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52/73

52:炎

      ★★★


 その後4-0というスコアになった。

 交互に二回ずつ打っていくのが卓球でのサーブであり、超次元ルールでのチャンスボールであるが、何故藍河先輩と陽菜ちゃんがチャンスを物に出来なかったのか。

 それは二人の息が全く合わないからだ。

 軽くど真ん中にサーブを打てば、両者が餌に飛び付く。互いのラケットがぶつかり合い互いの動きを妨害し、そうこうしているうちにボールは彼方へ……。

 本来なら2-2でもおかしくない得点は、大きく離れて四点差を刻み付けていた。


 そして今度は陽菜ちゃんのサーブ、僕らのチャンスボールだ。


「端を狙え夕崎、ライン上じゃなくて台の角だ。どこに跳ねるか分からんから簡単には打ち返せないはずだ」

「無茶言わないでよ。台の角に当てるなんて、精密機械のようなコントロールは持ち合わせてないから」

「それならせめてライン周辺だ。アウトになるかもしれない、と思わせるだけで十分効果はある」

「ふぅ……分かった、やってみる」


 駄々漏れの作戦会議を終え、二人は構えを取る。

 陽菜ちゃんの瞳には燃え上がるような闘志と緊張感が見て取れる。それは藍河先輩もだ。

 無論、僕と理世さんにもそれなりの闘志を胸に抱き、ほどほどの緊張感を持ってこの戦いに挑んでいる。


「あ、ちーくん。超次元ルールについて一つ質問してもいい?」


 冷たい空気が引き裂かれた。

 高まる心拍は鳴りを潜め、試合を中断させた。させやしなかった。


「ッッ!?」


 陽菜ちゃんが超次元ルールについて僕に問うたとき、同時にサーブが放たれたのだ。

 完全な不意打ち。

 反射神経の反射は間に合わず、ただボールの行方を見るしかできない状況で、理世さんだけがなんとか食らい付いていた……が。ここで、更なる不意打ちが続く。陽菜ちゃんのラケットに弾かれたボールは、卓球台の角を正確に突いていたのだ。

 僕達から逃げるようにして軌道を変化させるピンポン球を、理世さんがすくい上げることができたのは奇跡だったろう。


「さくらん!!」


 傍観する僕の足を動かしたのは理世さんの声だった。


「うおおおおおおおおおおおお!!」


 僕は力一杯飛び付き浮いたボールを全力で叩いた。


「そんな! あれを打ち返すなんて!?」

「いや、大丈夫だ! この軌道なら」


 打ち返した打球は大きく膨らんだループを描く。そのまま大ホームラン間違いなしである。

 だが心配はいらない。

 理世さんが体を張って止めたボールを、チャンスを、簡単に打ち損じてしまうほどやわじゃない。


「レインボードライブ」


 強烈なドライブ回転のかかった打球は、急激に高度を下げ敵陣に落ちた。



「これで5-0ですね」


「おもしろい……」


 僕は笑う。同様に笑む藍河先輩。


 これは直感である。直感的な予測であり、予知的なものである。

 今ここで大量得点しなければ、この先多大な苦戦を強いられるであろうと、僕は感じ取っていた。



 次のプレイ。

 僕らの必殺技、『ダブルブースト』が炸裂する。

 先程とは違い、彼女らのラケットには、『ダブルブースト』で加速されたボールが僅かにだが触れた。

 既に『ダブルブースト』を攻略しつつある二人に、僕は恐怖を抱いていた。



 スコアは6-0。

 僕のサーブ。

 できればこのサービスターンで、8-0にしておきたい。

 でないと勝利は危うい。


 前に理世さんがしたように、僕も真ん中のラインに向けてサーブを放つ。


「夕崎! 行け!」

「任せて!」


 さすがに今回は処理法を決めているか!

 二度も……正確に言えば三度目だが、どうやらこの手はもう通用しないようだ。


 大きく打ち上げられたボール。

 火花が散った。

 漫画やアニメで使われる一つの表現ではなく、現実に火花が散った。


「熱っ……」


 顔をしかめた僕を見たのか、陽菜ちゃんは言う。


「何でもありって言ったよね?」


 何でもあり。本当に何でもありだ。

 だが、あれは……あの赤の塊は……ちょっとねぇ。


「フレイムスクリュー!!」


 魔法。

 魔方陣が現れ、打球を強化した。

 ありえんだろう、炎を纏ったピンポン球とか……怖いわ。超怖いわ。

 しかも……速い!


「けど──行けるわ! 私達のダブルブーストより遅いわ!」

「確かにその通りだ」


 速い、けど見える!

 しっかりと炎球の軌道を予測、見極めてラケットを振り抜く。

 ……行った! 手応えありだ!

 魔法を使った打球を返したぞ!


 たが一向にボールが姿を現さなかった。


「あれ、おかしいな。確かに打ち返したはずなのに」


 ラケットにでもくっついてるのかな?

 僕はラケットを見てみる。そこには驚愕の事実があった。

 ラケットには大穴がぽっかりと空いていたのだ。さらに穴を縁取るような焦げ跡。

 慌てて後ろを向くと、壁に埋まってギュルギュルと回転し続けるピンポン球。

 この瞬間、陽菜ちゃんの必殺技『フレイムスクリュー』の本当の力を理解した。

 あれはスクリューの名の通り、強力な螺旋の炎を纏ったドリル回転のボールがラケットを焼き削り貫通させる技なのだ。

 ちょっとやそっとじゃ返せない。

 まともな考えじゃ、まともな対策じゃ打ち返せない。

 

 彼女は最悪の必殺技を生んだ。


 僕らの勝ち目は限りなくゼロに近づく。

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