52:炎
★★★
その後4-0というスコアになった。
交互に二回ずつ打っていくのが卓球でのサーブであり、超次元ルールでのチャンスボールであるが、何故藍河先輩と陽菜ちゃんがチャンスを物に出来なかったのか。
それは二人の息が全く合わないからだ。
軽くど真ん中にサーブを打てば、両者が餌に飛び付く。互いのラケットがぶつかり合い互いの動きを妨害し、そうこうしているうちにボールは彼方へ……。
本来なら2-2でもおかしくない得点は、大きく離れて四点差を刻み付けていた。
そして今度は陽菜ちゃんのサーブ、僕らのチャンスボールだ。
「端を狙え夕崎、ライン上じゃなくて台の角だ。どこに跳ねるか分からんから簡単には打ち返せないはずだ」
「無茶言わないでよ。台の角に当てるなんて、精密機械のようなコントロールは持ち合わせてないから」
「それならせめてライン周辺だ。アウトになるかもしれない、と思わせるだけで十分効果はある」
「ふぅ……分かった、やってみる」
駄々漏れの作戦会議を終え、二人は構えを取る。
陽菜ちゃんの瞳には燃え上がるような闘志と緊張感が見て取れる。それは藍河先輩もだ。
無論、僕と理世さんにもそれなりの闘志を胸に抱き、ほどほどの緊張感を持ってこの戦いに挑んでいる。
「あ、ちーくん。超次元ルールについて一つ質問してもいい?」
冷たい空気が引き裂かれた。
高まる心拍は鳴りを潜め、試合を中断させた。させやしなかった。
「ッッ!?」
陽菜ちゃんが超次元ルールについて僕に問うたとき、同時にサーブが放たれたのだ。
完全な不意打ち。
反射神経の反射は間に合わず、ただボールの行方を見るしかできない状況で、理世さんだけがなんとか食らい付いていた……が。ここで、更なる不意打ちが続く。陽菜ちゃんのラケットに弾かれたボールは、卓球台の角を正確に突いていたのだ。
僕達から逃げるようにして軌道を変化させるピンポン球を、理世さんがすくい上げることができたのは奇跡だったろう。
「さくらん!!」
傍観する僕の足を動かしたのは理世さんの声だった。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
僕は力一杯飛び付き浮いたボールを全力で叩いた。
「そんな! あれを打ち返すなんて!?」
「いや、大丈夫だ! この軌道なら」
打ち返した打球は大きく膨らんだループを描く。そのまま大ホームラン間違いなしである。
だが心配はいらない。
理世さんが体を張って止めたボールを、チャンスを、簡単に打ち損じてしまうほどやわじゃない。
「レインボードライブ」
強烈なドライブ回転のかかった打球は、急激に高度を下げ敵陣に落ちた。
「これで5-0ですね」
「おもしろい……」
僕は笑う。同様に笑む藍河先輩。
これは直感である。直感的な予測であり、予知的なものである。
今ここで大量得点しなければ、この先多大な苦戦を強いられるであろうと、僕は感じ取っていた。
次のプレイ。
僕らの必殺技、『ダブルブースト』が炸裂する。
先程とは違い、彼女らのラケットには、『ダブルブースト』で加速されたボールが僅かにだが触れた。
既に『ダブルブースト』を攻略しつつある二人に、僕は恐怖を抱いていた。
スコアは6-0。
僕のサーブ。
できればこのサービスターンで、8-0にしておきたい。
でないと勝利は危うい。
前に理世さんがしたように、僕も真ん中のラインに向けてサーブを放つ。
「夕崎! 行け!」
「任せて!」
さすがに今回は処理法を決めているか!
二度も……正確に言えば三度目だが、どうやらこの手はもう通用しないようだ。
大きく打ち上げられたボール。
火花が散った。
漫画やアニメで使われる一つの表現ではなく、現実に火花が散った。
「熱っ……」
顔をしかめた僕を見たのか、陽菜ちゃんは言う。
「何でもありって言ったよね?」
何でもあり。本当に何でもありだ。
だが、あれは……あの赤の塊は……ちょっとねぇ。
「フレイムスクリュー!!」
魔法。
魔方陣が現れ、打球を強化した。
ありえんだろう、炎を纏ったピンポン球とか……怖いわ。超怖いわ。
しかも……速い!
「けど──行けるわ! 私達のダブルブーストより遅いわ!」
「確かにその通りだ」
速い、けど見える!
しっかりと炎球の軌道を予測、見極めてラケットを振り抜く。
……行った! 手応えありだ!
魔法を使った打球を返したぞ!
たが一向にボールが姿を現さなかった。
「あれ、おかしいな。確かに打ち返したはずなのに」
ラケットにでもくっついてるのかな?
僕はラケットを見てみる。そこには驚愕の事実があった。
ラケットには大穴がぽっかりと空いていたのだ。さらに穴を縁取るような焦げ跡。
慌てて後ろを向くと、壁に埋まってギュルギュルと回転し続けるピンポン球。
この瞬間、陽菜ちゃんの必殺技『フレイムスクリュー』の本当の力を理解した。
あれはスクリューの名の通り、強力な螺旋の炎を纏ったドリル回転のボールがラケットを焼き削り貫通させる技なのだ。
ちょっとやそっとじゃ返せない。
まともな考えじゃ、まともな対策じゃ打ち返せない。
彼女は最悪の必殺技を生んだ。
僕らの勝ち目は限りなくゼロに近づく。




