスから預かった畑に着いた。よしよし、よく乾燥しているな。
「アイゼンさんは何を考えているんだ?」
「これだ」
小さな麻の袋をロムに渡した。
「小さな粒…種か?」
「そうだ。かなり貴重なものだ」
「その種をここに蒔く…?コーヒー畑はどうする?」
「蒔き終えたら教えてやる」
全ては手作業で行うためその畑に種を撒き終える頃には日が暮れていた。種を植え、水を撒き終えてようやく一段落した。
「ぶはぁ!やっと終わった!」
「まだだぞ」
「えぇ!?」
「この周りに柵を作る」
「何で!?」
「魔人界の植物ということは、悪魔と同様に魂を養分とするということだ」
「…自分も危ないんじゃ?」
「私たちは大丈夫だが、老人や瀕死の人間が近付いたら即行で死ぬから柵を作るんだ」
「一種の兵器だ…」
これもヴィスティンハイムのためだ。分かってくれ。
黙々と作業するアイゼンとともに、文句を言いながらもロムは手を動かし続けた。
◇◇◇◇◇
「「「ロムさーん!こんにはー!」」」
「こんにちは。よそ見しながら走るな。転んで怪我するぞ」
「はーい!」
「じゃーねー!」
「バーカ!」
「馬鹿じゃねぇ!!」
「よしよし。お前もここに馴染めてるようで安心した」
走り回る子供の相手をしているロムはすっかりここの一員だった。
「自分は普通にしてるつもりなんだけど」
「それでいいんだ。意識の外での変化は思わぬところで気付くもんだ」
分からなくてもいい。分からなくていいんだ。
ふっと笑って畑に水を撒いた。あれから三日が経ち、ソルネットの芽が生えた。
「これが何なのかそろそろ教えてくれ」
「まぁ、隠す必要はないしな。教えてやるか」
目に入った一番大きなソルネットを引っこ抜き、ロムに見せた。
「普通、だ」
「その通りだ。ソルネットと呼ばれているがその辺に生える草と外見はほとんど変わらない。だが、葉の裏を見てみろ」
「葉の裏?」
ロムは手の上で葉を裏返した。
「特に何も…うん?何かの白い粒?種?」
「それはな、塩だ」
「塩!?」
塩はこの世界では貴重なものだった。手に入らないわけではないが、原産地はゼムレヴィンの更に西にあるフリッド・フランの更に先にある場所にしか存在しない。
それがコーヒー畑しかない国で採れるとなったらどうだ?
「面白いだろ?」
「よく分からない」
塩が貴重だと分かっているロムでもアイゼンの考えが分からなかった。
「簡単に言うと、貿易革命が起こる」
「もっと分からない」
はっきりと言われて変な気持ちになったが話続けた。
「とりあえずこのままソルネットを育てるんだ。そのうちこれの凄さが分かるはずだ」
説明を省いたが、このソルネットにはもう一つの利点がある。
それは無機物の吸収である。乾燥している土地で起こりやすい塩害を解消できるのだ。畑から塩が無くなれば、コーヒーノキが成長しやすくなり最終的に美味いコーヒーが作れる。
美味いコーヒー…ふっ。
「何でニヤけてる?」
「…はっ!」
国のための行動が私のためにもなるんだ。そう。これは私利私欲のためではない。結果的にそうなるだけだ。
「美味いコーヒーか…楽しみだ」
「自分はあんまり……苦いし」
「…殺すぞ」
これも私の目的に加えておこう。
コーヒーの旨味を、凄さを伝える。ただの嗜好品でないこと知らしめてやる。




