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不正しかなかった。

 女神ラティシアは、気になって勇者――TASさんの姿を追っていました。


 TASさんが選んだのは、どうやら"竜の力"だったようです。

 歴代勇者の中には、竜の力をああした使い方をされた人間は誰もいませんでした。

 確かに、竜人化は強力だけれど。

 女神でさえ対ボス戦の切り札とか、雑魚一掃の為とか、一撃必殺のような力だと思っていました。

 それら全てをこなしつつ、推進力にまでする発想はありませんでした。

 その動きは、とても人間の成せる業には見えませんでした。

 同じことを人が真似ようとしても、次のブレスを放つまでの間に敵にそこまで精確に当てられるものでしょうか。

 文字通りに全滅させられるのでしょうか。


 一体、TASさんは何者なのか。よく分かりません。


 まだ一言も発していない所か、言語の腕輪さえTASさんは取りませんでした。

 女神ラティシアの眼には、あれは"意図的に取らなかった"ように見えました。

 まるで、その方が良いと言わんばかりに――。


 そして、飛んでいった勇者が向かう先に気づいて女神は眼を見開きました。

 ――エルフの森。その中にある、"エルフの隠れ里"です。

 大結界に護られた聖域。

 神と精霊とエルフだけが、その隠れ里の位置を知っていたはずでした。


 偶然というには、あまりにも綺麗な軌道を描いて。

 その大結界に向けて、勇者は矢のように凄まじい速度で突っ込んでいきました。


 勇者の剣は、魔力を奪います。

 超スピードに加えて、そこで更に"能力"が発動されました。

 "剣の能力"を使った、第一の能力。流星突き。


 ――何故、その能力まで。

 竜の力を得ていた勇者に、剣の力は無いはずです。


 女神ラティシアは、すぐにその理由に思い至りました。

 TASさんが超高速で、転生陣の魔石を入れ替えていたことです。

 あの影響で、TASさんが複数の能力を得ていたのであろうと――。

 そんな、馬鹿な。


 それは常人に出来ることではありません。

 そもそも、そんなことが出来るという事さえも女神ラティシアはたった今知りました。一体どうして、どこでそんなことを。


 ラティシアは恐ろしくなりました。

 門を司る女神でさえ知らない事実。

 複数の能力を持つ方法を、"TAS"という勇者は知っているのです。


 それは、神をも超えているということ。神の所業です。

 とんでもないものを、勇者にしてしまったのかもしれません。

 今の所はまだ勇者としての逸脱はしていませんが、これでエルフの里を壊滅させにかかったりしようものなら。

 性質の悪い、邪神なのかもしれません。


 そんな不安を前に、エルフの森の結界は数千年の時を経て。

 まさかの勇者によって、突き破られました。


 超スピードに加えて、"剣の能力"によって出された流星突きによって。

 すぐに神なる魔力によって修復され、大結界は元通りになりますが。

 勇者という侵入者が、エルフの里の中に入り込んでしまいました。


 エルフの里の上空に現れた勇者は、結界から奪った魔力でそのまま竜人化をして、一直線に"エルフの訓練場"へと向かいました。

 訓練の樹という特殊な木が生えている、エルフの新兵が修行を行う場です。


 訓練の樹は神木"ユグドラシル"に繋がっており、神聖な魔力を秘めています。

 ユグドラシル。この世界の神聖なる魔力を司る大樹です。


 訓練樹を特殊な剣を持って斬れば、その神魔力を得られるのです。

 訓練樹は傷をつけても、すぐに神魔力で回復し元通りになります。


 エルフの戦士達は皆、ここで修行して強くなりました。

 そして、TASさんがここに来た目的は勿論、強くなることなのでしょう。

 もし本当に勇者が普通に訪ねてきたのであれば、エルフも快く協力してくれたかもしれません。エルフや精霊、神に導かれてきたということなのですから。


 他の種族に排他的な種族ですが、勇者は別です。

 勇者に技や魔法を、力を授けて共に魔族と戦う。

 人族にとっては、エルフは味方と言える存在でした。


 女神ラティシアも、西ヨーリン砦の見張りの兵士と同じように震えました。


 どうして、そのエルフの隠れ里の場所を知っているのか。

 そして。もし、この場所を最初から知っていたのだとしたら。

 この訓練樹で修行をする為に、何千年もの間エルフの里を護り続けた結界を突き破ったのか?

 何故、普通に訪ねなかったのか。

 フェンリルを倒して飛んだ時点で、既にここにエルフの里があることを知っていたのか。


 女神ラティシアは恐ろしくてTASさんから目が離せませんでしたが、一つの決意をしました。

 ――"帰還の儀"を、なるべく早く発動できるようにしておこう。


 TASさんは、一つ間違えばこの世界を滅ぼすような存在にしか思えませんでした。

 今の所は人やエルフ族にはギリギリの所で直接手を出してはいませんが、もう何時そうなるか分かりません。


 賢者が何度も繰り返した召喚の儀は、実は失敗していたのではありませんでした。

 発動するまでに時間と、大量の魔力がかかるのです。

 帰還の儀も同様に大量の魔力を消費します。

 女神も転生の儀で魔力を使い果たした今は、まだすぐには帰還の儀を発動することは出来ません。


 TASさんは、訓練樹が円形に並んでいる所まで素早く移動していきました。


 そして、飛竜化して――全力で回転をしながら、ブレスを放ちました。

 以前は推進力として使っていたブレスを、今度は回転力として使いました。


 回り、回り、回り――。

 普通の人ならばどうしようもない回転も"勇者の兜"のおかげで制御出来ます。

 勇者の兜には、状態異常耐性の効果があるのです。

 混乱することも、眼が回ることもありません。


 凄まじい速度で回転し、竜人の姿になりながら。

 勇者は、回転斬りを放ちました。

 "剣の力"――第二の能力、旋風斬りも発動させて。

 広範囲に吹き荒れる剣の暴風。


 凶悪な威力の回転斬りで、周りの訓練樹は全てが粉微塵に切り刻まれました。

 巻き上がる神魔力。グングン勇者の剣や鎧に吸収されていきます。

 

 訓練樹はすぐに回復し、新しく生えてきます。

 しかし、ほんの少し伸びた傍から勇者に訓練樹は斬り飛ばされていきました。


 やがて第三の剣の能力、"剣気"を飛ばし始めて。

 回りだけではなく、訓練樹は一本も残さず勇者の修行に使われました。

 幸い"エルフの訓練場"には"結界"が張ってあり、その外には被害は無く、エルフに被害は出ませんでした。


 いきなり何者かに侵入されて、そして訓練場を荒らされ始めた――という事態にエルフは狼狽えました。


 神魔力が凄まじい量、勇者に吸収されていき――。

 やがて勇者は、強大な"竜王"形態へと変身しました。


 竜王形態となった勇者は、ただ飛び上がるだけでも凄まじい風を起こしました。

 エルフの訓練場の結界ごと突き破り、上空へ、更に上空へ。

 今や推進力としてのブレスを吐くまでも無く、凄まじい速度です。


 そして、エルフの里を覆う大結界にそのまま体当たりし――。

 エルフの里を覆っていた大結界は、弾け飛びました。


 破った結界から神魔力を吸収し、勇者は更なるパワーアップを果たしました。


 エルフの隠れ里は、その日。

 隠れ里では、なくなってしまいました。

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