63.お互い
「僕は後悔してるんだ。自分の命欲しさに愛する妹を苦しめたことを」
藍河先輩の願いを聞き、しばらく他愛のない、中身のない会話を続けた後だった。唐突に他に愛のある、中身のある話をぶつけられた僕は、頭がフリーズした。
「......でもそれは仕方ないことです」
事実仕方なくて、どうしようもなくて、仮に繋さん一人が反旗を翻したって、何の影響もなく無駄死にだ。
いや、繋さんという優秀な科学者を失った分だけ、研究の進行速度が低下することはあっただろうか。しかし、そうしたって焼け石に水だ。
「仕方ないとは思う、僕もね。ただそれでも、どうしようもなかったとしても、僕は過去の行いを後悔している」
僕も繋さんも手すりに肘を置き、夜景を眺めていた。
美しい夜空と街並み、冷たい夜風に吹かれ、被害はなくとも殺し合いを経た。そんな非日常な空間が、この独白を促したのかもしれない。
どこか空気が不安定なまま、繋さんは続けた。
「何があったって家族を助けるために抗う、それが兄としてやるべきことだったと僕は思っているんだ」
「けれど、そうして繋さんが死んだら、藍河先輩はきっと悲しみます。だからきっと間違ってないです。結果として僕達が生きて──そして和解したということは、繋さんの選択は間違っていなかったんです」
繋さんはフッと笑った。
「ありがとう。そう言ってくれると、少なからず僕の心は救われる」
この人もこの人で後悔がたくさんで、僕も僕で後悔だらけだ。
「僕も謝らないといけません」
後悔の一つ。それは人を見誤ったこと。
「せっかく事件が解決して、みんなが仲良くハッピーエンドになれるってことになったのに......、僕のせいで繋さんは今日まで、表に出ることができなかった」
自己中心的で浅はかな心が、エンディングを引き延ばしたんだ。
「君が謝ることじゃない。」
「そんなことないです、謝るべき理由があるから」
「それはいったいどうしてだい?」
繋さんは怪訝な表情で僕に問う。
「本当ならとっくの昔に僕とあなたは和解しててもおかしくなかった。でも僕はそれを拒んだ」
胸を張れる自分になりたかった。
こんな僕に好意を抱いてくれる藍河先輩に、ちゃんと胸を張れる自分でいたかった。でも僕は凡庸な人間だった。
先輩に初めて出会ってから、先輩を救い出したその時まで、僕にできたことはない。
誰かの力を利用して来ただけだ。
だから僕は、
「あなたという先輩にとっての障害をなくして、僕の存在意義を証明したかったんです。なりふりかまわず、僕自身の手で結果を掴みたかった」
「君が頑なに僕を敵対視していたのはそういうことか」
そう、僕が藍河先輩を助けたという事実を手に入れたかったのだ。
「そこまで固執することだったのかい?」
「......僕はあの時ただ助けようとしただけで──結局僕が先輩を助けることはなかった。結果も、安全な道を通って、藍河先輩に会って連れ出しただけ。そこに至る過程も凛子さんやその仲間頼りで、とてもじゃないけど僕の存在意義があったなんて思えない」
「それは違うよ」
「え......?」
「助けようとしてくれたことが大事なんじゃないかな?」
「研究のモルモットとなり辛い日々を送り、実の父母や兄にも助けを求めることはできず、そんな中で出会った君は、きっと唯一の救いだった。たった一人だけ、普通の人間として関わってくれた君は、きっと彼女の心の支えになったんじゃないかな? そして今もそれは変わらない」
こちらを向いて、繋さんは言った。
「行動の結果でも過程でもなくて、気持ちの問題なんだ。誰もが自分を人として見ない、真っ暗闇の救いのない地獄で、君だけが妹に心を見せてくれた──」
──人間が持つ、人間らしい誰かを想う心を。




