42:レッツシンキングタイム! その3
「突っ込みの長さは置いておくことにして。陽菜ちゃん! 駄目じゃないか、トンカチで人を殴るなんて。危うく藍河先輩に大きなたんこぶができるところだったじゃないか」
「たんこぶなんて可愛らしいものじゃすまないと思うけれどな」
僕がぷんぷんと軽く叱ると陽菜ちゃんは拗ねた子供のように、まさに叱られた子供のようにムッと頬を膨らませた。
「ちーくんが悪いんだよ……先輩に抱き付かれてあんなにデレデレしちゃって……。浮気だよ浮気」
「浮気もくそも陽菜ちゃんとは恋仲じゃないですし……」
「だな。桜庭君が付き合ってるのは私だから浮気にはならない」
「嘘八百を並べて既成事実を作らないでくださいよ」
「そうよ! ナチュラルに嘘言わないでよ! 信じそうになっちゃうじゃん!」
実際藍河先輩の嘘を聞くと、たまに自分の記憶の方がおかしくなってるんじゃないかと思うときもある。
「すまんな、将来のことを今現在起きている事のように話してしまった。許してくれ」
「さりげなくちーくんと添い遂げる花嫁は自分だと宣言してんじゃねえええええええ!!」
「なんだ? 貴様の方が桜庭君にふさわしいとでも?」
「その通り……ちーくんの生涯の伴侶は私なの……」
「はっ! 中々面白いことを言うじゃないか。……どうだ夕崎。ここらで一辺、どちらが桜庭君を幸せにできる女なのかはっきりさせるというのは?」
「いいわよ、決闘ね」
「では空手対決ということで」
「目潰し五月雨突きいいいいいいい!!!」
「危なっ!! この後輩いきなり禁じ手をかましてきやがった!」
「これは決闘、ルールはないの」
この展開、二人は僕を蚊帳の外へほっぽり出して決闘始めた。
当然、非人道的で外道な技や戦略はありのようだった。
「にしてもあの子のキャラ崩壊というか暴走というか──すごく痛快よねぇ。見ていて壮快な気分になるわぁ」
と、言って理世さんが僕の隣に。
決闘を観戦する僕の鼓膜に、声質からして既に色気を醸し出す理世さんの言葉が響いた。見た目はもっといやらしい。声の雰囲気との相乗作用ですごくエロそうなお姉さんに見える。
ちなみに制服を着用しています。
年上っていいよねぇ!
「……陽菜ちゃんのことですか?」
あの子。それが指す人物は誰なのか、僕は問う。
「ええ、そうよ」
「やっぱり。ですよね」
まあ大体の予想は付く。
「大分変わったものよね……」
「陽菜ちゃんもここに慣れてきたって感じですね。本心を、本性を、本当の自分をちゃんと出してくれてると思います」
「変貌しちゃった感あるわよねぇ」
「まあ……確かに色々とハジけちゃってますよね」
殻を突き破ったって感じだ。
「でも藍河先輩にもよかったと思います。あんな爆発した友達が出来て……年下ですけどね」
「そうね……。いきなり後頭部をトンカチで殴ったり、不意打ちで目潰しをやってくる人を友達と言えるのかは謎だけれど」
「…………」
そんなこと言わないであげて……。
「にしてもあなたって幸福者よね」
「どこがですか?」
「どこがって……これを同じ男が聞いたらきっとしばかれるわよ、あなた」
「?」
「こんな可愛い娘達に好きになってもらえて、羨ましい限りだわ」
「それは……」
えっと、もしかして。
「理世さんはレズなんですか?」
「ッッ?!」
「すいません、言い方が悪かったですね。理世さんは百合なんですか?」
「どちらも変わらないわよ!」
「…………。理世さん同性愛者なんで──」
「──それも違うわ。そういうことを言っているんじゃないのよ」
ふむ、そういうことではないのか。惜しいものだ。
「ねえ、さくらん? あなたはもしこの二人。どちらかを選ばなければならないときが来たらどうするつもり?」
取っ組み合いをやってる彼女らを横目に理世さんは言う。
この質疑応答について。
別に僕はハーレム系ラノベの主人公なんかじゃないから。
別段返答に困るわけがない。
正答も無ければ誤答もないのだ。
僕の回答によって皆の関係が崩れることもない。
だから迷うことなく答える。視線に堪え、期待に応える。
「僕はどちらも選びません」
「…………」
そう、僕は二人のどちらも選択しない。
「理世さんを選びます」
「あららっ?」
理世さんが軽くずっこけた。珍しい。
「冗談ですよ」
「趣味の悪い冗談ね。一瞬本気にしちゃったわ」
「年下の戯れ言。年上らしく冷静に華麗にスルーしちゃってください」
どちらを選ぶかなんて、まずそんな状況がこないだろうに。
「それに……その時にならないと分かりませんよ」
「まあ……そうよねぇ」
「もしかすると、僕は案外本当に理世さんのことを選んだりするのかもしれませんね」
「……そんなことがあればの話だけれど、その時はしっかりとあなたの愛を受け止めてあげるわ」
腕を組み、顔に手を当て彼女は言った。
嬉しいものだね!
「ところで生徒会の仕事についてだけれど」
「はい?」
「別に一般的な仕事じゃなくてもいいじゃない」
クスクスと微笑む理世さん。
「放課後活動を頑張っている人達にここで作った料理を振る舞う、とかお洒落な感じでいいんじゃないかしら?」
「料理ですかぁ」
「外国など食糧難で困っている人達の元へ料理を届ける、とかボランティアでもね」
「校内活動が一気に世界規模に……」
でも、まあ、決して悪くはない案だ。




