53:雷
★★★
そして再び放たれたフレイムスクリューに手も足も出ずに──いや、手も足も出ているのだが、その上でぶち抜いてくる驚異の必殺技。
まさに必ず殺す技だ。
このままでは勝てない。それどころか、相手の陣地へ一度として返球することが許されない状況になってしまう。
現在のスコアは6-2。僕らの四点リード。
だが四点差などあの技の前にはあってないようなものだ。
11ポイントマッチのこの試合で、僕らに許されたチャンスはあと九回。九回以内に炎の球を弾き返す方法を捻り出さねばならない。
というわけで僕たちは、一旦試合を中断させてもらい作戦会議をしていた。
「あんなの返しようがないわぁ……」
「ええ、無茶苦茶すぎます。ラケットでボールを打ち返さないといけない卓球で、そのラケットを貫くほどの威力のボールを打ち返さないといけないなんて」
「どうにかするしかないのは分かるけれど、どうしたらいいのかしら」
「僕が思うに……フレイムスクリューに攻略法はありません」
「そうよねぇ。何をしても、どんな打ち方でも、ラケットに穴開けちゃうんだものね」
そう。何をしても、跳ね返らずに貫通してくる打球は打ち返せない。
確かに打ち返せはしない。だが、それ自体はどうでもいい。
フレイムスクリューなんてどうでもいい。
「でも、フレイムスクリュー自体に攻略法がないだけです」
「……つまり?」
「陽菜ちゃんに打たせなければどうにかなるかもしれません。出来るだけ藍河先輩を狙って打てば、ある程度は必殺技の手数を減らせるでしょう」
「手数を減らす……ねぇ」
「まあ、これだけじゃほとんど効果はないですよね。そもそも藍河先輩自体素で強いし、僕達の必殺技『ダブルブースト』を既に攻略しつつありますから。フレスク打たれなくても、藍河先輩の一発で点取られることもあるわけですし」
「けれど、やらないよりはましね。藍ちゃんには特殊能力はないから、どれだけ速く強烈でも一応普通のショットのはず。ラケットに大穴を開けることはない」
「後はもしも陽菜ちゃんが打ってきた場合の対策もいくつか考えているんですけど」
「いいわ。聞かせてちょうだい」
僕らの必殺技はもう虫の息。これ以上まともに二人の間を抜けるとは思えない。逆に必殺技で負けるのが落ちだ。
だがダブルブーストを使って藍河先輩を狙えば、あの二乗のスピードボールをわざわざ横取るような真似は、陽菜ちゃんにはやれない。速すぎるが故に、藍河先輩の担当するサイドのボールを無理に飛び込んで打つと、こちらのチャンスボールが生まれるだろう。
まあ、そもそもダブルブーストはとても狙いが付けづらく、ちゃんと藍河先輩を狙えるかも分からない。上手い具合に行くかは運次第だろう。
それでも、僕はやる。
説明を終え、試合が再開する。
「どんどん打ってけよ、夕崎」
「そりゃこっちの台詞よ。会長さんにも活躍してもらわないとねー」
「まあ見てろ。卓球のなんたるかを教えてやるから」
「…………」
「…………」
僕らは黙って集中する。
藍河先輩のサーブが台の端を正確に射抜く。
それを僕は大きく打ち上げた。
「やはり『ダブルブースト』か? 桜庭君」
「ええ、まあそうですね」
「大方『フレイムスクリュー』を打たせまいと、私に狙いを集中するのだろう?」
「バレてましたか」
「ちょっと考えれば分かる」
「僕、負けませんよ」
「いいや、負けるさ。私が勝つ。教えてやろう、私はなんでもできる完璧超人だということを」
「へえ、だったら教えてもらいましょうか!」
全力の必殺技だ、食らえ!
「「ダブルブースト!!」」
僕と理世さんの力が合わさった打球は、藍河先輩を目掛けて一直線。
もう陽菜ちゃんは間に合わない。打ち返せるのは先輩だけだ。
さあ、どうくる?
「人は強い」
先輩が囁くように言う。
「魔法なんて、超能力なんて、何も無くてもな」
パコォン! とラケットとピンポン球のぶつかる快音。
セオリー通りに球は大きく宙へ。
「よし! ナイスよ!」
そう言ってフレイムスクリューを打つために跳ぼうとする陽菜ちゃん。を腕で押さえて制止させる藍河先輩。
「ちょっ、何すんの?!」
「私に任せろ」
「はい?」
「行くぞ! 桜庭君!」
代わりに跳躍する先輩。
高貴で美しきテーブルテニスの戦士が後ろに見えた。
スタンド? 化身?
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
藍河先輩渾身のスマッシュ。
ボールに込められた思い、そして圧倒の威圧。
「受けてたちますよ! この勝負!」
僕はノーバンでそのパワーボールを捉える。
だが、しっかりとラケットの真ん中で捉えたにも関わらず、僕は相手コートどころか向こう側にボールを返すことすら出来なかった。
破壊的な威力の前に僕の握力は持たず、ラケットが弾かれてしまったのだ。
手が、指先から肘までビリビリと痺れている。
一体、どれ程のパワーがあの球に込められていたと言うんだ。
「分かったか桜庭君。私を狙うという策は悪くはなかったが、いかんせん相手が悪かった。もし私がそんじょそこらの卓球プレーヤーと同等ならば、そのダブルブーストで勝ち目はあったろうがな」
駄目だ。
期待はしていなかったけど、これが通用しなかったのは痛い。それどころかとんでもないことが分かった。それは、どちらをターゲットにしようと同じだと言うこと。
陽菜ちゃんを狙えばラケットを穿つ『フレイムスクリュー』が火を吹き、藍河先輩を狙えばラケットを吹き飛ばす剛力のスマッシュが牙を剥く。
「やっぱり……やるしかないですね」
「そうねぇ……ダメ元だけれど、やるしかないわねぇ」
6-3。
差は着実に縮まっていく。
悩んでいても時間は止まらない。
藍河先輩がサーブを再び放つ。
「行くわよ!」
「了解です!」
互いに激を飛ばし、構えを取った。勝つための!
僕はボールの下を掠めとるように、ボールの下半分を切り裂くようにラケットをスイングした。
強烈な回転のかかったボールは理世さんの方へと。
「素晴らしいパスよ!」
そして特殊な打ち方で、更に回転をかけて相手コートへとぶちこむ理世さん。
乗倍のスピードを生んだ『ダブルブースト』。
今、僕達の放った新必殺技『ダブルトルネード』は、乗倍の回転を生む技。
「ダブルトルネードォォォォ!!!!」
僕の猛々しい雄叫びとは裏腹に、とても静かな必殺技であるダブルトルネード。威圧感など一切感じられぬマイペースな打球に、怪訝そうな表情を浮かべる敵の二人。
ターゲットは陽菜ちゃんだ。
「二人とも……その程度の球で私に勝つつもり?」
陽菜ちゃんにギュギュッと全身を捻る。
一本の針金がぐにっと曲がってバネになったみたいだ。いやそんなことはないけど、イメージの話だけど。
「全・力! フレイムスクリュー!!」
このッ! なんてことだ!
──僕達がダブルトルネードという必殺技をこの状況で作り出した理由、それは陽菜ちゃんのフレイムスクリューを攻略するためだった。理世さんとの作戦会議中に考案したのだけど、考案直後ではまだこの技に頼らなくてよかったのだ。だが、藍河先輩のグランドスマッシュで話が変わった。必殺技という理屈無しの通常ショットの時点で最強の藍河先輩に攻略方法はない。だから、僕達には陽菜ちゃんの必殺技を無効化する以外に手立てが無くなった。
必殺技を無効化するために編み出した方法は、ボールにあらかじめフレイムスクリューとは逆の回転をかけておくこと。これでフレイムスクリューの螺旋回転はいくらか軽減されるはずだった。
しかし陽菜ちゃんは知ってか知らずでか、僕達が必死にかけた超回転を、体の捻りを加えて更なるスピンを加えた強化版フレイムスクリューによって、いとも容易くダブルトルネードを破った。これじゃ返球できない。
だが、サッと前に出る理世さん。
「理世さん無理です! 全く回転を抑えることが出来てない。これじゃさっきの二の舞を演じることに──」
「たまには私に任せなさい!」
凄まじいインパクト。ラケットとボールの激突。
激しい火花を辺り一体に撒き散らしている。
そして驚くことに、陽菜ちゃんのフレイムスクリューは一向に理世さんのラケットを貫く気配がない。
「一体……これは……」
「なんでもありなのよねぇ?」
「ま、まさか!」
た、耐えていると言うのか!
陽菜ちゃんの魔法を、理世さんは自身の特殊能力であるサイコキネシスで防いでいると言うのか!
恐らく、その念動力でフレイムスクリューの推進力と独特の螺旋回転を弱めているのだろう。だが、理世さんのサイコキネシスを持ってしてフレイムスクリューはその動きを止めようとはしない。
「全く……私のフレイムスクリューを止めるなんて、厄介な女よね理世って」
「まあ、お前の必殺技が非力なだけだろうがな」
「な、なんて言った今!? アンタなんか必殺技の一つもないじゃない!」
「ふっ、使ってないだけだ。この私が必殺技を使えば世界が終わる。──とりあえずは前を見ろ。ここからが見所だぞ、桜庭君と理世の奴がどうやってお前の必殺を攻略するのか。楽しみで仕方ない」
「ふん、私のフレイムスクリューはそう簡単には打ち返せないわよ」
僕は急いで理世さんの後ろに付く。いつフレイムスクリューがラケットを貫通してきてもいいように。
「も、もう限界……」
「……!」
彼女にしては弱々しい宣言だった。
同時にフレイムスクリューがラケットを破壊して、後ろへと。
「行ける……」
理世さんのお陰でフレイムスクリューのパワーやスピード、回転力。すべての数値ががた落ちしている。この程度ならば返球できる……必ず! 絶対に打ち返して見せる!
「うおおおおおおおおおお!」
行け! 叩き込め!
レインボードライブ!
「いっけえええええええ!!」
全身全霊の一球は綺麗に相手の陣地へ。
勝った! 遂にフレイムスクリューを攻略した!
「ライトニングボルト」
落雷の轟音。
雷が僕らの陣地へ落ちた。
粉々になったボールがそこにはあった。
「ちーくん、これで6-4だよ」




