begins 04.また今度
「私、ここで大丈夫だから」
僕たちはカフェを出て帰路についていた。
やがてお互いの帰り道が分かれる。
「家まで送ろうか?」
僕はすんなりとそんなことを言えた。
数分前から言うべきか悩み続けた結果だ。
キザな奴に思われないかとか、要するにマイナスに思われたくなかったので、女子との会話はすごーく気を使うのだ。
しかしその点は大丈夫だと感じる。
そもそも今日は、彼女の暇つぶしではあるが、実質デートと言えるわけで(口には出せないけど)、マイナスに思われることはないはず。
むしろ紳士的すぎて惚れられやしないかと心配だ。て言うか期待だ。
男女問わず異性にモテたい気持ちは、あって当然だ。
「大丈夫大丈夫。まだ明るいし、家近いし」
断られて非常に悲しかった。
安堵の感情がないわけではなかったけど。
「じゃあね、明日はよろしく!」
「うん、また明日」
ゆららちゃんは手を大きく振り、対照的に僕は小さく手を振った。
結局、僕はゆららちゃんの協力をすることになった。むしろ僕からしたいと懇願したくらいだ。
藍河瑠璃……瑠璃ちゃんと、ゆららちゃんのターゲットである藍河家の謎を確かめるために。
道中、自販機でジュースを買って、ベンチで一休みしていた。
甘くて冷たい炭酸で口内をリセットしたかったのだ。実はコーヒーは苦手で、カフェでは無理してカッコつけて飲んでいた。苦いの苦手なので。
うまうまうま、と飲み干し缶をゴミ箱に捨てる。
ぼんやりと真下を見ていると、靴が随分とボロボロになってることに気付いた。
意味もなく、足のつま先で地面をグリグリした。
「……帰るか」
人に伝わる様になってない声量で、僕は呟いた。
両膝に手を置き、グッと立ち上がると、ほんの数センチメートル目の前に何かあった。
……人?
「うわっ!」
人間だと分かった瞬間、思わず後ろに飛び退いた。しかし、ベンチから立ち上がったばかりで後ろにスペースはなく、僕はそのままストンとベンチにお尻をつくことになった。
「びっくりしすぎだよ、千夜くん」
視線を上げると、そこには瑠璃ちゃんが居た。
「驚かさないでよ」
「話しかけようとしたら、千夜くんがいきなり立ち上がったんだよ」
昨日に続き、偶然の遭遇だった。
会えたのが嬉しくて、まるで運命の様に感じて、頬が緩むのが分かった。
今の顔を見られたくなくて、再び真下を見つめ、地面で手遊びならぬ足遊びをし始めた。
「偶然だね」
と、僕は言う。
苦手だけどカッコつけてコーヒー飲んでよかった。
そこから口潤わせるために、自販機に寄るムーブはもう完璧だろ。
こうなると今日、ゆららちゃんがドタキャンされて僕と遊ぶことになったのは、僕のためのアシストだったんじゃないかと思えてくる。
「ほんと偶然」
彼女は僕の隣に座った。
「飲み物いる? 奢るよ」
横目に見ながらクールに決めた。僕イケメンすぎる。
「ううん、大丈夫」
ヒラリと躱された。
「千夜くんは今日何してたの?」
「友達と遊んでただけだよ。ショッピングモールをてきとうに回ってたんだ」
「じゃあショッピングしてたんだ」
「そういうこと」
「にしては全く荷物がないね」
「購買意欲を掻き立てられる物がなかったんだよ」
ゆららちゃんの付き添いだっただけなので、もともと買い物に行く気もなかったしね。
「実は私もショッピングしてたんだ」
「え、そうなの?」
「うん、もしかして千夜くんと同じところに居たかもね」
まずいな、他の女の子と居るところを見られていたら、瑠璃ちゃんは僕に好意を持たなくなるかもしれない。
「僕はエオンに居たけど、瑠璃ちゃんは?」
「ふふ、私もエオン!」
ですよね〜、この町にでかいショッピングモールってエオンしかないですもんね〜。
ふふふふ、とずっとニマニマしている瑠璃ちゃん。
可愛い。んだけど、何かおかしい。
「……あのさ、もしかしてエオンで僕を見た?」
「実は……見ちゃいました!」
どうしようどうしよう!?
やっぱりコーヒーを飲むべきじゃなかった、いや飲んでなくても、ゆららちゃんとエオンに行った時点で終わりだったんだ。だとしたらゆららちゃんに会わなければよかった。元を辿れば、古田直斗のシスコンぷり……果ては奴が僕を遊びに誘ったことが問題だ! 許さん!
愚かな逆ギレを脳内でかました後、家に引きこもってゲームしてればよかった、と僕は後悔した。
「可愛い子とデートしてたみたいだけど?」
「いや……デートとかじゃないんです。勘違いだよ」
瑠璃ちゃんは微笑んでいたけど、それは暗黒微笑に近いものがあった。
「女の子と二人きりで外出なんてデート以外にありえるの?」
「いやいや、本当にたまたま会っただけなんだよ! それに僕は他に好きな人がいるから!」
「え!?」
あっ、と思った時には遅かった。
瑠璃ちゃんの表情からは暗黒のみが取り除かれ、笑顔のみが残っていた。
「へぇ〜、千夜くん好きな人居るんだ〜?」
不思議と脳裏に瑠璃ちゃんの姿が浮かぶ。
僕は……瑠璃ちゃんが好きなのか? 少なくとも嫌いではないことは確かだ。
しかし昔好きだった子に再会したからって、舞い上がってるだけなんじゃないのか? 雰囲気に流されて好きになりかけてるだけじゃないのか?
考え始めると止まらなかった。
ただ、舞い上がってるだけだったとしても、流されてるだけだったとしても、好きになればその気持ちは本物だと、僕は思った。
人は自分の気持ちに嘘をつけない。
だからもし、僕が瑠璃ちゃんのことを好きだと分かったら、そのキッカケがどうあれ、想いはきっと嘘なんかじゃないんだ。
「好きって言うか……好きかもしれない人だよ」
自分でもぼそぼそ呟いたことが、まる分かりだった。
「そっか、青春してるんだね。若いっていいなぁ」
お前も青春真っ盛りじゃろがい!
僕は心の中でツッコミを入れた。
「いいないいな、友達居ない私を差し置いて、千夜くんは可愛い女の子とデートしたりして、リア充だね」
「何度も言うけどデートじゃないよ……」
友達居ない点については悲しすぎて触れられなかった。
ちなみに僕も中学に入って友達は出来てません。ぼっち最高!
補足しておくと、直斗は小学校での友達で、中学からは別の道に別れた。
「私もう帰らなきゃ」
瑠璃ちゃんは腰を上げ、名残惜しそうに言った。
「僕、送るよ」
「ありがとう、でも一人で大丈夫だよ」
また拒否られた。拒否と言うほど強い否定ではないが、二連続で断られると、実は嫌われている説が浮上するので辛かった。
「今度一緒に遊ぼうよ」
言った……言ってしまったぞ。
「いいよ! メールしてね!」
やった、やったー!
僕はリア充だああああああ!!
昨日メアド交換自体はしていたけど、恥ずかしくて送れなかったので、メールする建前を手に入れたのはありがたかった。
社交辞令で、毎回『ごめーん、その日は忙しいの〜!』って言われないように祈ろう。
「また今度ね、千夜くん」
「うん、また今度」
あのことを聞くなら……今がいいタイミングなんじゃ? 帰り際、もう次を考えなくていいこのタイミングなら……。
先に進む瑠璃ちゃんの背中に、僕は呼びかける。
「ねぇ瑠璃ちゃん」
「ん、何?」
体ごとくるりと振り返り、柔和な表情を見せた。
「……ごめん、やっぱりなんでもなかった」
最近越してきた藍河家って知ってる?
そう聞くつもりだった。そこから、話を繋げて確証を得ようと思っていた。
でもできなかった。
優しく笑う瑠璃ちゃんを見ていると、そもそも彼女が悪と結び付くビジョンが浮かばなかった。
それが逆に恐ろしかった。見た目や感覚、イメージとは正反対の結果になることは、往々にしてあることだ。
君と僕は、これから一体どんな関係を築いていくのだろうか。
不安は尽きないままだ。




