begins 01.私をよろしくね
意気揚々と図書館を飛び出した僕たちだったけど、いざ二人きりで道を歩いていると、思った以上に言葉を絞り出せなかった。
女の子と二人で外出なんて、全くしたことがない。というかこれが初めて。
瑠璃ちゃんも僕と同じように黙っているけど、きっと僕と同じようなものなんだろう。
「とにかく……久しぶり、瑠璃ちゃん。」
ようやく発したのは当たり障りのない言葉だ。
「うん、久しぶり。こうして元気な姿を見られてよかった。うれしいよ」
一般的な返しの句なんだろうけど、ちょっと嬉しくなった。男子は嘘でも本当でも、女子に気にかけてもらえると喜ぶからね。
「ところでいつこの町に帰ってきたの?」
「それはね、本当につい最近でね。えーと、一週間くらい前かな」
「えっ! それは本当につい最近だね」
「そうでしょ! それで帰ってきて、いや帰って来る前からずっと、千夜くんのことを考えてたんだ」
なんだそれ、めっちゃ嬉しい! アカン、僕の顔がにやける。間違いなくにやける。その前にどこかそっぽ向かないと、見られたら相当気持ち悪がられるぞ!
「…………」
「千夜くん? どうしたの?」
急に動きがなくなり固まったから、びっくりしたのか、心配そうに問いかけてきた。
違うんです。心配かけるほど何かが悪いわけじゃないんです。
女の子にずっと考えてもらってるとか、言われたらどんな男子でもこうなるんです。ていうかこれプロポーズかなんかなんじゃないの!?
ワンチャンどころかツーチャンある。どころかスリーチャンすっ飛ばしてハンドレッドチャンあるぞ。
「あの時、お別れも言わずに会えなくなっちゃったから……私、今日までずっと心残りで」
それは、僕もそうだ。
仲の良かった女の子が、急に居なくなった。
図書館に来なくなった瑠璃ちゃんを、本当に心配して、泣きそうになりながら親に相談したものだ。『あらあら振られちゃったのね』なんて言われたことを思い出したけど、僕は振られていませんよお母さん。ただし今後はわかりません。
「僕もお別れをちゃんと言いたかった。それなりに仲良くしてもらってたわけだし、そういう義理とか……あるしね?」
ここはもうちょっと共感を示し、君と完璧に同じ気持ちだよ、と寄り添うべきだったかもしれないが、べ、別にあんたのこと好きだったわけじゃないんだからね! と言いたげなセリフになってしまった。
もうこればっかりはどうしようもない。男のクソみたいなプライドは強制発動なんだから。
にしても、あなたのこと気になってたわけじゃないアピールというのは、それはそれであからさまな気がしてきて、なんだか恥ずかしくなって来る。
「ふふっ」
クスリと笑う瑠璃ちゃん。うーん、これバレてない?
「る、瑠璃ちゃん?」
「千夜くんに会えて嬉しくて」
そんなこと言われるとほんとにやけるからやめてほしかった。同時に男のバカなプライドを恥じた。本当の気持ちをこうやって言える瑠璃ちゃんは本当にすごい。
ていうかこれ本当の気持ちじゃなかったら、僕泣きそう。男を惚れさせる女の子のテクってやつ。頼むから瑠璃ちゃんは、所構わず男を落とそうとする、性悪女であって欲しくない。
「本当に会えなくなるって思ってたから」
悲しそうな目をしていた。
「そんなに遠くに引っ越してたの?」
僕は問いかける。
「うん……アメリカに行ってた」
「アメリカか、それは本当に遠いね」
「ごめんね、何も言わずに行っちゃって」
「いいよ、大丈夫。僕たち小学生だったんだし、そんなこともあるよ」
「本当はね、手紙出したかった。けど言えなかったの」
溜め息をつき、彼女は続けた。
「もうお別れだってのに言い出せなかったの。千夜くんのことが好きだったからね」
やばいやばいやばい、こんなの嬉しすぎる。
手で隠したけど、絶対過去最高のにやつきだぞこれ。
ただ問題なのは過去形だってことですね、はい。しかし、それでも喜べるってすごい! 女の子からの好意ってすごい!
「ふふ、ちょっとドキッとした?」
「え」
「冗談だよ」
知ってた。知ってましたよ。
まあそんな簡単に春は来ませんよね。ていうか仮に本当だとしても、過ぎた春でした。
「冗談はやめて瑠璃ちゃん。女子からそんなジョーク言われたら、好きになるかもしれないから」
もう若干好きかもしれない。きっつ!
「もしかしたら冗談じゃないかも」
そう言って彼女は、自分の肩を僕の肩にポンとぶつけた。
「あばばばば」
女の子に小突かれて僕の身体がショートした。そんな僕を見て、瑠璃ちゃんは「あはは」と笑う。
「なんか初々しい感じ、小学生の頃と変わらないかも」
「初々しいってそりゃそうだよ。久しぶりに会った女の子がこんなに大人になってたら、誰だってキョドるよ」
当たり前だよねー。小学生の頃に仲よかった女の子が、物心ついて再会したとき美少女だったら、誰だってあばばばばばばってなっちゃうよね。
しかも肩触られたもん、肩触られたもん!! 女の子に触れられただけでこれって、抱きしめられたら僕死ぬんじゃないの?、
「僕が小学生のままなら、瑠璃ちゃんは随分と大人になったよね。中学飛ばして高校生くらいに見える」
「えへへ、そうかな? まあ成長期ってやつだよね」
あ、やっぱ成長期?
女の子はすごいなぁ〜、それに比べて男の成長期はなんで遅いの? もっと早くきてよ!
「でも私が大人に見えるならそれは君のおかげだよ」
「え?」
「君が居たから、私は今こうして成長できたのです!」
「そんな大げさな」
「大げさなんかじゃないよ!」
彼女は昔と随分と変わったものだ。
「瑠璃ちゃんはすごい明るくなったね」
過去の彼女はそれは明るいとは真反対の暗い子だった。髪も服も真っ暗だった。
ただ明るくなったと言っても、今だってとても黒くて綺麗な髪をしてる。服も真っ黒だ。
「でも人間の根っこは変わんないのかもね」
「それは私が未だに暗い子だってこと? ひどいな〜」
「いやいや性格じゃなくて好みの問題だよ。昔は黒い服をよく着てたけど、今も黒い服だなって思ってさ」
「そんなこと言ったら千夜くんも黒い服じゃん! 不審者じゃん!」
「よく見てよく見て! ズボンはブラウンだから!」
ちなみにパンツは黒なので実質上下真っ黒、僕は不審者まっしぐら、ってそんなわけあるか!
「私の根っこが暗い子なのはその通りだから気にしないけど」
ぷくっと頰を膨らませる瑠璃ちゃん。うーん、あざと可愛い。暗い子なんて言ってごめんね! こんなエモーションできる子が暗いなんてありえないですわ! 僕が普通の男子中学生だったら萌え死んでた。
「どっちかと言うと、千夜くんも暗い子に分類されるよね」
はい、その通りです。僕は読書ばっかりしてる子でした。本の虫で申し訳ありません。
「だから私たちは仲良くなれたのかもね。お互い根っこの部分で合ってたっていうか」
「ああ〜、そう考えると運命的でいいね!」
「お互い友達少なかったろうし、日陰者同士のシンパシーだね!」
「ああ……そう考えると切ないね!」
切なすぎて涙がほろりとしそうだった。
「見ないうちに二人の性格は様変わりしちゃったようだ」
「無事中学デビューに成功したって感じだよね」
「まあ僕はデビューに成功してないけど」
「……私も」
根っこは変わらない。
至言だな。
それにしても、そろそろお別れの時が来てもおかしくなさそうだ。
根っこが暗い種族にしてはあまりに話し込んでいて、これはもう告白して成功するまであるが、お互いの住んでいる場所は違うので、まずは連絡先を聞かなくてはならない。
「瑠璃ちゃん、あのさ」
「ん、何?」
「う、あー、えーっと、メ……メアッ……」
何故か言葉が詰まる。『メアド交換しよう?』とかそんな簡単な言葉でいいのに、声が全く出ない。
きっと僕は断られるのが怖いんだ。相手の心がわかってしまうのが怖いんだ。
もし拒否されれば、それは僕のことを本心ではなんとも思っていないということ。逆に肯定なら、少なくともマイナスではない。
しかし今までの人生の中で、あまりにも拒否されることが多すぎた。
このまま何も言えなければ、次がなければ、拒否されたのとなんら変わりない。それはわかってるのに飛び込めない。
根っこは変わらない。
本当に変わらない。
「ねえ」
気付けば俯いていた僕に、瑠璃ちゃんが呼びかける。
「メールの──」
「──瑠璃ちゃん」
彼女がそう言いかけた時、僕は思わずその名を呼んだ。
言わせちゃダメだ。自分で言おうとしたくせに、気を遣わせて相手に言わせるなんて。
そんな卑怯な真似、今はダメだ。
頑張れ僕、根っこが変わらなくたって、陰気なままの僕だって、勇気を持っていたことを思い出せ。
ずっと昔、一人ぼっちだった瑠璃ちゃんに、僕は勇気を出して話しかけたじゃないか。
このくらいできなくてどうする、男が廃るぞ!
「あのさ、瑠璃ちゃん…………連絡先を交換……したいんだけど」
瑠璃ちゃんはきょとんとした表情を見せた。
「い、いいかな……?」
日和って俯きがちになる。
「いいよ」
そう言った瞬間、瑠璃ちゃんは両手で、僕の右手をぎゅっと握りしめた。
「え? え? え?」
僕はいきなり女の子と手を繋いでしまった……これはもうリア充なのでは?
彼女が手を離すと、右手に何かがある感触がした。
「これ私のメールアドレスだから」
小さな紙にアルファベットが羅列している。
手の中のちっぽけな紙切れ一つに、胸が踊る。
「あ、ありがとう!」
にっこりと笑って彼女は言う。
「また仲良くしてね、千夜くん」
僕もまたできる限りの笑顔で言う。
「こちらこそよろしくね」
そして瑠璃ちゃんは呟いた。
──私をよろしくね。




