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54:決まらない打球

 6-4というスコアは簡単に6-6へと変わった。

 サーブ側が圧倒的に不利なこの戦い、その上『フレイムスクリュー』や『ライトニングボルト』、『グランドスマッシュ(勝手に命名した藍河先輩の繰り出すスマッシュ)』を持つ敵。

 同点になったのも当然の結果であった。


 次は相手側のサーブではあるが、こちらの必殺技である『ダブルブースト』とは既に見切られ、『ダブルトルネード』は全力フレイムスクリューにかき消され、もうなす術がないのである。

 体はまだ動く、だが、心が満身創痍だ。

 そして予想通りスコアはトントン拍子で数字を刻み、あっという間に6-10。

 敗北寸前の僕ら。


「私達、この二人を相手によく持った方なんじゃないかしら?」

「そう簡単に諦めたら行けませんよ、理世さん」

「当たり前よぉ……この私が簡単に諦めるとでも思っているの?」

「諦めムード漂ってましたけどね」


 相手のサーブが始まる。

 これを返球し得点しなければ、僕らのサーブ権は二度とやってこない。


「僕達は絶対に諦めない!」

「さあ、行くわよ!」

「食らえ!」

「「デュアルバースト!!」」


 ダブルブーストとはまた違う必殺技。

 二人の力を合わせて上空へと強烈に打ち上げ、相手の視界からボールを無くす。そして相手が慌てて宙を見上げた瞬間、理世さんのサイコキネシスでボールを急降下させる。視線のニアミスはボールが消えたように思わせるはず……なのだが、どうしてだ?

 ……二人が上を見ない?


「どうして……ボールを見ないのかしらぁ? ボールなんて見なくても勝てると?」

「別に……舐めてるわけじゃない。ただ私が理世なら、きっと同じことをしただろうと。それをあらかじめ夕崎にも伝えておいた」

「……そんな根も葉もない言葉をよく信じたわね、陽菜ちゃん」

「私も半信半疑だったけれどね。なんとなく、理世ならそうしてきそうって気はしたんだよ」

「そういうことだ。残念だったな、二人とも」


 ズドン、とボールが高速落下する。

 機転の利いたナイスショット。会話中に落として不意を突くというアドリブは正しかった。

 決して間違ってはいなかった。


 それでも彼女らの前には意味がない。


「!」


 跳ねた球を超反応で藍河先輩が叩く。

 正確無比で凶悪なグランドスマッシュが台の隅へと、突き刺さらんと唸る。

 そしてボールは自陣へ一切触れずに床でバウンドした。

 アウトだ。


「おっ?」

「なにやってんのよ! バカみたいに端を狙うから」

「うるさいなぁ、一回外しただけだろう。静かにしろ雌豚」

「なっ、なんて言ったよ今! ぶっ飛ばすわよ!? て言うか正直ちーくんに媚びまくってるアンタの方が雌豚だっつの!」

「その言葉そっくりそのままお返しだ」


 一発外しただけで喧嘩してる……。


「こらこら、喧嘩しないの」


 笑顔でなだめる理世さん。幼稚園児の喧嘩を優しく止めようとする先生みたいである。


「あなたのせいじゃないわ、藍ちゃん」


 藍ちゃん。

 名前を呼ぶこの一言だけ異様に気味が悪く、まるで触手にねっとりと絡み付かれたようだった。

 その異質な違和感に気付いたのか、藍河先輩も陽菜ちゃんもパッと言い合いをやめ、理世さんを懐疑の念が込もった目で見つめていた。


「さあ……続けましょう、ね?」


 その時藍河先輩は真剣な目でこちらを凝視した。

 そして、まさか、そんなことあり得ないと言いたげに声を震わせて言った。


「理世……まさかお前、私のショットの軌道を無理矢理動かしたというのか!」


 先輩を一瞥し、卓球台の元の位置へと無言で戻る。なびく紫髪に余裕に満ちた笑顔。だが纏う空気はもはや素人レベルではなく、オリンピック卓球金メダリスト並の、強者そのものの風格だった。


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