6:ビューティフルレディ
★★★
とやかく言い合って最終的にたどり着いた陽菜ちゃんの結論は、『今回だけは負けておいてあげる』だった。
しぶしぶと気の進まない様子──に更に不機嫌をプラスし怒気を追加すれば、ここを立ち去った陽菜ちゃんの様子が丸分かりだろう。
「さてと、どうする? 邪魔物は消えたしイチャコラするか?」
しないから。そんなこと絶対にしないから。
「のらーりくらーりと散歩でもしたら僕は帰りますね」
「おいおい、あんまり乗り気じゃなさそうだな。私と二人っきりはそんなに嫌なのか?」
「…………」
「こんな顔が可愛くてスタイルもいいのに?」
「確かに顔は可愛いしスタイルもいいですけど、ちょっと自分のことを完璧と思いすぎてませんか?」
「そ、そんな、顔が可愛くてスタイルもよくて完璧すぎて大好きだなんて……照れるじゃないか」
先輩が顔を赤らめて言う。
「大好きとまでは言ってませんから! そして、そう言わせるように誘導するとは恐るべし、藍河先輩!」
「いや、それについては君が勝手に誘導されたというか騙されただけなのだが」
「くっ……」
「そんな悔しそうな顔をされても困るん……でもそんな表情もそそるな、襲っちゃっていいか?」
僕は表情を歪ませて、一歩後ろへ。
「待て待て。引くな、全力で引くのはやめてくれ、悲しくなってくるだろ」
知り合いの女子高生からドS女王様のような片鱗を見てしまったら誰だって距離を取るさ。もしかするとそっちの方に才能を発揮してしまうやもしれぬのだ。
「とりあえずは君の所望通りに散歩でもしよう」
隙を見て家に帰ろう……。
とにかくそんなこんなで大きな公園の大きな池の周りをてきとうに歩き出す僕達。
藍河先輩がまるで恋人のように僕の手を握ってくるもんだから、隙を見るも何も……そんなものなかった。
ぎゅっと強く握ってくるから抜け出せない。
「せめて恋人繋ぎはやめてください」
とは言えなかった。
僕と手を握ってただ歩いているだけでも、純粋に楽しそうで嬉しそうな笑顔を浮かべているから……なんだか言いづらかったのである。
それから池の周りを回っていると。
「なんでダンボールハウスがあるんだ」
「しかもすごく立派ですね」
何故かダンボールハウスがあった。
ダンボール製とは言えど、そのクオリティーはそこらの建築物とは格が違って──普通の一階建ての一戸建てで、見た目の安っぽささえなければここに住んでもいいと思えるほどの質だ。
「昨日公園に来たときはなかったはずだ」
「……公園で何してたんです?」
「人と会っていたが詳細はシークレットだ、桜庭君もたまには嫉妬に狂ってみるといい」
「…………、藍河先輩っていつも嫉妬に狂ってるんですか?」
「……ふぅむ、どうだろうな。案外そうなのかもしれん」
確かにそうっぽい。
「そんなこと今はどうでもいい。このダンボールハウスをどうにかしないとな」
「え」
「生徒会の評価を上げるためだ」
公共の場所にこんなデカイもの作ってればいつかは取り壊されそうな建物だけど、代わりに僕達が取り壊したところで評価なんて上がるのかな?
「ダンボールという素材だけで、よくもまあ世界遺産並みに美しい建築を見せてくれたものだな……。壊すのはもったいないし、作った当人にも悪いが……桜庭君、破壊活動を開始するぞ」
藍河先輩が悪い顔を見せる。
破壊活動をしたいだけなんじゃないかと思うくらいだ。
「じゃあ壊すぞ──」
藍河先輩がそう言って、僕の手を引っ張った瞬間。
ガチャリ──と、ドアの開く音……はしなかったのだが、ダンボール製の家屋のダンボール製の玄関が開き、人影が。
思わず僕達は身構えて────扉から出てくる人物とは一体。
裸の女性だった。
一糸纏わぬあられもない姿の、恐らくは二十代前半の……ぼんきゅぼんのお姉さん……。
「桜庭君! 目を閉じろ!」
「嫌です」
「このド変態がぁぁぁぁ!」
真っ裸でグラマーのお姉さんの、綺麗で長い紫の髪がふわりとなびき──その刹那、女性の蹴りが僕の顔面を捉えていた。
「なぁに人の裸をじろじろ見てるのかしらぁ?」
倒れた僕の顔面を素足でグリグリとするお姉さん。
あ、ありがとうございます!
「こ、この露出狂クソアマ! 桜庭君に何してんじゃああああああああああああああああああああ!」
藍河先輩がめっちゃキレている様子で不良のような罵詈雑言を放ちながら、紫の綺麗な髪をした真っ裸でぼんきゅぼんなお姉さん、略して紫お姉さんに殴りかかる──のだけど、紫お姉さんは全く動じることなくなかなかの貫禄を見せる。
そして…………藍河先輩が吹っ飛んだ。
紫お姉さんが指先で触れただけで(そのように見えた)、先輩は宙で何回転もして吹っ飛んだのだ。
だが、そこは完璧超人の藍河先輩である。
背中で地面をはたくような真似はしない。
まるで漫画の強キャラの如く、見事に両足で着地して見せた。土埃が舞ってそれらしく見えるから超かっこいい!
「……へぇ、やるじゃない」
予想外といった表情の紫お姉さん。本来なら地面にごっつんこだったはずなのに、それを回避した藍河先輩の芸当に感嘆のご様子。
先輩は服に少々付着してしまった汚れをはたきおとす。
「高度な近接戦闘術……貴様何者だ」
「むぐっ……あんたこそ何者なんですか藍河先輩」
グリグリとされつつも、あまりのかっこよさに思わずツッコんでしまう。だって、知り合いがこんなバトル漫画みたいなこと始めたら、誰だって……。
「私は君の妻だ」
「そういうことじゃなくて!」
僕の妻だったら強くなれるとでも言うのか!?
「なぁんだ、あなた達夫婦だったの。私を欲にまみれた目でねっとりと見てくるから思わず蹴りを入れたけれど、夫婦だったら私なんかに欲情しないわよねぇ。愛し合っている相手が居るんだから」
夫婦と認識されてしまったことに抗議を申し立てたいが、野獣のような眼光でガン見していたことに対しては反論できないので、何も言えなかった。
「悪かったわ、どうやら私の勘違いだったみたい」
ここで、勘違いではなく本当にいやらしい目で見てました、なんて言うことのできる度胸なんて僕にはない。
て言うか、悪いと思っていて勘違いだと思っているのなら、いい加減素足でグリグリはやめてほしい。いや、この紫お姉さん妖艶なる肢体の一部に触れられ、やられているというのなら我慢できる──我慢どころかどう考えてもご褒美であるのだが。
「……勘違いだと分かったなら早く桜庭君から離れて服を着ろ」
き、着なくてもいいのに。服なんて身に付けたらせっかくの至福の時間が台無しだよ!
「はいはい、分かってるわ」
紫お姉さんは僕の顔から足をのけて、ダンボールハウスの中に戻ろうとする。
「ちょっと待って、ダンボールハウスに帰るのは──はぐぁっ!」
引き留めようとしたら今度は藍河先輩に顔面を踏みつけられた。
しかも今回は素足の裏じゃなくて、ブーツの裏だから全然ご褒美でもなんでもない! 僕だってさすがにブーツ裏に興奮はしないぞ。だって砂が口や目に!
「桜庭君に女性の裸は刺激が強すぎる。少しの間我慢してくれ」
「ええええええ……そんなのないよーありえなーい…………」
「見たい……とでも?」
「いや、さすがにそんな真っ黒なオーラを出されたら見たくても見たいとは言えませんよね……痛っ」
ストンピングがちょっと強くなったんだけど。
「とりあえずそこの露出狂」
「露出狂って……ひどいこと言うわねぇ」
「こんな公衆の面前で裸体を晒すような人間にはぴったりな称号だ、あいにく今は人が見当たらないがな」
「…………」
「無視してダンボールハウスに入ろうとするな」
「私の拠点なんだもの」
「知るか、そんなこと。とにかく、このダンボールハウスは撤去させてもらうからな」
「人のマイホームを破壊しようだなんて最低ね、そんな権限あなたにはないはずよ」
「公園みたいなたくさんの人が使用する公共の場に、家を建てる奴が悪い。しかもクオリティーの高い家を作りやがって、壊すのが忍びないだろう」
僕も壊すのは忍びない。
うえっ……、口に砂が……。藍河先輩、砂が口に入るから、お願いだから足を動かさないでください。
「橋の下の河原にはこの素材を使った拠点が多くてね。真似てみたらとても立派なのができちゃったのよ」
ホームレス!?
紫お姉さんってもしかしてホームレス!?
「そんなホームレスのような話は置いておくとしてだ。私の言いたいことというのは、他の人に迷惑だからここに住み込むのはやめてください、ってことなんだ。早く服を着て、荷物を持って退散しろ」
「私って服を持ってないのよ」
「貴様は誰よりも本物の露出狂だな!」
うっ、いつも裸で生活しているのか……なんだかドキドキしてきたよ。
「とは言え、人に迷惑をかけているというなら素直に立ち退くべきかしら」
紫お姉さんは色っぽく髪をかきあげ、美しすぎるその長い髪をなびかせた──気がする。
藍河先輩、いい加減に足をのけてくださいよ! 見えないから、紫お姉さんが見えないから!
それに何も見えない状態だと表現に限界が出てくるんですから!
「なんのつもりだ桜庭君。『お姉さんのエロい体が見たいから足をのけてくださいよ! それに何も見えない状態だと表現に限界が出てくるんですから』だなんて言いたそうな顔をして」
「大体あってるけど、ちょっとおかしいところがあります! て言うか心を読んだんですか?!」
どうやら紫お姉さんとの邂逅により、藍河先輩の異常さはさらに増したようだ。
「夫婦喧嘩はやめなさいよぉ。喧嘩するほど仲がいいとは言ったりするけれど、それが夫婦に適用されるかは分からないんだし、本当にそれが正しいとも限らないんだから。喧嘩なんてしないに越したことはないわよ」
「ふむ、そこのところは同意だ」
「同意したのは最初の二文字だけでしょ!? 絶対に『夫婦』という二文字にしか同意してませんよね? 藍河先輩のことなんとなく分かりますよ!」
うぇ、また口に砂が……、もう喋らない方がいいかも──はっ、まさかこうやって喋らせないようにして、夫婦という言葉に反論させないのが藍河先輩の狙い……? お、恐るべし藍河生徒会長!
「とにかく服を着せないことには何も始まらないな、変な男に襲われたり襲ったりしても困るし。お前は本当に衣服を所持してないというのか?」
「残念なことにね」
「はぁ……どうしたものか……」
「別にいいわよ。全裸で散歩ってのも悪くないわ」
「いや、悪いだろ! 少なくとも私が気にするからやめてくれ! 裸で町を徘徊した後どうなったかが大いに気になるからやめてくれ!」
僕は、裸で徘徊している場面を大いに見たいからやってくれ!
「それじゃ、私はもう行くわ、近いうちに会いましょう──」
「おい、ちょっと待て」
「──あなた達ってお似合いのカップルよね」
藍河先輩は足を僕の顔から離し、視線を落とす。
そして僕の襟元を掴んでガクガクと揺らしながら、すっごく嬉しそうな顔で言う。
「聞いたか!? 今の聞いたか、桜庭君! 私達はお似合いのカップルだそうだ! やったな! カップルに見られるってことは……私達って本当にお似合いなのかもな……。この気持ち……今すぐブログに書き綴りたい……」
「照れてる暇あったら、こっそりと消えていった紫お姉さんを追ってくださいよ」
見えてたけれど、藍河先輩が僕を捕まえて揺らしまくって離さないから……追えなかった!
「何、あの痴女め! この私を出し抜こうとは百年早いわ!」
「もう出し抜かれましたが……。とっくに行方知らずですよ」
「……よし、今回は許してやるとしよう。あいつも運がいい」
「えっ……ちょっ、藍河先輩?」
「うるさい、早くこのダンボールハウスをぶち壊すぞ」
「あ、はい」
僕達は紫お姉さんの自宅の扉を開き、中へと足を踏み入れる。果たして、どんな家なのだろうか。
「……これは……恐れ入るな……」
紫お姉さん宅を見渡し、思わずといった感じで藍河先輩が呟く。あの藍河先輩が……恐れ入るほどの建造物。
「確かにすごいですね……。ダンボールで作ったとは思えない美しいテーブルやイス。内部の装飾の至るところに細かい配慮がなされている……。紙製なことを忘れてしまいそうです」
「奴は露出狂……、変態ほど才能があるというのもあながち間違いじゃないようだな」
「なんですかそれ、そんな言葉ありましたっけ?」
聞いたことないなぁ。
「いや、ただの持論だ。ちなみに君も変態性が高いから、なんらかの才能を持っていると私は推測する」
「僕の変態性が高いだなんてそりゃ誤解ですよ!」
「付き合ってもいない女の胸を揉むなんてことは変態しかしない」
「きょ、許可をいただきましたよ!」
「許可をもらったからって揉んでいい理由にはならない! もし揉みたいというのなら私のを揉め! それだったら、もはや許可なんていらない!」
「それはよしておきます」
「なんで!? なんでそんな真顔で言うんだ!?」
そんなことよりも、さっきからすごい雰囲気出してるあの宝箱(ダンボール製のもので、端に置かれていた)を調べてみたいんだけど。
何が入ってるんだろう?
「藍河先輩……これ開けてみましょうよ」
「…………んん…………これは……どうせ空だろ。何か入ってるなら、ここから立ち去るときに持っていっただろうし、仮に入ってるとしてもそこまで高価なものじゃないだろうな」
「ですよね……。まあ、撤去作業のときどっちにしても開けることになるんだし、先にやっておきましょうか」
留め金(これもダンボール製、何から何までダンボール製)を外して、蓋をパカッと開くと──。
一冊の古ぼけた本が入っていて、見たこともない古代文字のような字で書かれたもののようだった。
「なんだろこれ」
「あの変態の趣味かなんかだろ。私は撤去作業を始めるから、桜庭君はそれ読んでてもいいぞ」
「別にいいです、読めませんし」
とりあえず持って帰ることにしよう。骨董品屋にでもぶちこんだら高く売れるかも!
その後、僕達は家を殴ったり蹴ったりしてぐしゃぐしゃにしてから焼いた。
撤去しゅーりょー!