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57:胸を張って行こう!

      ★★★


 全力を尽くした卓球で負けた、スポーツで負けるって悔しい。別段卓球に思い入れはないし、何か大切なものを賭けていたわけでもない、それでもスポーツは燃える。勝ち負けなんて関係なく白熱する。

 勝ちそうで負けそうなスリル満点のシーソーゲームをしていると、どんなスポーツにしてもなんだか楽しくなってくる。

 だけど溜まりに溜まった楽しいという気持ちは、負けたことによって一気に悔しさに塗り変わった。いやはや人間の感情は中々の尻軽だ。


 ただの遊びなんだけどあそこまで本気になって負けると、思わず悔し涙が出てきそうになった。理世さんも全力を出し切ってどこか清々しい顔をしていたけど、それでもやっぱり悔しいとは思っていたみたいだ。

 またやってみたいわねぇ──なんてあの二人にちゃんと聞こえるように、わざとらしく大きな声で言ってたから。リベンジマッチでボコボコにしてやるということだったんだろう。


 身体的にも精神的にも随分と疲れたので、そろそろ家に帰ろうと思いみんなにその旨を伝えたら、どうやら三人も同じ気持ちみたいで、同意してくれた。


 僕らはこの娯楽施設をさっさと抜け出して帰ったのであった。

 超次元テーブルテニスのせいで周りがかなり散らかってしまったので、怒られる前にさっさと帰ってしまうのが吉だったということだ。

 まあ、あそこの施設はよっぽど高価な物でなければ、備品を壊しても弁償させられないらしいから、バレないように逃げるのは決して悪いことじゃないはずだ。



 何もともあれ、僕らは自宅への帰路についていた。


 道中、帰り道が別方向になるため陽菜ちゃんと理世さんとはさよならした後で、現在僕は藍河先輩と二人で歩いていた。


「桜庭くん、二人きりになった今だからこそ聞きたいのだが。少しいいか?」

「はい、どうぞ」

「今日は生徒会のみんなで遊んだけどどうだった? 君としては楽しかったか?」


 いままでの傾向からしてとんでもない下ネタとか求愛でもされるのかと思ったけど、そんなことはなくて、至ってノーマルな質問だった。

 思わず身構えてしまっていた。


「そう……ですね。楽しかったですよ」

「そーかそーかそりゃよかった」

「にしても藍河先輩と陽菜ちゃん強すぎませんかね。あれじゃマトモに相手になる人なんて居ないでしょ」

「相手になる人なら君や理世が居る」

「たしかにあの一試合は接戦でしたけど、ルールの事とか考えたら僕達のが慣れがありましたし、こっちのが有利だったはずなのに負けてしまったのは正直キツい……。この先戦うことがあればその度に実力差を見せ付けられること間違いなしです」


 ありゃもう作戦でどうのこうのできるレベルじゃないな、当然努力を重ねてもどうにもできない。完全に才能センスの差だ、埋められっこない。


「初心者時代イチロー九人とただの子供九人が野球するようなもんですって」


 イチローはプレイを続けるうちにコツを掴んで強くなってくるけど、僕らはそうでもないってことだね。


「……それは聞き捨てならないな。そこまで明確な差はなかったはずだぞ?」

「聞き捨ててくださいよ。まじでそんな感じですから」

「あり得ん」

「そんなことないですよー、藍河先輩は自分のこと過小評価し過ぎなんじゃないんですか?」

「それは違うぞ、桜庭くん。私が自分のことを過小評価してるんじゃなくて、君が自分のことを過小評価してるだけだ」


 ほへー……そうだといいけど。でもなぁ、


「あいにく僕は僕のステータスってのをよーく理解してますからね。自分のできることとかできないこととか……限界を分かってるんですよ。過小評価も過大評価も出来ないくらいにちゃんと理解してます」

「……んー、それじゃあなんて言ったらいいかな────そうだ」


 藍河先輩はポンと手を叩いて頭に電球マークを光らせ、足の動きを止めた。それに合わせて僕も立ち止まる。


「問題だ。私が……私と夕崎のチームが何故今回勝ったのか当ててみたまえ!」

「えーと、天才だったから」

「違うわ!」

「ぶべぁっ! び、ビンタするほどのことですかね今の!?」

「不正解者には体にお仕置きしてやらねばならんな」

「ヤバすぎィ! 体罰反対だ!」

「ちなみに次のお仕置きはとっておきのスーパーハイキックだ、もしくはキスだ」

「どっちもやだ!」

「なんで!? 本当になんで!?」


 とにかく考えてみよう。どうして藍河先輩ら二人が勝って、僕達が負けたのかを。

 …………。

 …………。

 …………。

 何も出てこない。


「さてと帰りますか」


 僕は歩き出す。


「おいまて桜庭くん!」


 藍河先輩は僕に置いてかれないように焦って足を動かし始めた。


「答えない限りは不正解にはなりませんから」

「はぁー……君ってやつは」


 まあいい──と続ける。


「仕方がないから解答を教えてやる」

「勝者になり得た理由ってやつですか」

「うん」


 先輩はぴょこっと人差し指を立て、それを僕に見せた。


「理由は一つ、単純明快な答えだ」


 藍河先輩が弾き出した勝利の理由は果たして、




「気合いだ!」



 気合いだった。精神的な問題だった。


「あのとき回転がかかってこちら側に落ちるはずだったボールが君達の方に落ちた理由。それは嘘の付きようもないものだ、ただ純粋に私達の方が勝ちたいと思っただけだ」

「それは……結果論ってやつでしょう。先輩は勝ったからそんなことが言えるんですよ」

「プラシーボ効果」

「はい?」

「知ってるだろプラシーボ効果。詳細は省くがあれは全部思い込みで起きるものだ。風邪薬じゃない偽物を服用して風邪が治ったり、水滴が垂れる音を聞いて自分の血が抜けていっていると勘違いして死んでしまったりな」


 おいおい、もしかしてこの人は僕達が負けて自分達が勝ったことさえ思い込みによるものだとか言うんじゃないだろうな。そんなこと言い出したらもう何が本物なのか分からなくなるぞ。現在会話している藍河先輩という人間も僕の思い込みの産物かもしれなくなる。

 そして期待を外すことなく期待通りの、いや予想していた答えだが期待通りではない言葉を口にする藍河先輩であった。


「つまり私達が勝った理由は勝ちたいという思い込みから生まれたものだ」


 あー、やっぱりそうなるよね。


「勘弁してくださいよ。そんな説明で片付けられても」

「ようするに人生気合いでどうにかなるってことだ。どうにもならなくたって人は気の持ちようで──気持ちの在りようで訪れた結果がもたらす何かをプラスにもマイナスにも変えることができるんだ」

「ふーん……」

「なんでもかんでも『思い』で片付く。何かをやるにはそれをやろうと思わなきゃ始まらん。いつの間にか何かをしていたなんてことは生きていて滅多にない」

「滅多にないって……たまにあるんですか?」

「ああ、君への想いが迸って止められない時だ」

「うわぁ……なるほど……」

「信じられないしれないが、想いの力が何かしら現実に影響を及ぼすのは紛れもない真実だ。さっきの卓球で、回転のかかったボールが私達の想いに押されたことは、とても分かりやすい想いの力の例だ」


 まあ……そうなってしまうんだけど、それでもあんなのにわかに信じがたいよ。


「ははは、難しい顔しているけど難しく考える必要はないさ」


 藍河先輩は優しく笑いながら言う。


「やりたいことを強く明確に思って実行に移せばいい」


 ──そうすれば絶対にいつもよりうまく行くよ。



 そんな彼女の言葉を僕は半信半疑に受け止めた。

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