56:気合い
10-10の接戦の試合はルール変更によって、次のポイントを取得したチームの勝ちになる。
この一球に全てを懸ける、これは冗談抜きだ。
デュースの消えた正真正銘の一本勝負に二度目は、二球目はない。
ズル賢い小細工や反則技など仕掛けようもなく、僕は魂を込めたサーブを解き放った。
夢も希望も全てのポジティブを詰め込んだ僕のサーブを食らえ!
自陣で一跳ねして、敵陣でもう一跳ねするサーブは狙い通りで、卓球台の角に当たった。
急にガクンと落ちる球に反応すらできまい。
この同点で先に一点取ったら勝利で、しかもこの一回に全てを懸けるとかいう少年漫画並に胸熱な展開で、この僕が台の角に当てて一発で決めに来るとは思うまい!
……なっ! ば、馬鹿な! 何故そこにいる、何故球の軌道の先に居るんだ!
「知ってたんだよ、ちーくん」
「そうだ、私達は君のやることを読んでいた。君なら必ずこの展開でも先走らずに冷静にコート端をスナイプしてくると」
「まあ、右サイドと左サイドどちらかに賭けた運ゲーだったけど」
「ぐっ……、くそっ理世さん準備を!」
「無駄だ、私達のショットを止めることは誰にもできない!」
「シフトチェエエエエエエエエエエエエンジ!!」
陽菜ちゃんがそう叫んでラケットを左手に持ち替えた。これはまさか!
二人で同時に打つ気なのか! 絶対ラケットがバコバコ当たって打ちづらいだけだゾ!
「私の技術があれば余裕だァ!!」
藍河先輩も陽菜ちゃんのように叫んだ。
「行くぞ、アホ!」
「合点承知よバカ!」
なんだこのパワーは! なんだこのオーラは!
あの二人から溢れ出すエネルギー量は見たことない、星だって惑星だって銀河だって創れそうなほどの勢いだ!
「うおおおおおおおおおおおおお!!」
雄叫びを上げて二人がラケットを振りかぶった。
やる気だ……理世さんのように、彼女ら自身の究極奥義を。
「限界突破ノ螺旋究極奥義! ギガドリルゥゥ……スクリューゥゥァァァアアアアアアアア!!!!!」
おおよそ女子高生の声とは形容しがたいドスのきいた唸り声。
どんな強者でも、どんな状況でも、どんな小細工でも、正面から正々堂々と受けきり、気合いで全てを打ち破る気満々の絶叫だった。
二人の撃ち放った球は煌めく螺旋に武装され、今にも天を穿ちそうなほど凶暴に見える。
ザ・ファントムという究極奥義は、どんなものでもその軌道を無理やりねじ曲げる。突破はどう考えても無理だ、無理のはずだ。
だが、無理を通して道理を蹴っ飛ばしかねないあの螺旋のショットを前に、ザ・ファントム攻略は不可能だとわかっているのにはずなのに、僕と理世さんは気圧されたのは確かだ。
「それほどまでにあの二人のショットは……想像を超えている」
僕は呟く。
そして理世さんが究極奥義を解放した。
「ザ・ファントム!」
究極奥義と究極奥義の鍔迫り合いは、昨今の異能バトルアニメでもそうそう見ないくらいの激しさだった。辺りの道具やスポーツ器具が台風が来たかのように吹き飛んだりしたり、スポーツコーナーの監視員の悲鳴らしき声も聞こえた。あまりの風圧に飛んでいったのだろう。
けど、僕らの立つこの卓球台の周りだけ台風の目のように静か──ではないが、比較的穏やかな環境だった。
「理世さんが押されてる……」
戦いは熾烈を極めた。
故に負担は半端ないものだ。理世さんがたった一人で、二人の人間の力に対抗するのは正直言葉じゃ表せないほど超ヤバいだろう。
一人は辛い。
孤独に耐えるのは、孤独に戦っていくのはとても辛い。
でも理世さんは一人じゃない!
今は僕という仲間が居る。
「頑張れ理世さぁぁぁん!!」
僕は声援をおくる。彼女にエールを送る。
仲間が居ると伝えるために。
そして次の瞬間、
「チェックメイトよ」
どちらがかは分からないけれどね──と理世さんは付け加えた。
爆音と共に天に舞い上がるピンポン玉。
「天井に打ち上げた!?」
「よく見ろ……夕崎。私達の勝ちだ」
「え」
球はネットの上に落ちてきていた、そして僅かに僕らの陣地寄りだったのだ。
「ごめんなさい、さくらん……どうやら失敗したみたい──」
「──それは違いますよ」
まだだ、まだ終わってない。
「けれどこのまま球が落ちてきたとき、計算上私達の陣地にバウンドしてくるわ……。そしてそれを打ち返せるほどの余力は──もう私達にはない」
確かに僕らはもう打てない動けない、体力の限界を迎えたのだ。
だがそれは相手も同じだ。相手ももう返球できるほどの体力は一滴も残してないだろう。
「体力がないのはどちらも同じ……だからこそですよ」
球はネットに落下。
そのままネットからするりと僕らの陣地に落ちる──はずだった。
ボールはネット上でスピンし始めた。
「は?」
藍河先輩と陽菜ちゃんが同時に顔をしかめた。
そしてボールはスピンによって相手陣地に転がり落ちようとしていた。
「君は、桜庭くん……まさか君はあの時──サーブの時に回転を掛けていたと言うのか」
「ちーくん……この一球勝負がこんな接戦になると読んでいたって言うの……?」
驚きのあまり呆けた表情になってる二人を見て僕は思わず笑いそうになった。
勝った。
計画通り。
実際計画というほどでもないが。
「決してこうなると思ってたわけじゃない」
「じゃあどうして君は……」
「可能性がなかったわけじゃないから」
そうだ。例えこのようなギリギリの勝負になる確率が非常に低いとしても……だからといって手を抜くわけにはいかないだろう!
「例え意味がなくとも、ほとんど存在しない可能性だとしても、考えられる勝利パターンがあるならそのために全力を注ぎ込む、それが僕の戦い方だ!」
僕の勝利への執念が道を切り開いた!
これで僕の、僕達の勝ち、終わりだ!
「勝利への執念。勝利への渇望。桜庭くん……それは君だけが持つ思いではない、私とて同じだ!」
「……! そうよ私だってこいつと同じ、勝ちたいと思ってる!」
「勝利への想いが活路を見出だすと言うのなら、私もその想いを轟かせてやる!」
「行くわよ会長さん!」
「ああ、今回ばかりは一時休戦だ。共に願うぞ、共に叫ぶぞ、気合いの一喝──次元突破ノ究極奥義『言霊シャウト』だ!」
「無駄だ! もう回転は止まらない!」
今更出来ることなんて残ってないはずだ!
そう、出来ることなんてないはず、二人はそんなこと関係ないと言わんばかりに雄叫びを上げる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
よし……球は二人の叫び声から影響を受けてない、行けるぞ。
「夕崎ィィィ!!!」
「分かってるッッ!!」
「向こうに入らんかァァッ!!!!」
双方の想いがこだました。
球の落下音が響いた。
「き、気合いでいれよった……」
僕の口を衝いて出た言葉。
僕らは負けた。




