begins 02.町の平和
「もしかしたらなんだけど、僕にはモテ期が来たのかもしれない」
女の子と連絡先の交換が出来たことを自慢したくなり、友人宅にて唐突に呟いた。
「はぁ……?」
友達の古田直斗は、こいつ何言ってるんだ? という顔をしていた。
「だから僕にモテ期来たのかもしれないってこと」
「はぁ?」
こいつ何言ってるんだ!? という顔をしていた。さっきと違って心底ありえないという風だ。
「俺はお前のプライベート(女性関係)を良く知らんがな、学校で一緒に居てわかることがあるぜ」
「それは?」
「お前はモテない」
「なんて酷いことを言うんだ……確かに事実かもしれないが、過去と未来は違うんだぞ!」
今の僕は昔と一味違うのだ。
「過去と未来は繋がってるぞ。それ故にモテない事実は変わらない」
「そんなことはない! 過去と未来が繋がってても、モテるモテないは行動次第で変わるんだ!」
「まっ、お前がモテようがモテまいがどっちでもいいんだけどさ。むしろモテるなと思ってる」
「友達によくそんなこと言えるな」
「落ち着けよ。俺はお前のことは友達として好きだぜ」
「説得力の欠片もない、信用できないな……」
「おいおい、確かに俺はお前がモテないと断言はしたが、もし本当にモテ期が来ていて、お前が誰かとそういう関係になりたいって言うのなら、もちろん応援するぜ」
「直斗……優しい」
こいつは何だかんだ優しい人間だからなぁ。
ホントにすごい男だ。重度のシスコンだってところを除けばなんだけど。
「それで千夜はさ、何でモテ期到来を感じたわけ?」
「実はさ……小学生の頃、すごい仲よかった女子が居て、昨日また会ったんだよ。三、四年ぶりくらいに」
「ほお、それで?」
「それからちょっと話して連絡先聞いたら交換してくれたんだ」
「へー」
「これってもう僕のこと好きだよね」
「…………続きは?」
「これで終わりだけど?」
「お前それはおかしいわ」
確かにおかしいわ。今自分で思った。
なんで連絡先交換してくれたくらいで、彼女が自分を好きだと思ったのか。モテ期が来たと思ったのか。
やっぱり僕みたいな男子は、女の子とろくな関係を築けないからちょっとしたことでも勘違いしてしまうんですよね。
コミュ障過ぎて女の子と話すときは『うん』しか言えないくらいだ。
ちなみに学校でかなり好感触な女子が居て、その子に告白したことがあるけど、普通にダメだった。
て言うか、よく考えたらクラスでの委員が同じで、事務的な会話をめちゃくちゃしてただけだった。
それに対して僕はうんともすんとも言わないというか、うんとすんしか言ってなかった。
コミュ障ってなんで相槌ついただけで、会話が相当うまくいったと思っちゃうんだ。頭悪過ぎでしょ……。
「おかしいと僕も思ったけど、それでも決して敗北ではないと思うんだよね」
「何がなんだよ……敗北もくそもないだろ。始まってすらないぞ、メルアド交換とか電話番号交換とか、好きでも嫌いでもないやつでもやったりするだろ」
「そうは言うけど、女の子とかなり話せたし。うんとすんだけじゃなくて」
「ふーん、そりゃよかったな」
「昔の知り合いだったから話せたのかもしれない」
実は振られた女の子とは普通に話せるようになっている僕。多分、一度自分を見せた相手には、トークがうまくいくのかもしれない。まあその子が超いい人だったから、って言うのもあるにはあるんだけど。
「にしてもお前がうまく話せたって言うのなら、その女の子は特別なのかもしれないな」
「シチュエーション的にも運命を感じるよね」
「ああ、羨ましい限りだっての」
ひとしきり遊んだ後、直斗の家を出た僕は、昨日瑠璃ちゃんと歩いたルートを辿っていた。
また会えるんじゃないかと期待をして。
「おーい、チヨ〜!」
後ろから僕を呼ぶ声がした。
僕の名前はチヨじゃなくてセンヤなんだけど、漢字が千夜なので、よくチヨと間違われることが多い。
訂正しようとすると『センヤよりチヨの方が可愛いじゃ〜ん、でしょ〜?』なんて言われてデレデレした時もあったが、そう言った女子は二度と僕とは話さなかった。陰気なコミュ障と陽気なコミュ強は繋がりが薄いのだ!
ちなみにその子とすれ違うたびに、チヨと呼んでもらえるんじゃないかと期待してた。一年くらいで察した。うーん、酸っぱい青春!
「おーいチヨ聞いてんのか〜!」
「いたっ!」
バチン!と背後から背中を叩かれた。
「た、叩くの強い……」
「ごっめーん、でも全然返事してくれないし」
ぶっ叩いてきた張本人を見る。
赤茶の髪を腰まで引っ提げた小柄な女子。
中村ゆらら。さっきの言ってた告白した女の子とは彼女である。
なお、彼女は本気で告白されたと思ってなく、そのおかげで今普通の友人関係を築けていると言える。ありがたいことだ。
「ゆららちゃんどうしたの? こんなところで?」
「どうしたもこうしたもないでしょ! ここ私の住んでる町だから。理由なく居てもおかしくないでしょ」
おっしゃる通りです。
「散歩してたら寂しそうなチヨを見かけたから、ちょっと話してやろうと思ったのよ」
「別に寂しくはしてないよ」
「でも一人じゃん」
「そんなこと言ったら、ゆららちゃんも一人じゃないか」
「ま、そうなんだけど」
ゆららちゃんは後ろで手を組んで、むすーっとした顔を見せた。
「暇ならどこかに行かない? 真理子がさ、急に用事が増えたとか言ってやることなくてさ」
進藤真理子はゆららちゃんの友達だ。話したことはない。ゆららちゃんには、進藤さんと一緒に居るのにいきなり僕に話しかけるのは、ちょっと気まずいのでやめて欲しかったりする。
「進藤さん昼から遊べないの?」
「朝から晩まで用事たっぷりだって。最初は朝のうちに終わるから、昼から遊ぼうねって言ってたのに〜」
ゆららちゃんは、全く〜と溜め息をついた。
「そういうことだから遊ぼうよ。もしかしてチヨも用事たっぷりなの?」
「ちょうど僕も、直斗に用事たっぷりになったから帰ってくれって言われたばかりだよ」
デパートに迎えに来て! と妹から言われたらしく、すっ飛んで行った。シスコンっぷりが激しすぎる。
お詫びに缶ジュースを一本貰ったけど、喉も渇いてないので飲む気になれなかった。
「もうすぐお昼時だし、僕は別にいいよ」
「本当に? やった!」
すごいはしゃぎようだ。オーケーしただけでこれだと、僕のこと好きなんじゃないかと勘違いしそうだから、もっと控えめに喜んでほしい。
「それじゃあ早く行こう!」
そう言うと、ゆららちゃんは右手で僕の左手を掴んで引っ張っていく。
「じ、自分で歩けるよ……」
いきなり素肌を触られると本当に勘違いしそうなのでやめてください!(断固拒否)
「ごめんごめん、あはは……」
彼女は悲しげに手を離した。
そんな顔されると、悪いことをした気分になる。
「いやいいんだ」
道角を曲がろうとした時だった。
「うわっ」
「うおっ!」
どん、と大きな物にぶつかり、僕は尻もちをついた。出会い頭に人とぶつかってしまったみたいだ。
「チヨ、大丈夫!? あの、ごめんなさい!」
ゆららちゃんは僕を心配しつつ、僕がぶつかった対象に謝罪していた。
そこにはサングラスをかけた筋肉隆々の黒服の男が居た。
「悪いな、こっちも不注意だった」
男の後ろには彼ほどではないが、屈強な黒服の男が二人居た。
地べたに尻を着いた僕に、彼は手を差し伸べる。
「あ、ありがとうございます」
彼の手を掴むと相当な力強さを感じる。
グッと凄い勢いで引っ張られ、僕は一瞬で地面と垂直に立ち上がった。
「次からは気をつけろよ、俺も気をつけっから」
そう言って黒服の男達はこの場を去っていった。
「殺されるかと思ったよ……」
黒服怖すぎでしょ……なんであんな人が現実に居るの?
ゆららちゃんの方を見ると、顔が心配げに歪んでいた。
「ゆららちゃん?」
「パパが言ってたの……最近、怪しい黒服の人がこの町をうろついてるって」
僕らの町の警察署長であるゆららちゃんのお父さん。
ブロック塀に貼られたポスターが目に入った。ゆららちゃんのお父さんが写っていて、横に『町を平和に、安全に』と書かれている。
「この町を危険に晒すような奴らなら、私はあいつらを許せない」




