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僕らの非日常ハーレム生徒会!!  作者: 猿野リョウ
非日常編『もももも』
34/73

34:何も分からない

 上履きからお気に入りのスニーカーに履き替え、僕は学校を出た。

 凛子さんの骨董品屋に向かって黙々と歩いていると一つ思ったことがあった。


「……シュールだなー」


 さっき李星人のアジトに入り込んだときのことだけど、上履きで潜入してたんだよね。なんだかテンション下がるなぁ。

 考えてみたら分かることだよ、アニメでかっこいいキャラが居て戦闘シーンで盛り上がっているときに、ふとそのキャラの足を見てみたら上履きだった。と、考えたら非常にかっこ悪くなってくるんだもん。

 そいつがクールでキザであるほど心の傷は大きいね。


 サブカルチャーのこれから、サブカルチャーの辿(たど)り着くべき居場所(ポジション)、そしてサブカルチャーの行き着く先とは。

 なんてことをたった一人、脳内会議で頭をひねって思考を続けて早十分が過ぎた。


 もうすぐ凛子さんのところに着く。


 あっ、今口呼吸になった。

 なんか息が苦しくなった気がしないでもない。

 意識すると手足をちゃんと交互に出せているのか分からなくなる。


 自分についてもあれこれ思考して遊ぼうかと思ったけど、急に右肩がドンと押されたみたいになって、グラッと体のバランスを崩してしまったのでやめた。興が削がれたみたいな感じ。


「さっさと学校に戻ってみんなと遊ぼうかな」


 でももうすぐ日が暮れそうなのでそれは無理かもしれない。


 ふぅ、と溜め息をついてなんで今バランスを崩したのかと肩を見てみる。



「……なぁにこれぇ」


 なんか刺さっていた。肩に銀色の何か。ナイフにしては小さすぎるような……。

 何か刺さっていると分かった瞬間からチクチクと肩が痛み出すが、傷口を押さえて地面を転がり回るほど痛いわけじゃないので、さっさと抜いてしまおうと思った。

 爪楊枝(つまようじ)で連続で突かれているだけのような地味な痛さである。


「抜いた方がいいかなこれ、て言うかどっからこんなの飛んできたんだろ」


 キョロキョロと周りを見るために視線を前へやると、そこには奴が居た。


「また会ったね!」

「…………うわ李星人」


 イケメン李星人だ!

 しかも藍河先輩にフォークで刺されたのに穴が塞がってる!


「なんでここに?」

「……いや、なんでって……そんなどうでもよさそうに聞かれたら答えたくなるじゃないか」

「別に答えなくてもいいんだけどさ。でも君達のアジトは封鎖したはずなんだけど……どうやって出てきたのか気になる」

「まてまて、このボクのアジトが封鎖されてるだって? 何をふざけたことを」

「知らないんだ……」


 こいつ本当に李星人の仲間なの?

 実は身内では王子様とかイケメンとか誉めちぎられてるけど、めんどくさいからそんな風に(たた)えられて李星人の輪の中からハブられてるだけなんじゃないの?

 すっごいありそうだなぁ。

 だってこのイケメン李星人うざそうな声だし見た目だし。

 今時宝石とかジャラジャラさせたRPGで出てくる王様みたいな格好しないでしょ。


「それでどうやって出てきたの? 協力者とかがいるなら聞いておかないと今後の対策も取りづらいし」

「だからボクはアジトが封鎖されてる事実すら知らなかったんだよー! 一体あのせいぜい一時間程度の時間で何をしたんだ?!」


 封鎖というかロックの暗証番号を変えただけです。


「え、じゃあ何してたの?」

「ずっとここらで人間を捕らえるために待ち伏せしてたんだよー! 生憎たったの一人も来ることはなかったけれどねー! 後、ボクの質問に答えてくれ!」


 確かにここは人通りの少ない場所だからね。

 おかげで近くにある凛子さんの骨董品屋は赤字になりそうだよ。


「うーん、それで今僕の前に出てきたのは何故?」

「いやボクの質問に答えろ!」

「じゃあまずは君からお願い」

「あれだ! なんか仲間から捕虜が脱走したとの連絡を受けて直後にあのとき捕虜と一緒に居た男を見つけたから人質にしておびき寄せようという魂胆だ!」


 そんなこと言うなら僕は死んでも捕まってやらないからな!


「そしてあの人間とは思えないほどハイスペックな女を我が手中に収めるのだ!」


 そんなに……。


「なんでそこまで藍河先輩を仲間にしたがるのか僕にはよく分からないなぁ」


 藍河先輩が李星人を宇宙トップクラスの生物に押し上げるなんて過大評価じゃないのか。


「だって李星人だけでも通用してると思うよ。あの藍河先輩を捕らえてみせたっていうのは李星人の戦力を証明するのに十分なものだと思うけど?  そもそも簡単に捕まるような人間なら仲間にしたところで大した変化は起きないんじゃないかな?」

「フム、確かに一理あるな」


 イケメン李星人は腕を組んで熟考する。


「いや、それはありえないなー。何故ならあの女はボクらに連行されるときも中々余裕綽々の表情だったし……言いたくないけれど、途中から『もう時間は稼げたしいいだろう。ほれ、私を連れてけ』なんて言い出したし」

「なんじゃそりゃ」


 理由は知らないけど……藍河先輩が降参したのか?

 確かに藍河先輩の敗北する可能性を考えたら、一番あり得るのが先輩が自ら負けたと降参することだけど。

 不思議には思ってた。

 あの藍河先輩が目の前の敵に敗北して僕達に追い付くことができなかったという事実を。


「あの人……何考えてるんだ?」

「それが分かればボクも苦労はしないな」


 とにかく、とイケメン李星人は言う。


「あの女をゲットするための餌になってもらうぞ! 怪我をしたくなかったら大人しくするんだな!」


 僕の答えは、


「嫌だ」

「あらら」


 当然だ。


 僕は肩に突き立った銀色の物品ちなみにフォークだったを一気に抜き、それをイケメン李星人に投擲する。

 抜いた際に予想外の鋭い痛みが襲ってきたせいか若干狙いがブレ、李星人の眉間であろうポイントに突き刺さることはなく、そのまま無人の道路へカチャンと音を鳴らして地面に降り立った。


「ちっ」


 どちらにせよあんな小さい武器じゃほとんどダメージはないだろうからそう落ち込むことじゃあない。

 そんなことよりこいつをどうやってぶっ倒すかが今考えるべき問題だ。


 そうして策を練る僕に対して李星人は懇願するように言葉を紡ぐのだった。


「戦いは無駄だぞ、お前程度の人間なら簡単に倒せるからな。頼むからこのボクに殺しをさせないでくれたまえよお」

「…………」


 確かに勝てる可能性は低いかもしれない。

 恐らく奴の攻撃の一貫であった銀のフォークを、僕は反応することすら出来ず、自身の眼球に像を捉えることもできず、無様にもクリーンヒットしてしまったのだ。

 これを鑑みるに、僕は奴の遠距離攻撃を躱すことはできないし、当たり前だが防ぐこともできないだろう。

 戦っていいことがない。

 むしろ、逃げた方がメリットがあるだろう。

 むしろ、人質になってしまった方がメリットがあるだろう。


 それでも僕のために藍河先輩を危険な目に遭わせるのは駄目だ。




 李星人が言う。


「キミだって分かってるだろ?」


 桃色の果実の表情が歪んだ。


「あれは人間なんかじゃない、化物だって」


 ……違う。

 藍河先輩は化物なんかじゃない。


「違いない。彼女はいつだって周りとは一線を画する異物なのは近くに居たお前なら分かるだろう? 周囲の環境に順応しようとした結果、その環境に蹴り飛ばされるような奴だ。あんなものを見ていれば誰だって負の心が生まれる」


 そんなことはない。

 僕は藍河先輩と居て嫌な気持ちになったことなんて──。


「誰もが頂点を見せつけられ、一生頂点には届かぬことを思い知らされ、頂点とは相容れぬことを理解する。だから彼女は周囲の環境に合わない、周りからは羨望の眼差しではなく嫌悪と嫉妬の眼差しで射抜かれ、輪からは弾かれる。あれの周りに人間が集まっても、それは真実じゃない。本質では(ひと)りだ。孤独だ」


 そんなの戯言だ。

 僕は藍河先輩を尊敬している、憧れている。だからいつも一緒に居る。彼女は独りなんかじゃない。


「だが、ボク達李星人はあの女を崇高する」


 …………。


「我らは人類のように彼女を除け者にしたり迫害したりはしない。指導者として(あが)(たた)(まつ)る。ボクがあれの居場所を作るんだ。……彼女の居場所は人類(ここ)じゃない、だって、化物はボクらの元でしか普通で居られないんだからね」





 つまりこいつの言いたいことは、藍河先輩は人間なんかじゃなくて化物なんだから、大人しく人類という枠組みから外してこっちに引き渡せということなんだろう。

 李の王子様。

 君の告げる言葉は真実味があるけど。

 それは勘違いにもほどがある虚偽の言葉だが。

 僕から君に言いたいことは一つだけ。

 これだけは言わせてもらう。



「知ったような口を聞くな」



 お前に何が分かる。



「お前に藍河先輩の何が分かる」



 何も知らないくせに、知ったような風にするな。



「確かに藍河先輩は化物のようかもしれない。ただの人間には、僕達のような凡人には不可能なお題にだって、『楽勝だ』って笑って応えてくれるような人だよ。けどそれがなんだって言うんだ! どれだけ人間離れしていても、どれだけ化物染みていても、藍河先輩は一人の人間の女の子なんだよ!」


 そうだ。

 例え自分の叫ぶ言葉が矛盾に満ちてたって、白けるくらいに間違ってたって、それでいい。

 僕の想う思いを。

 本心をぶちまけるんだ。

 何も変わらなくても、状況が悪くなろうとも。



 藍河先輩のことを悪く言われて黙ってられるか。



「ボクの……言い方が悪かったなあ、ちゃんと断言すべきだったかなあ。別に化物のようだなんて言ってないし、化物染みてると思ってるわけじゃないし、人間離れしているとも思わない。彼女は正真正銘の化物だ。化物染みている人間離れしているとか以前に普通に化物だ。普通の怪物だ。どうして人間のなりをして生まれたのかが分からないほどにね」


 藍河先輩は普通の人間だ。

 人間の姿の怪物なんかじゃない、絶対にだ。


「……藍河先輩は人間だ。だから、いいことがあれば嬉しそうだったり無邪気に喜んだりもするし、悪いことがあれば悲しそうだったり辛そうにしてたりする。人間だから、人の心があるから、藍河先輩は僕のことを好きになってくれた」

「偽物だよ、そんなのは。偽りだよ、溶け込むための」

「違う」

「騙されてるだけだ。上手く利用されてるだけだ」

「違う!」


 いつも僕と一緒に居てくれたあの人は、いつも僕の隣に来てくれたあの人は、闇で淀んだ顔なんてしてなかった。

 藍河先輩の笑顔は人を騙すために作り上げた虚構なんかじゃなかった。

 本心からだったはずだ!


「だってあの人はずっと努力してきた。才能も持ってるけど、努力だって欠かさなかったんだ! 強大すぎる自分を抑えるために頑張ってて、波のない平穏な日常生活を送るために、友達を作って他愛のない会話をするために、学校に行って嫌々ながら勉強するために、自分の恋を親友に相談したりするために、いつだってへこんで落ち込んで泣きながら必死に懸命に、目の前真っ暗で何も分からなくたって、人として人並みに生きるために精一杯前に進み続けてるんだ!」


 僕は否定なんかさせない。


「お前には何も分かんないだろ!」


 あの人が人間であることを。


「皆と変わらない同じ(ひと)なのに、皆と一緒になれなかった藍河先輩の気持ちが!」


 今だってあの人は…………誰かと繋がるために、辛くたって努力してる。



「分かんないくせに勝手なこと語ってんじゃねえよ! 分かんないくせに人であることを否定してんじゃねえよ! 分かんないくせに化物呼ばわりしてんじゃねえよ!」


 僕は胸のところが無性に痛くなるのに耐えながら。

 心のままに、思いのままに叫んだ。




「なんにも分っかんないくせに藍河先輩のことを悪く言うなよ!」




 ここで僕は、自分が妙に熱くなってることを自覚した。

 体も心もやけに憤っている。

 でもこのままでいいやって思える心地よさがあった。

 僕の底から湧き出る怒りにそのまま身を任せることにしよう。


 僕はぎゅっと拳を握った。



「……あーあ、熱くなりすぎだな」

「随分とお怒りのご様子だったけれど?」

「だったじゃなくて今もだよ。今も怒ってる」


 僕は偽造した虚偽の笑顔を無理矢理見せて言った。

 それを見た李星人は同じく虚偽の笑みで偽装された表情で言う。


「キミ、彼女のことを何も分かってないんだろう?」


「…………うん、分かってないよ」


 そうだよ、その通りなんだ。

 僕は藍河先輩のことを何一つ理解してなんかいない。


「偉そうにくっちゃべっちゃったけど、僕も先輩のこと何も分からないや」


「じゃあキミもボクに彼女のことを語っちゃったらいけないんじゃないのか?」


 何も分かってない奴が語るな。

 そう言った僕が藍河先輩のことをよく知らないのに語ったわけなので、そう言われちゃうのも分かる。


「別にいいんだよ」

「……何故なんだい?」


 ポカーンとした(あき)れたような(ほう)けたような顔でイケメン李星人は問う。


「僕が勝手に語ってほしくなかっただけだから」

「…………」


 僕のわがままだ。


「僕の都合だよ。勝手な言い分だよ」



 例え自分の叫ぶ言葉が矛盾に満ちてたって、白けるくらいに間違ってたって、思ったことを、本心をぶちまけた。

 何も変わらなくても、状況が悪くなっても。


「聞きたくなかったらああ言っただけだよ」


 本当にそれだけだ。

 そして僕は、


「この先もずっと、僕はあの人を分からないままでいい」


 そもそも人と人が本当の意味で分かり合えるなんて無理なんだから。


「分からないままでずっとあの人の傍に居る」


 僕が藍河先輩を慕う一人の友人になる。


「僕が親愛なる友として隣に居ることで、藍河先輩が友達と楽しくお喋りしたり、嫌々ながら授業を受けたり、恋で悩んだりするような女子高生だと──」


 普通の女子高生だと。


「──化物なんかじゃない、普通の人間なんだって証明し続けるよ」



 それが僕の理由だ。


 それこそが、あの生徒会室で僕が藍河先輩の隣に佇む理由だ。



「だからお願いします」


 僕は誠心誠意、李星人に懇願する。

 地面に膝をついて、正座して、手をついて、頭を下げて。


「藍河先輩にはもう近付かないでください」


 土下座した。

 できなかった。


 頭を下げる前に、李星人は僕の顎をがっしりと掴んで強制的に土下座体勢を解除させられた。


「まあ立ちなよ」

「……うぐぐっ」


 李星人が本物の笑みを見せる。


「キミの気持ちは分かった」


 と、ウンウンと何度も頷きながら言葉を続ける。


「けれど、無理だ」


 拒否、拒絶。

 当たり前だ。

 取引でもなんでもないのだ、藍河先輩をターゲットから外してくれたところで、僕から李星人にあげられるものはない。

 奴等には一切合切メリットがない上に、宇宙トップクラス直行便のチケットが手に入らなくなるというデメリットしかない。



「……ただし時間はやる」



 時間?

 別れを告げる時間?

 それとも逃避行の準備を進める時間?



「期間内、ひたすら証明し続けろ。このボクが思わず目を疑ってしまうほどに、彼女が化物ではなくただの人間だということを。そしてボクが満足するような対価、もしくは納得するような理屈を見つけてこい。あの女が必要でなくなると分かるほどのね」



 この時の僕はどんな顔をしていたのだろうか。

 アホらしく口を大きく開けて唖然としていた。が一番濃厚な説だと思う。


「どういう風の吹き回しなんだ?」

「キミの一途な心に興味を持った。……ただドラマティックな精神が好きなだけさ」


 イケメン李星人がビシッと僕を指差す。


「キミの名前は?」

「…………」

「キミの名前は?」

「…………」

「…………」


 少し迷った。けど、僕は相手の気持ちに応える。


「桜庭」

「サクラバ?」

「そう、桜庭」


 もちろん僕だけ名前を晒したんじゃ割に合わない。


「君は? 君の名前は?」

「ボクかい? ボクの名前は──」


 キリッとしたキメ顔で答えてくれた名前は、


「──アレクサンゲリアン十三世だ!」





 僕はただ「ありがとう」と伝えた。


 なんにせよ、このアレクサンゲリアン十三世とかいうバカでアホな奴の頭が少しファンタスティックなお陰で、事なきを得た。



 こいつの考えは、李星人については何も分からない。



 僕は自分の気持ちを再確認した。

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