8:宇宙人vs地球人
あなた高校生じゃないですよね?
と、もちろん僕はそう思ったし、そう思った人が大多数だろう──まあ美しい(可愛いという感じはしない。美少女じゃなくて美人さんだ)からそんなことどうでもいいかという人が大多数だったのも否定はできない。
結局、須川理世と名乗る紫お姉さんは瞬く間にクラスに馴染み、同級生というよりは『みんなの憧れの先輩』という立ち位置を確立したのだった。同じ学年なのに。
男子にはデートのお誘いや無茶な約束を取り付けられそうになったり、女子にはどうやったらそんな大人っぽくなれるのかと怒濤の質問攻めを受けたり、大変そうではあったけど、そこを見た目の通りの大人の対応ですました顔で飄々と受け流していく姿は、まさに雲の上の存在で、『雲の上の憧れの先輩』みたいな感じになっていた。
ダンボールハウス撤去事件にて、あの時出会った紫お姉さん本人であることは間違いはなかった。
何故なら、頻繁にこちらを見ていたし、休み時間に一度すれ違った時に「奥さんの調子はどう?」だなんて言われた、ちょっと悪い笑いを浮かべながら。
「────ってな風で……そんな感じでしたね」
須川理世が転入してきたその日の放課後。
僕は藍河先輩にその事を報告していた。
「ははー、あの変態は一体何をしにこの学校に来たんだ? どう考えても学生って年ではないだろうに」
「もしかしたら、本当に学生っていう可能性もあるかと」
「そいつはないだろぉ……、だって360度どこから見てもおばさんじゃないか」
生徒会室の生徒会長の席で堂々とゲームを楽しむ藍河先輩がはっきりと断言する。おばさんだと。
うわぁ……もし聞かれてたら大変なことになりそうだなぁ。怒ったら怖そうだし。
「でもけっこう綺麗な人ですよね」
制服着てむっちりしてるのがたまらない。
僕からしたらおばさんには到底思えない。
「なんだ! 惚れたってのか!?」
「ないない、それはないですって。確かに、藍河先輩を越えるボリュームを持ったあの胸、さわれるならさわってみたいですけれど」
「…………あぁ? 今なんて言ったよ?」
「やだなぁー冗談ですよー……、だからそんな恐い顔しないでくださいよー」
そのときだった。
「私も冗談かと思ってたんだけれどねぇ?」
声が聞こえて生徒会室の扉がバッと開いた。やって来た人物は……、
「あ、あなたは! 紫お姉さんもとい須川理世……さん!」
なんとなく……さんを付けなくてはいけない気がした。年上っぽいし。
「嫌ねぇ……須川理世なんてだっさい地球人ネームで呼ばないでちょうだい、須川理世は偽名なのよ、偽名」
「偽名? じゃあ本当の名前は?」
「桜庭君、こんなやつの名前知るまでもない、多分厨二病かなんかなんだろうよ。どうせ本当の名前は闇夜の月影姫とか言い出すに決まってる」
「別にダークネスプリンセスだとか言いやしないわよぉ。私の本当のリリス。ダークネスプリンセスとは全く関係ないわ」
リリス……漫画やアニメのキャラかなんかの名を名乗ってるのかな?
「なんにせよ、地球人の名前ってのはセンスを感じられないわね」
「聞いたか桜庭君、こりゃモノホンの厨二病だ。自分を宇宙からやって来た銀河パトロール兵士の一人だと思ってるような奴だ。……おっ、宝玉でた」
藍河先輩……一旦ゲームをやめましょうよ……。
「サブカルチャーに精神を侵された厨二病だとか言われるのは心外だけど……まあ、いいわ。とにかく私がこの教育施設に侵入した理由ってのはね、あなた達にあるのよ」
須川理世がこの学校に転入してきた理由が僕達にある。
どういうことだろ? 確かにダンボールハウスを破壊された恨みくらいはあると思うけど、そこまでの怨恨を受けるような真似はしてないはずだ。
彼女自身が宇宙人とか自称してるわけじゃないけど、言動から鑑みるに、自分は宇宙からやって来た銀河パトロール兵士の一人だと思ったそうな感じではある。
「わざわざどうして転入してきたんですか?」
「強行突破でもよかったけど、合法的に侵入した方が後始末も楽だしね」
うーむ、ますます厨二病患者っぽく。
「地球人の常識を見誤っていたのよねぇ。私の住んでた星的には、あなた達の話ってどうも冗談に聞こえちゃって、本当にあの家が壊されてるとは思わなかったわ。まあ、あんな脆い素材で作る方が悪いっちゃ悪いんだけどねぇ? とりあえず私が言いたいのは、あのボロ拠点に置いておいた封印の書をどこにやったかって話なの」
僕と藍河先輩は思わず沈黙。
どうやら本物の厨二病だったようだ……。
封印の書ってのは恐らくあの宝箱に入ってたものだろうけれど、多分自作のものなんだろう。変な文字で書かれてたし。
知り合いの骨董品屋に持ち込んだら安価で売れた。
『なんだこれ、面白そうだな、もらってやるよ』とめちゃくちゃ笑いながらお金をくれたのだ。
でも、精神がサブカルに侵食された人からしたらとても大事な聖書なんだろうし……売ったとは言えないなー。
「……あのダンボールハウスにはそんなもの見当たらなかったです。多分、他の人が持っていったんじゃないかと思います」
これくらいの言い訳でいいか。
こういうことは藍河先輩に任せた方が本当はいいんだけど、もう相手は疲れたと言わんばかりにゲームに熱中してるから仕方がない。
さあ、紫お姉さんの反応はどうだ?
「そんな冗談聞きたくないんだけどぉ?」
あっ……ちょ、ちょっと待って!
なんで、そんなドS女王様みたいなオーラ出してるの!?
「あなたも人の話聞きなさいよ」
紫お姉さんが藍河先輩を指差して言う。
すると、フワッと、浮いた。藍河先輩の持っていたゲーム機が、なんの支えもなく浮遊した。
「な、なんだこれ、どうなってるんだこれ!」
「……あれ? 私の3GSどこにいった?」
ゲームが浮いてる! ま、まさかサイコキネシスとかいうやつか!
仮にサイコキネシスじゃないしてもだ……この紫お姉さん、須川理世はもしかすると異星人だったりするのか!? だってこんなことができるやつ現実には居ないはずなのに! いや……トリックの可能性も否定はできない。
にしても、藍河先輩が真上にゲーム機が浮いてることに気付いていないぞ!
「私としても暴力で解決というのは避けたいところなんだけど……どうしても教えてくれないって言うのなら……ね?」
生徒会室に置いてある椅子がガタガタと振動して、ゲーム機と同じく宙に浮いた。
それを見て藍河先輩は、
「……ふぅむ、なんのトリックか知らんが桜庭君に恐怖を与えるには十分だな。正直その椅子がこっちに飛んできそうで私も怖い。だがそんな詐欺に騙されるほど私は……甘くはない。……それにしてもゲームはどこにいったのだろうか」
と、ゲームについて、最後に一言加える。
「まっ、安心しろ」
藍河先輩がこちらに近付いてこようとしたとき。
ヒュン! と風を切る音が聞こえて──僕らの間を椅子が通り抜けていった。
そして、椅子は窓へと飛び込み、ガシャーン! と窓ガラスを粉砕して外に消えた。
「え?」
「桜庭君! 下がれ!」
藍河先輩が叫び、僕の前に立つ。
て言うか、ここ三階だぞ! 下に誰か居たら大変じゃないか!
「分かったでしょう? 私はあなた達とは違う、やろうと思えばあなた達なんか赤子の手を捻るように楽に処理できるのよ。理解したなら封印の書を渡してちょうだい。あれは異星人に渡していいものじゃないの」
この状況で藍河先輩は僕にだけ聞こえる声で言う。
「桜庭君……なんかやばいから、その封印の書とやらを渡したらどうだ。家に置いてるんだろ?」
「……う、売りました」
「本当か、それ?」
「はい……」
「じゃあ、それを言えばいい。売っちゃいましたって」
「そう言ったってこの雰囲気で言うのはちょっと……。殺されそうで」
「そんなことは死んでもさせんよ」
「えっ、言わなきゃいけないんですか……」
「はぁ……君がそう言うなら仕方がない、逃げようか」
「ほ、本気ですか?」
「心配するな、仮に奴が本物の超能力者だったとしても私には奴を倒すだけの力がある。行くぞ」
ま、まじか……こんな非現実なことが……。
……超能力者からの逃走劇、漫画とかでありそうな展開に巻き込まれるなんて、僕って運がない。
「で、封印の書はどこ?」
紫お姉さんの問いに大して藍河先輩の返答は、
「封印の書なんて知らない。ということで逃げさせてもらう」
きっぱりはっきり、そう告げた。
「あら、そう。それじゃ、言うまでたっぷりと痛め付けてあげようかしらねぇ」
ギュン! とさっきとは比べ物にならないスピードで、椅子が藍河先輩目掛けて動く。
だが藍河先輩は、それに対して適切に対応していく。
高速で飛んできた椅子の脚をいとも容易くキャッチして、椅子の推進力を利用して回転し、そのまま紫お姉さんに投げ付けた。
瞬間。
僕も動く、椅子が放られたのとほぼ同じタイミングで紫お姉さんに向かって走り出した。
藍河先輩の投げ返した椅子をサイコキネシスで止められたが、そんなことには構わない。走りながら、机に置いてあった金属製筆箱をとって紫お姉さんに投擲。
これもまたサイコキネシスで止められるが問題はない、この生徒会室から出られればいいのだから。
だからこそやるべきことは一つ、生徒会室の入口と出口を兼ねるドアの前に陣取る紫お姉さんを越えること。
走ってると、ガツン! と後頭部に衝撃が走る。
藍河先輩のゲーム機が床に落ちる……これをぶつけられたのか。
ぐらつきながらも僕は走る。
紫お姉さんもゲーム機をぶつけるだけじゃ終わらない、止めた筆箱を藍河先輩に、椅子を僕に向けて飛ばしてきた。
筆箱程度と言った風に藍河先輩は片手でキャッチ。
僕の方は……、さすがに高速で迫る椅子はキャッチできないので……、バッと上半身を横に倒して躱そうとするが──駄目だ間に合わない!
ギリギリ当たってしまう!
そう思った瞬間。
「桜庭君!」
ガキン! と椅子と何かがぶつかり合う音がした。
藍河先輩が金属製筆箱を投げたのだ。椅子と筆箱がぶつかり合い、軌道が僅かに逸れ、椅子が僕に命中する事なかった。
「ありがとう藍河先輩!」
そして僕は、
「うおおおおおおおおおおおお!」
紫お姉さんにタックルした。ほとんど押し倒すような感じで。
「くっ……!」
「藍河先輩、急いで!」
そう言えば……。
僕は立ち上がり際に、ぽよん、と紫お姉さんの胸をワンタッチして生徒会室に外へ出る。
すぐに隣に追い付いた藍河先輩が、今何してたの? って顔で見てたけれど無視して走る。
ふむ、柔らかくて気持ちよかったな。陽菜ちゃん以上のマシュマロ感だった。
…………触りたかったんだよ! 悪い?