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begins 03.動き始めた歯車


「あー今日は楽しかった」


 対面の椅子に腰掛けたゆららちゃんは、コーヒーをスプーンでかき混ぜながら微笑んだ。


「うん、僕も」


 図書館で時間を潰そうとしていて、色々付き合わされることになった時は、正直面倒だと思っていたけど、こうして実際に遊ぶと案外楽しかったりする。あるんだよねぇ、行くまでは乗り気じゃないのに、始まればテンション上がるやつ。

 もうすぐ日が暮れる時間に僕らはカフェに居た。夕飯が食べられなくなるので、ガッツリ行くのはやめよう!


「ねぇチヨ、飲み物は来たけど、ここで何か食べたりする?」

「うーんそうだなぁ、小腹が空いてるし軽く食べようかな」

「シェアできるやつ買って一緒に食べようよ。私もお腹減ってるんだ〜」

「それじゃあサンドイッチで頼もうか」

「パフェとかでもいいんだぞ〜?」


 彼女はからかうように表情を緩めた。

 パフェをシェアとか実質無限間接キスなんだから、清く正しい中学生がそんなことをしたらダメでしょ!


「それはお互いのためにやめておいた方がいいのでは……ほら、初めての間接キスは大好きな人とやりたかったのにー! お前もう許さないから、罰金100万な! とか後から言われても困ると思うし……」

「私はそんなのこと言わないから」

「いや僕が言うかもしれないから」

「アンタが言うんだ……」


 実際、恋愛で後悔はしたくないので。ラブコメの漫画って本当勉強になるな〜。恋に悩む男子がどうしたらいいのかをしっかり描写してくれてるから。尚、前提となる自身のスペックと環境をどうしたらいいのかは分からない模様。


「パフェが嫌なら間を取ってパンケーキにしましょうか。このソフトクリームが乗ったパンケーキに」


 サンドイッチからパンを引っこ抜いて、パフェのクリームを持ってきたんだね。確かに間を取ってる。


「あ、これ結構おいしいよね、ゆららちゃんは食べたことある?」

「当然ある、値段の割においしいんだよね〜。それにこれなら真ん中ぶった切ればオーケーでしょ、シェアに最高」

「うんうん」

「さっさと頼んじゃいましょう」

「あいあいさー」


 僕はポチッと店員呼び出しボタンを押した。

 中学生は春休みでも、今日は平日だから客が少ない。すぐに店員さんがオーダーを取りにやってきた。

 ゆららちゃんはメニューを見ながら商品名を口に出す、そして店員さんが素早くオーダー用紙に注文内容を書き込む。

 店員さんは注文を繰り返し、確認を取った後、厨房へと入っていった。

 コーヒーのグラスをじっと見ながらストローを咥えていると、改まったようにゆららちゃんは言った。


「明日、暇?」

「明日?」

「そう、明日」

「どうかな……やることはないけど、ないことはないか」

「ふーん、忙しいの?」

「ああ、いや、そういうわけじゃ」


 本質的にやることはない。せっかくの春休みだし、のんびりゲームをやりたいというだけだったのだが、随分と真面目な声だったので、なんと返事をするべきか悩んでしまった。

 仕方ないから正直に言うべきだろう。真剣な問いには真剣に答えねば。


「まあゲームやりたいなって」

「それだけ……?」


 馬鹿馬鹿しいと呆れた風だ。


「それに宿題もある」

「まだ春休みは始まったばかりじゃん」

「ゆららちゃんは、そう言って冬休みの宿題もしてなかったよね」

「めんどくさいんだもん」

「冬の二の舞になるよ」

「二の舞どころか三の舞。私夏休みの宿題も放置したからね」

「お父さん怒るんじゃないの……?」


 こんな不真面目っ娘だと、警察署長は激怒するんじゃなかろうか。


「ぜーんぜん、普段の成績はいいから」

「普段の成績が良くても、態度面でめちゃくちゃ減点されてそう」

「それはある! 期末テストオール100点だったのに、成績表五科目オール4だったから」


 長期休暇の宿題って、国数英理社の五科目だからなぁ〜、しっかり落とされたんだな。

 でもオール5or4なら全然ありだね。僕なんか5全くないからさ。


「それはそうとチヨは明日暇ってことだよね」

「そうであるとも言えるし、そうでないとも言えるんだけど〜」

「いいじゃん、ゲームなら明後日でもできる」

「そんなに食い下がって、何があるの?」

「手伝ってほしいことがあって」


 はて? ゆららちゃんが手伝って欲しいこととな?


「珍しいね、頼み事なんて」

「私にとってそれだけ大事なことなんだよ」


 正直面倒ではあるけど、女の子からのお願いとあれば無下にすることはできない。


「とりあえず用件を教えてほしいかな」

「それが先よね」

「今日見た奴等のこと覚えてる?」


 なんとなく予想がついた。


「お揃いのハートの服を着たカップルのこと?」

「違う」

「…………」

「あの黒服連中のこと」


 だとは思ってた……なんか嫌な予感がする。


「私はあの黒服たちを追いたい」


 今日一番の真面目な瞳だった。


「あいつらの悪事を暴きたい」


 真剣な状況に巻き込まれたことなんて全然なく、本気の物言いにひるんでしまう。


「……そう言うけど、そもそもあの人たちって本当に悪事を働いてるの?」


 と、僕は疑問を投げかけた。


「確かに見た目は怖いし悪そうだし、町を闊歩してるみたいだけど、それだけで決めるのは時期尚早なんじゃないかって、僕は思うんだ」


 ゆららちゃんのお父さん曰く、最近黒服たちが町をうろついてるらしいが、今日初めて遭遇した僕にはあまり危険性を感じなかった。どっかのSPか何かかと、勝手に納得したような感じだ。


「僕がぶつかって転倒した時も、起こしてくれたし」


 別に悪い人たちじゃないのでは?

 そんな風に僕は思っていた。


「それが問題なんだよ」


 ばっさりと切り捨てられる。


「あの黒服たちは最近引っ越してきた金持ちに雇われてるみたい」

「じゃあガチのSP? ボディガードってやつ?」

「そう」


 それだと話が繋がらない、問題点じゃなくなる。


「でもそれは問題ないってことなんじゃ? そのお金持ちファミリーの雇われ社員ってことでしょ? 逆に身元も分かってて、心配がなくなると思うんだけど」

「少しずつ町に馴染んでくることが問題なんだよ。どこの所属か分かりやすく、身元も分かってて、町の人にも優しい。こうして組織が町の人々に徐々に受け入れられていって、本性が見えなくなっていく」

「本性?」

「醜悪な本性。あいつらは非人道的な人体実験を繰り返し行なっている、最悪の組織」


 僕は思わず息を呑む。


「そんなこと本当にある? そんな風の噂みたいな……」

「噂レベルじゃない、ソースは警察からの確かな情報よ」

「そんな情報どこから……」

「パパの持ってた書類を読んだの」

「ええ……そんな危なそうな書類をよく見せてくれたね。絶対に見せてくれなさそう」


 警察署長ってだけで厳格で情報漏洩に厳しそうだし、正義感MAXなゆららちゃんにそんな物を見せたらどうなるか分からない。

 それに若干ファザコン気質なゆららちゃんのことだ、お父さんが少し困ってる事案があると分かれば、勝手に自己判断で猪突猛進することもあり得る。


「もちろん見せてくれることなんてないよ。パパの部屋に勝手に入って盗み見したんだ」

「セキュリティガバガバ過ぎない?」


 ポリスメーン! 娘さんに部屋漁られてますよー!


「パパは私のこと、めちゃくちゃ信頼してくれてるから、結構簡単なんだよね」


 悪い笑みが浮かんでる。

 ポリスメーン! 娘さんに甘すぎるぞー! 娘さんをもっとよく見て、結構黒いぞ!


「まあ……嘘か本当か、僕には判断しかねるけど……もしそれが本当だとしたら、僕には荷が重すぎるよ」

「別に危険なことをさせるつもりはないよ。ほんの少し、黒服をストーキングしたり、組織のお屋敷に忍び込む手伝いをしてくれればいいの。裏方さんかな」

「裏方か……」

「そして一番重要な仕事は、もし私が帰って来れなかった時、手に入れた情報をパパに伝えること」


 それは……殺されてしまうとか、そういう話なのか?

 もともと現実味のない話に、更に現実感のない仕事が加わった。 


「ちょっと待ってよ、僕たち子供なんだよ? そこまで命が関わるようなこと、やらなくたっていいじゃないか」

「だったら誰がやるの」

「誰がやるとかじゃなくて、僕たちみたいな中学生が出張るようなものじゃないと思う。君のお父さんに任せるべきだ。警察に任せるべきなんだ」

「でも警察だと動くのが遅くなる。一歩早く誰かが……私がやらなきゃいけないんだ」

「だとしても、僕たちが首を突っ込んでいい話じゃない」


 謎の組織とか人体実験だとか、個人がどうにかできるものじゃないだろ……、十五にも満たない僕らなら尚更だ。


「私はやるから。チヨが手伝ってくれなくても」

「はぁ……好きにしてくれ」


 きっと若さ故に、青春真っ只中の中学生故に、正義感が暴走しているんだ。

 僕も小学生の頃にそんな時があった。悪いことをした人に、誰彼構わず突っかかる時期が……。

 正義感がメーターを振り切ってるゆららちゃんなら、こうなるのも納得だ。

 それに、ゆららちゃんはきっと認めてほしいんだ。大事件を解決した自分を、警察署長である父に認めてもらいたい、そんな気持ちもあるに違いない。

 ただこのまま黙って放っておくわけにはいかない。ゆららちゃんのお父さんとは話したことはないけど、勤務している署は知っているので、会いに行ってこの事を伝えよう。そうすれば彼女を止めてもらえるはずだ。


「それでこの町に引っ越して来た人たちはなんて人なの? どこかの会社の社長さん?」


 少々……いやかなり不機嫌そうにゆららちゃんは答えた。


「さあね、何やってる人かまでは知らない」


 そっぽを向き、頬杖をついて、彼女は言う。



「藍河。確かそんな名前よ」


 僕の心拍数が一気に跳ね上がった。

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