59:考え続けること
59.
「ところでサクラバくん、君は何用でここに?」
何から話せばいいのやら。僕はとりあえず簡潔にまとめてみた。
「僕、明日殺されそうなんです。助けてください!」
「何を言ってるんだキミ」
頬杖ついて呆れ気味な凛子さん。
「ストーカーかなんかにでもあったのかい? だったら警察にでも連絡したらいい」
「僕は本気なんです、凛子さん」
「それじゃさ、詳しく話してみなさい。私に手伝えるような案件なら考えてあげるからさ」
凛子さんはニコニコ笑ってそう言った。
「藍河繋が現れたんです。あいつが宣戦布告してきて、明日僕を殺すって」
焦って早口になった僕の言葉。
それを受け止めた凛子さんの表情が真剣なものに変わる。
「ついに姿を現したのか」
「二人ともボクを仲間外れにしないでおくれ。その藍河繋って奴は何者なんだい?」
李星人のアレクは僕らに問う。
「藍河繋は非人道的な人体実験を繰り返す、家族を実験台にするような組織にいた男さ。数年前にサクラバくんが組織をぶっ潰したから、今はもう計画自体なくなってるけどね」
凛子さんはそう言うけど、正確に言えば僕が潰したわけではない。
凛子さんの作った爆弾が悪の計画を壊滅させたのだ。
実際、僕自身がやったことは微々たることで、唯一の功績と言えるのは、爆弾を組織の研究所内に持ち込んだことくらいだ。
そして研究所は物理的に跡形もなく吹き飛んだ。
「要するに藍河繋が存在する限り、またもや大変な計画が始動してしまうのではないかと、サクラバくんは心配してるわけだ」
「まあ、僕の言いたいことはそういうことです。だから手を貸してください。僕の命もそうだし、何より藍河先輩が危ない」
「わかった助けるよ。一度は計画を破壊する手伝いをした身だ。仕留め損ねた尻拭いはするさ」
そして、
それじゃあこっちへおいでサクラバくん──と言われ、僕は店の奥へと案内された。
見ただけではわからないアイテムから、見ただけでわかる物騒な武器など、大量の物資が詰め込まれた部屋に僕らはいた。
「ねぇサクラバくん、彼と戦うための武器をくれてやる前に、色々と考えるべき事があるわけだけど、藍河繋はいつ攻めて来ると思う?」
僕もアレクも触ったら危なそうな物ばかりの部屋で狼狽し、意気揚々と助けを求めた時の勢いは、意気消沈と言った風に縮こまっていた。
周りのブツのオーラに圧迫され、ただ座っているだけの状況で精神的に参りそうだったので、凛子さんが話しかけてくれたことは、僕的にはありがたかった。
「奴は、今回の土日は君の最後の休日になるって言ってました。多分......明日の月曜からの一週間、そこが奴の攻めてくるタイミングだと思ってます。もちろん学校は休んで襲撃に備えるつもりですよ」
「ふむふむそうだね、彼の言ってることが本当ならね。命を狙われていると言うのに君は随分と甘い考え方をしているじゃないか。元から藍河繋に殺されるつもりというのなら納得できるけど、そうじゃないんだろう? だったら、彼が今日にだって襲撃してくる可能性まで思い及ぶべきだったと私は思うよ」
うっ......確かにその通りだ。
そもそも日時指定して人を殺しに来るなんて、対策してくださいと言ってるようなもんだ。
「まあその点に関しては安心していいのかもしれないよ。あの藍河繋なら君の監視くらい楽々こなしてるだろうし、そんな彼なら私の所にやってきたサクラバくんに、一つや二つ入れ知恵することくらいわかってるはずさ。そして指定された日時以外の、襲撃の可能性について教えることもわかるだろう。警戒されてしまったら人殺しなんて難しいものさ」
「いやいや凛子さん、警戒しても僕は一般人なんですから」
「そうだね、君は一般人だったね。でも、君ならできるよ、君は一般人で常人で凡人だけど、並大抵ではない勇気があるからね」
勇気なんて僕にはあるだろうか?
僕は今まで沢山の非日常に巻き込まれてきたけど、勇気のおかげでその事態を切り抜けてきたとは言い難い。いつもいつも僕は悲しくなるほど普通の人間で、沢山のすごい人たちのおかげでここまでやってこれただけなのだから。
ここでアレクが凛子さんに質問を投げかけた。
「ところで今日ミスター繋が現れないとなると、やはり明日からの一週間が勝負ということになるのかな?」
「そう、これから一週間が正念場になるよサクラバくん」
うーん、本当にそうなんだろうか? 確かに明日からは気をつけるべき期間だけど、そう簡単に事は運ばないんじゃないのかな。
「僕は......そうは思いません。明日明後日、明々後日、その明日更にそのまた明日、そんな日には来ないんじゃないんでしょうか? もっともっと先、数年後の襲撃もありえるんじゃないかって思います」
「どうしてそう思うの? サクラバくん」
「藍河繋は昨日やこの日曜日が、僕の最後の休日になると言ってました」
「うん、だから君は明日からの一週間が戦いになると思ったんだよね」
そうだけど、藍河繋の言葉が嘘の場合もあるわけだ。凛子さんが示してくれた通り、土日の間の襲撃もあり得た以上、今日が最後の休日にならない可能性もある。
更には奴の言葉を真実と判定したまま、他の可能性にもたどり着けるのだ。
「でも最後の休日ってのは日曜日だからとか祝日だからとかじゃなくて、本当に休める間もないってことならどうですか? もし今週藍河繋が一切姿を見せなかったとして、そうしたら僕は何故? と、悩みつつも警戒を怠る事はないでしょう。そして休む間も無く、神経を張り巡らせ続ける。それがずっと続けば土日祝日だって休日じゃない」
ブラック企業顔負けの365連勤だってあり得るんだ。
「そうして身体も心も疲弊しきった僕を、あっさり仕留めて藍河繋はハッピーエンド。こんな結末もあると思うんです」
普通の人間なりに頭を抱えて必死に絞り出した敵の行動案。
しかし、普通の一般的な常人がはじき出した答えはいとも簡単に否定された。
「それはあり得ないよ。普通の人間が思い付くのなら、藍河繋はまずそんな手は使わない」
と、厳しい言葉を頂いた。
「あり得ると言えばあり得る。その方法ならわかってても防げない、着実に君を負けに近づかせる良案だね。でもだからこそやらない、やればほぼ勝てて、奴がやりそうなことでも」
「どうしてそう思うんですか? それが一番の方法なら、僕はそうすべきだと思うんですけど」
「あいつは君が嫌いだからね。君が思い付く方法で殺したくなんかないだろうさ」
殺人計画に感情論を持ち込んで、成功確率を下げるのは、決して頭がいいとは言えないのでは? 僕はそう思ったが、ただ藍河繋は確かに僕のことを嫌っているわけで、その嫌われっぷりを思うとあり得なくもないと思えてしまう。
「それなら凛子さん、一週間の間僕はどうしたら?」
「一週間もいらないよ。奴は君の意表をつくため、日曜日が終わった瞬間に君を殺す。だから言うなれば勝負はもう今日だ。今日だけだ」
「え、待ってください。けど奴も僕が凛子さんと組んでる事はわかってるんでしょう? だったらその予想は──」
「──なあに、まだ始まったばかりなんだ、来なければまた考えればいいんだ」
と、僕の言葉は途中でぶった切られたのだった。
そしてついに僕の生きるための決戦が始まる。




